【09】無関係


 県警の篠原結羽刑事から茅野のスマホに連絡があったのは、八月三十一日であった。

『……あなたたち、心当たりはない?』

 リビングのソファーに寝転がっていた茅野循は、夏休みの宿題に勤しむ桜井と、何とも言えない表情で視線を合わせた。

 篠原によれば、二日前の二十九日から、県内で不審な連続死が発生していたのだという。

「ないわね」

 と、あっさり言い放つ茅野。桜井は耳をそばだてながら、宿題を再開する。

「……詳しい概要を聞かない事には何とも言えないけれど」

 すると、そこで篠原の溜め息が聞こえてきた。

『まあ、いいわ。取り敢えず、最初の事件は二十九日の十九時頃ね。県庁所在地郊外のパチンコ店『ユニバース』の駐車場で、客の一人が紺色のスーツを着た男に、大きな石で頭を殴打されたの。現場に居合わせた者の通報により警察が駆けつけたときには、犯人の男は現場から姿を消していた。被害者の男は死んでいたそうよ』

「紺色のスーツね……」

 茅野は桜井と顔を見合わせた。篠原が話を続ける。

『……そのあと、被害者の遺体はいったん所轄署の死体安置所に運ばれたわ。でも……』

「でも?」

『次の朝になってみると、いつの間にか、その死体は消えていた』

「ふうん……」と、桜井。茅野も大して驚く事なく「それで?」と続きを促す。

 篠原は二人のリアクションの薄さに苦笑を漏らしつつ、話を再開する。

『……もちろん、死体が勝手に・・・・・・動く訳がないし・・・・・・・、署の防犯カメラにも何も映っていなかったわ』

「それだけかしら?」

『まだ、あるわ』

 と、言って、篠原は語り出す。

『次は三十日の昼前ね。県央のウィークリーマンションの一室で起こった殺人事件なんだけど……これは、密室殺人よ』

 通報者は同じアパートの住人であったらしい。現場となった部屋から、凄まじい悲鳴が聞こえてきたのだそうだ。

 警察が現場に到着すると、その部屋の住人の男が三和土たたきで仰向けになって倒れていたのだという。

 その男は右目を深く刃物で抉られており、それがどうやら致命傷になったとの事だった。

『玄関の扉に鍵は掛かっていなかったけれど、ドアチェーンは繋がったままだった。更に被害者と同居していた男の姿が見当たらず、部屋の掃き出し窓の周囲に、その失踪した同居人の血痕が大量にあったというわ』

 そこで茅野は鼻を鳴らした。

「密室は大袈裟ね。外からチェーンロックを開閉する方法ならYouTubeにも投稿されているし、それ以外でも、その状況に対する合理的な解釈をいくつか思いつくのだけれど」

『そっ、そんなの解ってるわよ……ただ、あなたたちのリアクションがあまりにも薄いから』

 そう言い訳する篠原に対して、桜井が声をあげる。

「今、夏休みの宿題で忙しいんだ」

「そういう事よ」

 と、夏休みの宿題など、とっくに終わらせている茅野が言った。

「……それで、そのパチンコ屋の一件と、ウィークリーマンションの一件が、どう繋がっているのかしら?」

 茅野に促され、釈然としない様子で話を再開する篠原。

『……実は、そのウィークリーマンションから、複数の飛ばし携帯とノートパソコンが押収されたんだけど、それらのデータから、被害者が特殊詐欺グループの一員である事が解ったの。パチンコ店の被害者も、その同一グループで詐欺に加担していたみたい』

「なるほど。それは偶然とは思えないわね」

『そうよ。そして、驚くのはまだ早いわ』

「別に驚いてはいないのだけれど」

「そだね」

 あくまでも冷静な桜井と茅野。そんな二人に若干の苛立ちをにじませながら、篠原は話の続きを口にする。

『取り敢えず、話を続けるわね……。昨日の昼過ぎに二十九日の事件の現場となったパチンコ店の駐車場で安置所から消えた被害者の死体が発見されたの。そして、今日の朝、ウィークリーマンションの方の現場で、事件後に姿を消していた被害者の同居人が遺体で発見されたわ』

「それは、なかなか奇妙ね」

『ええ。もう一度、聞くけど、心当たりはないかしら?』

 茅野は三度、桜井と顔を見合わせたあとで、しれっと宣う。

「知らないわね。……というか、何で私たちに?」

 茅野の問いに、篠原は“またまたご冗談を”と、言いたげな調子で答える。

『いや、だって、あなたたち“この県で起こっているこの手の事件にすべて関わっている”って自分で言ってたじゃない』

「流石にそんな訳がないわ。あれは梨沙さん特有の冗談よ」

 茅野が肩をすくめる。桜井もシャープペンシルをノートに走らせながら「ちょっと、イキっただけだよ」と、言った。

『いや、でも、あなたたち、こういう事には鼻が利くし、何か知っているかなと思ったんだけれど……』

「ごめんなさい。ここ二、三日は、夏休みの宿題ばかりやっていたから、心霊スポットには行ってないわ」

「そうそう」

 その二人の返答を聞いた篠原は……。

『そう。ならば、仕方がないわね。ごめんなさい。邪魔して』

「構わないわ。なかなか興味深い話を聞けたし」

「いい息抜きになったよ」

『そう。それなら、よかったわ。じゃあ、夏休みの宿題、頑張って』

 と、言って、篠原は通話を終えた。

 途端に静まり返るリビングで先に声をあげたのは、桜井だった。

「……で、循。かなりエキサイティングな感じだったけど、どゆことなの?」

「そうね。何となく推測はつくわ」

「なになに?」と、桜井が宿題の手を止めて完全に聞く体勢になった。茅野は苦笑しつつ、己の見解を述べる。

「……まず、篠原さんの言っていた二十九日のパチンコ屋の駐車場で発生した事件だけれど、この犯人は“紺色のスーツ姿”だったのよね?」

「うん」

「これで、何か思い出す事と言えば?」

 桜井は少し考え込んでから答える。

「あの、あたしが殺人未遂・・・・した穴仏集落の……」

「殺人未遂はいい得て妙だけれど、それはさておき……あのあとで私たちは“男の死体が穴仏集落にある”と警察に通報したわよね?」

「うん。そだね」

「……でも、あれから、穴仏集落で男の死体が見つかったというニュースはどこにも報じられていない。おかしいと思わないかしら?」

「ああ、うん。確かに……」

 桜井は得心した様子で頷いたあと、小首を傾げた。

「でも、何で?」

 その疑問に茅野は首を横に振る。

「理由は解らないわ。ただ、篠原さんの話にあった消える死体と同じ事が、あのスーツ姿の男に起こったのだとしたら?」

「あの紺色のスーツの死体も消えた?」

「そうね。そして、あの私たちが遭遇したスーツ姿の死体は死後も動いていたわ」

「あ……」と、桜井が何か思いついた様子で声をあげる。

「駐車場の事件の犯人が、あの紺色のスーツ姿の男だって事? あの男の死体が再び動き出して、駐車場で殺人を犯した」

「そうね。確証はないけれど」

 と、前置きをした上で茅野は言葉を続ける。

「きっと安置所から消えた死体にも同じ現象が起こった。マンションの同居人もたぶんそう。姿を消す前に死んでいた。消えた死体が殺人を犯す……そして、殺人を犯して役割を終えた死体は、元の場所へと戻ってくる。これが、一連の事件にまつわる現象の法則なのではないかしら?」

「じゃあ、穴仏集落に今行けば、あのスーツ姿の死体が出現している?」

 その桜井の言葉に茅野はかぶりを振った。

「どうかしらね……」

「というと?」

「あの穴仏集落にあった廃車……もしかしたら、あの集落に導かれ、動く死体になった者は、これまでにもたくさんいたのではないかしら?」

「あー、確かに」

「……にも関わらず、他の死体は一つもなかった。もしかしたら、あの集落で死んだ者は、もう見つからないのかもしれないわ」

「……そういえば、穴仏集落で自殺した人って、オレオレ詐欺にあったんだったよね?」

 桜井の言葉に、茅野は神妙な顔つきで頷いた。

「そうね。自殺した老夫婦は、あの血の涙を流す石仏に願ったのかもしれないわ。“特殊詐欺グループを滅ぼして欲しい”と。もしかしたら、死因も自殺じゃなくて、呪いの代償を受けたのかもしれない」

「九尾センセが“山のスポットはヤバい”って言ってたから、それぐらいの力はあるのかも。あの石仏」

 因みに、集落で撮った写真を鑑定した九尾の見解によれば“凄まじい呪詛を秘めた土地ではあるが、無差別に呪いを振り撒くようなタイプではないので放置が安定”との事だった。

「あの石仏には本当に神様のような存在が宿っていたのかも。もしくは人の願望を喰い物にする悪魔のような……」

 そこで、茅野はおどけた表情になって、話を結ぶ。

「……ま、今のは全部、私の推測に過ぎないし、クズが何人死のうが、どうでもいいのだけれど」

「そだね」

 と、桜井は答えて、再び宿題をやり始めた。

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