【05】飛んで火にいる


 波板のポーチの奥にある玄関の引戸が開いた。

 すると、その向こう側から陰気な顔をした白髪のおきなが顔をのぞかせる。

 痩せており、腰が曲がっていて、明日にも死んでしまいそうに見えた。

 瀬戸内浩介は満面の笑顔で、丁寧に頭を下げる。

 すると、老人は怪訝けげんそうな顔をしながら「どちら様ですかの?」と言った。

 瀬戸内は、さっそく詐欺を始める。

「あ、わたくし、県庁の防犯、交通安全課の鈴木と申します。鹿田さんのお宅で間違いないでしょうか?」

 と、言ってジャケットから取り出した名刺入れから抜いた一枚を差し出した。

 老人は「はあ……」などと声を漏らして、ピンと来ていない顔で名刺をためつすがめつする。

 瀬戸内は更に言葉を続けた。

「……先ほど、自治体の職員を名乗る者から、お電話があったと思うんですけれど……」

 老人はしょぼくれた目を見開き、声をあげた。

「ああ……はい。何か、コロナのお金が出るっていうんで、口座番号と暗証番号を教えて欲しいって……」

「もしかして、言われた通りに教えたのですか?」

「ええ。まあ、はい」

 そこで瀬戸内はわざとらしく顔をしかめて、かぶりを振った。

「……それは、いけませんね」

「と、言うと……?」

「その電話の主は偽の県の職員なのです」

「……と、言うと……? どういう事になるのでしょうか?」

 困惑した様子で首を傾げる老人。まだ理解が追いついていないようである。

 そんなだから騙される……瀬戸内は内心で呆れながら、言葉をつむぐ。

「……その電話は、特殊詐欺グループによるものです」

「何と……」

 驚きを隠せない様子の老人。慌てた様子で玄関の中に戻ろうとする。

「……早く警察に」

「お待ちください」

 瀬戸内は引き留める。

「大丈夫です。その男は現在、警察に身柄を拘束されております。男の携帯に鹿田さんへの発信履歴があったので、念のためにと、こうしてうかがった次第でして……」

「ああ……それは、その……ご苦労様です」

 老人は足を止め、再び瀬戸内に向き直る。

「……しかし、安心はできません。犯行グループに渡った鹿田さんの口座情報が悪用される恐れがあります」

「……そんな」

 と、再び顔をしかめる老人であった。瀬戸内は話をまとめに掛かる。

「……そこで、鹿田さんの預金通帳とカードをこちらで預からせて、対応に当たりたいのですが……」

「預金通帳とカードを……」

「ええ」

 そこで、老人は腕を組んで考え込むが……。

「解りました。ちょっと、お待ちください」

 と、言って瀬戸内に曲がった背を向けて玄関の奥へと姿を消した。

 瀬戸内はよこしまな笑みを浮かべながらいつも思う。

 よくこんな杜撰ずさんな嘘に引っかかるものだと……。

 しかし、一方で、こうやって騙されてしまう馬鹿がいるから、この手の詐欺はなくならないのだろうとも思った。

 瀬戸内は玄関先で鹿田翁を待ち続けた。

 

 


 ……ところが、十分近く待っていても、彼が戻ってくる事はなかった。

「……クソ爺が」

 瀬戸内は小声でぼやいて舌打ちをする。

 そして、開かれたままの玄関の奥に向かって声をあげた。

「すいません。鹿田さーん。まだですか!?」

 すると、気づまりな沈黙の向こうから微かな物音が聞こえてくる。

 そして三和土たたきの奥のかまちの向こうから姿を現したのは、翁ではなく腰を曲げた老婆であった。

 老婆はしおれた果物のような顔で、瀬戸内に向かって言う。

「……すいません。ちょっと、どこさ片付けたんだか解んのなって、探すのに時間が掛かって」

「あー、そうでしたか」

 と、にこやかに微笑む瀬戸内であったが、内心では『これだから、ボケた年寄りは……』と、悪態を吐いていた。

 そうとは知らない老婆は、しわくちゃの顔を笑みに歪ませて言う。

「……もうちょっと、時間掛かりそうだすけ、上がってまちなせ?」

 何にせよ手ぶらで帰るという選択肢はなかったので、瀬戸内は老婆の申し出を受け入れる事にした。

「ええ。じゃあ、お言葉に甘えて……」

「どうぞ、どうぞ……」

 こうして、瀬戸内は鹿田家へと足を踏み入れたのだった。




 その数十分前だった。

「見事に何もないわね」

 茅野循は、そう言ってデジタル一眼カメラのレンズで周囲を舐め回す。

 そこは熊笹に覆われた荒れ地であった。茂みの中から炭化した柱や瓦礫がれきの山が顔を覗かせている。

 そして、つたに覆われた門柱の右側には、かつてはガレージだった建物の残骸が、まるで十字架のようにそそり立っていた。

「……でもさ。何で焼身自殺なんかしたの?」

 桜井が蔦の間から見える『鹿田』という表札をスマホで撮影しながら問う。

 茅野はカメラのレンズをガレージの方へと向けながら、その質問に答えた。

「……当時の報道によれば、自殺の直前に鹿田さんの口座から不自然な送金があったらしいわ。金額は二千万」

「それが、自殺の原因……?」

「恐らくは、そうなんだろうけど……。因みに、その口座は名義貸しによって作られた違法なものだったみたい。口座の本当の持ち主は特定できなかった」

「うへえ……」

 と、顔をしかめる桜井。

「それで、その一件が起こる直前に、自殺した鹿田さんの親族から警察に被害届けが出ていたらしいわ。どうやら鹿田さんは特殊詐欺の被害にあったらしいの」

「オレオレ詐欺か……」

「ええ」と、茅野は相づちを打って、構えていたカメラを下げた。

「取り敢えず、ここはこんなところにして、次は血の涙を流す石仏を見に行きましょうか」

「あ、ちょっと、待ってよ」

 と、声をあげて桜井がスマホの画面に指を這わせる。

「九尾センセに、今撮影した写真を送りつけるよ」

「そうね。何か反応があるかもしれない」

 毎度、お馴染みの最強霊能者九尾天全を用いた心霊探知法である。

 しかし、すぐに返信がくる事はなかった。

 それから、二人は集落のあった斜面を更に登って、目的の石仏を目指した。

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