【09】差し替え
茅野は
「
「どうして、そんな事が……」
篠原は眉をひそめる。
「
「どうして……? むしろ
すると、茅野は右手の人差し指をメトロノームのように振って不敵に微笑んだ。
「
そこで、桜井が、かっ……と両目を見開いた。
「なるほど……そういう事か……」
「えっ、え……?」
焦る篠原。本職の刑事の自分だけが理解できていない。
しかし、桜井は、すぐにしょんぼりと肩を落とす。
「嘘。さっぱり、解らん」
「何なのよ、もう……」
呆れつつも内心で胸を撫でおろす篠原。すると、茅野が話を軌道修正する。
「それは兎も角、この近くにある
「無花果畑?」
訳が解らない。首を傾げる篠原に向かって茅野は不敵に微笑み、更にとんでもない事を言い始めた。
「……それから、貴女に一つだけ謝りたいのだけど」
「え? 何それ、怖いんだけど……」
この少女に謝られるなど、恐怖以外の何ものでもない。
篠原は己の肩を抱いて後退りすると、茅野は「大丈夫よ。大した話じゃないなら」と言ったあとで謝罪の理由を述べる。
「……実は貴女に見せた盗聴器」
「ああ、うん」
あのA02に仕掛けられていたという盗聴器の事だ。
「あれ、私の私物」
「はぁっ!!」
驚きと呆れのあまり二の句が告げずにいると、茅野は肩を
「……でも、あの部屋の中に盗聴器が仕掛けられているのは本当よ。確認はしたから」
と言って、発見した盗聴器の在りかを列挙する茅野。篠原は一応メモを取りながら質問をする。
「ど、どうして、そんな嘘を……?」
「貴女の興味を引きたかったからよ」
「私の……?」
茅野は鹿爪らしい表情で頷く。
「この事件に裏がある事は予想がついた。でもその確証に至る材料を得るには、民間人の私たちの力では限界があった。だから、これは、ただの自殺ではないと貴女を説得する材料が必要だったの」
そこで、桜井が、ぽん、と両手を叩き合わせて得心した様子で言った。
「だから、循はあんな嘘をいきなり吐いたんだね」
「本物の盗聴器を回収してしまうと、こちらが気がついた事を犯人に知られてしまう。だから、私物の盗聴器を見せて、それを説得の材料に使っただけよ」
「料理番組の“差し替え”みたいなやつだね?」
「だいたい、そんな感じね。梨沙さん」
そして、茅野は篠原に向かって言う。
「きっと、向こうは自分が疑われている事に気がついていないはずだから。ほとぼりが冷めてから回収するか、そのままにしておくつもりなんじゃないかしら」
「ああ……うん」
何とも言えずに、篠原は生半可に相づちをうつ以外になかった。すると、茅野が話を切りあげようとする。
「それじゃあ、梨沙さん。手柄は本職の刑事さんに譲って私たちは、そろそろおいとましましょう。素人向けのスポットにしては、かなり楽しめたわ」
「そだね。今度こそ、夏休みの宿題をやらなきゃ」
桜井が、きりっ、とした顔つきで、いつか耳にしたような事を言った。
「では、篠原さん、今回はありがとう。楽しかったわ」
「またねー️」
と、陽気な別れの挨拶を残して、シダーハイツの駐車場から立ち去って行った。
その後ろ姿を見送ったあと、篠原は茅野に言われた通り、
彼は天涯孤独の身の上で肉親と呼べるのは県庁所在地の郊外に住むという叔母だけであるらしい。
篠原は無花果畑の持ち主に連絡を取り監視カメラの映像の提供を求めてから、杉光司の叔母である杉かよ子の元へと向かったのだった。
「……ええ。甥は競馬やパチンコが趣味で、私のところにもよく無心しに。本当に困った子で……」
と、県庁所在地の郊外にある一軒家の手狭な和室で語るのは、五十代後半の女性であった。
杉光司の叔母の杉かよ子である。
その歳相応に苦労が
「それで、あの子が何か……?」
突然、甥について話が聞きたいなどと、警察がやって来たら不安を抱くのも当然であろう。
篠原は、できるだけ柔らかい微笑みをうかべる。
「……いえ。ちょっと、ある女性の変死事件に光司さんが関わっておりまして……」
「まあ!?」と、口元を両手で覆ったあとで杉かよ子は絶句する。
「いや、その女性は自殺なんで彼女の死に光司さんが関わっている訳ではありません。ただ、聴取のときの光司さんの言動が、どうも少し引っ掛かりまして……」
すると、かよ子は「ああ……」と、唐突に
「
「というと……?」
「どうせ、また、おかしな事を言い始めたのでしょう?」
訳が解らず眉をひそめる篠原。すると、かよ子はおもむろに立ちあがり「少し、お待ちください」と言って、部屋をあとにした。
それから、二十分近くも経って、かよ子は一枚の黄ばんだ画用紙を持って戻ってきた。
「これを……」
そう言って、彼女は画用紙を篠原に差し出し再び腰をおろした。
画用紙には精密な鉛筆画で人の顔が描かれていた。
しかし、その表情は明らかに生者のそれではなく、首には痛々しい索状痕がついていた。
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