【04】穴仏集落


 やがて視界が開ける。

 道の右側には下り斜面があり、棚田が折り重なっている。そこでは色づき始めた稲穂がひしめいていた。

 そして反対の左側には、二メートル程度の高さはある苔むした石垣が連なっている。その上部の斜面には、いくつかの日本家屋が建ち並んでいた。

 どの家も古びて見えたが立派な佇まいであった。庭木や生垣はよく手入れされており、立派な蔵がいくつか見えた。

 その石垣沿いにしばらく進むと、上へとあがるコンクリート舗装の坂道があった。車を乗り入れる事ができない幅であり、この坂道の他に石垣の上へと向かう術はなさそうだった。

 どこかに駐車場を探さなければならない。

 しかし、それよりも瀬戸内が気掛かりに思ったのは……。

「……まただ」

 棚田のあぜの到るところに、人影があった。

 すべてが若い男だった。さっきのカーブの所にいた少年と同じ雰囲気を漂わせている者、瀬戸内のようにスーツ姿の者もいた。

 その全員が視線をあげて、瀬戸内が運転する黄色いハスラーの動きを目で追っていた。

「……何なんだ? あいつら」

 怖気に顔をしかめる瀬戸内。

 やはり、この若者たちは、穴仏集落の住人なのだろうか。しかし、それにしては、似つかわしくない。そもそも、こんな山間の集落に、これだけ大人数の若者が暮らしている訳がないではないか。

 コロナ禍によって集落を出た若者が戻ってきた……Iターン希望者に向けた自治体の助成金目当てに集まった者たち……どれもしっくりとこない。

 そうやって首を傾げていると、前方に左曲がりのカーブが見えてくる。そして、そのカーブの手前……正面に、杉林に囲まれた円形の土地があった。そこには十数台もの車が停められている。どうやら、駐車場らしい。

 瀬戸内は、その円形の土地にハスラーを乗り入れる。区画を表す線はなかったので、適当な空きスペースに停車して運転席を降りる。

 扉に鍵を掛けて、停めてあった車を見渡す。

 車種は様々で県内のナンバーが多かったが、隣県のものも散見された。中には都内のナンバーも見受けられた。

 そこで再び瀬戸内が首を傾げる。

「……これ、あいつらの車か……?」

 ここにある車が、あの立ち尽くしていた若者たちの物だとすると、彼らはやはり集落の外からやってきたらしい。その事は確実なようだ。

 では、何の為に……。

 彼らは、この集落で何をやっているのか。

 新たな事実が判明した瞬間に、再び謎は振り出しに戻る。

「……何なんだ?」

 寒蝉つくつくぼうしの鳴き声が耳を打つ。ゆっくりと左のこめかみから冷や汗が滴った。

 心の奥底から湧きあがる言い様のない不気味さ。この先に踏み込んではいけない。第六感が脳内に警鐘けいしょうを鳴らす……。

 しかし、もう後戻りする事などできはしないのだ。瀬戸内は思い直して駐車場を出た。石垣の上へとあがる坂道へと向かう。

 なぜなら、自らの個人情報はすでに特殊詐欺グループを仕切る何者かに知られてしまっている。

 逃げたら何をされるのか、解ったものではない。

「……大丈夫。気のせいだ。ビビるな」

 瀬戸内は自分に言い聞かせるように独り言ち、坂道を登った。それから、石垣の上に広がる集落の細い路地や石段を渡り、ターゲットの家の前に辿り着く。

 その門柱には『鹿田かのた』と書かれていた。敷地に足を踏み入れて、波板張りの玄関ポーチの前に立った。その入り口の右手にあったインターフォンを押す。

 すると、じきに家の中から微かな気配と、物音が聞こえてきた。




 その三十分前であった。

 桜井と茅野を乗せた銀のミラジーノは、穴仏集落に辿り着いていた。

 道の右側には下り斜面の荒れ地が広がっていた。かつては棚田だったらしく、在りし日であれば色づき始めた稲穂で埋め尽くされていたはずだった。しかし、今や見る影もなく、くずすすきなどの野草によって覆い尽くされている。

 そして左側に連なる石垣はところどころが崩れ落ちており、その上には熊笹の藪と、かつての集落の残骸が野晒しになっていた。

 立派な日本家屋だったであろうそれらは、焼け焦げて崩れ落ち、今にも朽果てそうだった。

 とうぜんながら周囲に人の気配はまったくない。

 その荒涼とした光景を横目で見つつ、桜井は「これは、そそるね」と感想を漏らした。

 そうして銀のミラジーノは、ひび割れて雑草が飛び出たコンクリートの坂道の前を通り過ぎる。

 すると、茅野がスマホに目線を落としながら声をあげる。

「……この先に、廃車置き場が・・・・・・あるらしいんだけど・・・・・・・・・、そこに車を停めましょう」

「廃車置き場……? あれか」

 前方に左曲がりのカーブがあり、その手前に、杉林に囲まれた円形の土地の入り口があった。そこには、いくつかの車が停めてある。

 すべての車が長い間放置されていたらしく、ボロボロに錆びついてた。

 桜井は、その“廃車置き場”へとミラジーノを乗り入れて適当な場所に停車する。

 それから、茅野と共に車を降りるとトランクから荷物を取り出して、探索の準備をし始めた。

 その最中、桜井が周囲を見渡して、ぽつりと疑問を発した。

「この車って何なの……?」

「さあ」と、茅野が肩をすくめる。そして、デジタル一眼カメラの撮影準備をしながら言った。

「それも、このスポットの謎の一つよ。単なる不法投棄という見方が主流だけれど……」

「ふうん」

 気のない相づちを打ちつつ、桜井は周囲の廃車をネックストラップのスマホで撮影する。

「……取り敢えず、幽霊が出るという・・・・・・・・鹿田家跡・・・・に行ってみましょう。何も残っていないらしいけれど、焼身自殺した老夫婦の霊が瓦礫がれきの中に佇んでいるというわ。そのあと、集落の奥にある血の涙を流す石仏を見に行きましょう」

「いいねえ」

 こうして二人は、いつものハイカーづらで廃車置き場を出ると、石垣の上へと登る坂道を目指したのだった。

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