【03】心霊写真


 二〇〇二年のゴールデンウィーク中の事。それは螺木町の外れだった。

 田園を割って延びる道の先にある丘の斜面の石段を、列をなして登るのは、段ボールを抱えた引っ越し業者たちであった。

 彼らは石段を登り切ると、青々とした芝生を割って延びる白い煉瓦の小路を渡り、玄関ポーチを目指した。

 すると、開かれたままになっていた玄関扉の向こうから、満面の笑みを浮かべた古寺美袋が顔を出す。

「荷物は玄関ホールの真ん中辺りにお願いしまーす」

 その美袋の背中を階段の踊り場から見おろしていた夫の大樹は、深々と溜め息を吐く。

 妻から、この家を落札したと聞かされたのは四月の半ばだった。

 美袋は彼に何の相談もなく、勝手に競売でこの家を購入した。占有者との交渉も一人でやったのだと言う。

 彼女は“自分が欲しいものはどんな事をしてでも手に入れたがる”という子供っぽい一面があった。

 しかし、世間知らずで競売などの不動産の知識も持っていないので、まさか勝手に事を進めるなど想像していなかった大樹であったが……。

 まるで、ちょっとだけ高いブランド物のバッグを何の相談もなく購入したときのような調子で、この家を買ったと聞かされたときは度肝を抜かれた。

 当然ながら、大樹の母はいい顔はせず、かなりの大喧嘩へと発展してしまった。今はもう冷却期間に入っているが、お陰で嫁姑の関係は修復が不能なほどこじれてしまっていた。

 大樹も買ってしまったものは仕方がないと諦め、螺木町の家へと引っ越しする事を決意したという訳だった。

「……あっ。洗濯機は、こっちで、お願いしまーす」

 生き生きとした様子の美袋。

 しかし、彼女以外の家族は全員が困惑していた。特に敬士は、折角仲良くなった隣の家の子供と離れるのが嫌で、引っ越しをすると聞いた途端に泣いてしまった。

 この螺木町は元いた実家からそう離れてはいないが、幼い子供の足では近いとも言えない距離にあった。

 美袋は必死に「絶対にあの家の方が幸せになれるから」と言って、家族を強引に説得した。しかし……。

「本当に、幸せになれるのかな……」 

 ぽつり、と胸中の不安を吐露とろする。

 すると、その呟きに反応した訳ではないだろうが、美袋が階段を登って彼の元へとやって来る。

「ちょっと……アナタ!」

「な、何?」

「そんなところでぼんやりしてないで、子供たちを呼んできて一緒に荷物の梱包を解いて!」

「あっ、ああ……」

 と、大樹は生返事をしてから、ずっと聞きたかった事を美袋に問う。

「あのさ。美袋ちゃん」

「何よ?」

「この家に前住んでいた人って、どんな人たちだったの?」

 この質問に美袋は、きょとん、とした表情を浮かべてから満面の笑みで答えた。

とてもいい人だったわ・・・・・・・・・・だって・・・ちゃんと話したら・・・・・・・・解ってくれて・・・・・・すぐに・・・この家から・・・・・出ていってくれた・・・・・・・・んだもの・・・・

「……あっ、ああ、そうか」

 やはり、大樹には未だに信じられなかった。

 世間知らずな妻が、すべての手続きから交渉まで独りでこなした事を……。

「それより、早く敬士と美知を呼んできて!」

「ああ、うん……」

 大樹は曖昧な返事を返すと、二階で遊んでいた子供たちの元へと向かった。




 二〇二〇年八月二十七日。

 桜井梨沙は十四時にバイトを終えると義兄から銀のミラジーノを借りて、茅野と共に牛頭町の戸田宅へと向かう。

 門前の横に車を停めて、硝子張りの玄関ポーチへ。

 呼び鈴を押すと、出迎えてくれたのは戸田楪とその母親の美月であった。

 挨拶を済ませたあと、二人は楪の私室へと通される。美月の話によると、オカ研顧問の戸田純平は何らかの仕事で昼過ぎから学校へと向かったらしく、留守中であった。

 因みに、桜井と茅野の来訪理由については、楪とその友人の夏休みの宿題を見るという事になってた。

 そんな訳で、何とも女子小学生らしい部屋に足を踏み入れると、クッションに腰をおろして漫画を読んでいた松本姫子が立ちあがり、緊張した面持ちでぺこりと頭を下げた。

「こっ、こんにちは……松本姫子です。プロのゴーストハンターさんなんですよね?」

 曇りなき純粋な尊敬の眼差し。

 桜井と茅野は……。

「如何にも」

「まあ、そうね」

 否定はしなかった。

 すると、美月が麦茶の入ったグラスを運んできた。

「今日は、よろしくね」などと、こちらも何一つ疑っていない様子だった。

 そのあと、美月が立ち去り、座卓を囲んで各々が腰を落ち着けてから、ようやく茅野が口火を切った。

「……それで、私たちに相談があるという話だけれど」

 その言葉を受けて、楪と松本は神妙な表情で顔を見合わせる。そして、楪がおずおずと口を開いた。

「……実は、その私たち、この近くにある心霊スポットへと肝試しに行ったの」

「え、マジか」

「それは、また……」

 桜井と茅野は何とも言えない表情になる。すると、松本が補足する。

「この近くにある廃墟なんですけど……」

「ここら辺にあったんだ……循は、知ってる?」

 桜井の質問に対して首を横に振る茅野。

「知らないわ。恐らく、かなりローカルな心霊スポットなのだと思うわ。異次元屋敷のように」

「あー、志熊さん家ね」と、納得する桜井。そこで、茅野は楪に質問をした。

「そのスポットで何かあったのね?」

 楪が頷く。すると、松本がおもむろにポシェットからキッズ用のデジタルカメラを取り出した。

「……その、まずは、この写真を見て欲しいんですけど」

 そう言って、撮影したデータをサブディスプレイに表示させる操作を施したあと、それを茅野の方へと差し出した。

 それを受け取る茅野。右隣から「どれ」と覗き込む桜井。

 サブディスプレイに表示されていたのは、どこかの階段と壁の隙間を正面から撮ったものだった。段ボールや家電製品が二列になって、その隙間に押し込められており、奥の最後尾には大きな冷蔵庫が一つだけ左寄りに置かれていた。

「その冷蔵庫の右隣の壁を見てください」

 松本の言葉に従って、桜井と茅野は言われた箇所を注視した。

「循……これは……」

「ええ。梨沙さん」

 そこには、人の顔のように見えるモノが写り込んでいた。

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