【07】六月の家
黒騎士アレスは周囲を見渡す。
「……ここは」
アルハントン高原の
そこは、どこかの中世ヨーロッパ風の村といった場所だった。その路地に彼は立っていた。
目の前には、
不意に背後から犬の鳴き声がした。
振り向いてみると、真っ白い犬と麻のローブを着た老人がじっと自分の事を見つめていた。
黒騎士アレスは、犬の鳴き声に負けぬくらい声を張りあげて尋ねる。
「……六月はどこにいる!?」
しかし、老人は彼の言葉に答えようとしなかった。
「おい。爺さん!」
反応はない。
まるで自分の事が見えていないかのようだ。
黒騎士アレスは
すると、マップの名称は『フジミシ』となっていた。
そして、自らを示すマーカーの正面にある建物の名前を確認した途端、黒騎士アレスは息を飲む。
それは……。
『六月の家』
「ここが……」
黒騎士アレスは再び木々に囲まれた不気味な館を見あげた。
その門を通り抜け、玄関の
ドアノブに手をかけるが……。
「鍵が掛かっている」
黒騎士アレスは舌を打つ。
彼の
どうするべきか……鍵開けの得意なb/headにメッセージを送り、こちらに来てもらうか……。
黒騎士アレスはドアノブをガチャガチャと揺すりながら思案した。
「循……」
「ええ、梨沙さん」
茅野は桜井と目配せすると、キーボードを叩き『ちょっと、離席します』と打ち込んだ。
腰を浮かせ、桜井と一緒に部屋を出た。
未だに真向かいの菅山さん
「黒騎士が相手とは腕がなるねえ……」
「ゲームと同じ仕様なら、黒騎士アレスがいつも装備していた黒い全身鎧は
「それは、楽しみだね」
……などと、いつもの頭のおかしい会話を繰り広げながら、二人が一階に辿り着いたそのときだった。
みしり……と、不穏な音が耳をついた。
それは階段を降りて左側の廊下の先にある玄関から聞こえてきた。
二人は足を止めて、何とも言えない表情で顔を見合わせた。
すると、その瞬間だった。
玄関扉が内側に大きく
刹那、
そのとき、茅野の目には、AWOでスキルを発動した際のエフェクトが壊れゆく扉越しに煌めいて見えていた。
「そうだ。オブジェクト破壊効果のある技を使おう……」
黒騎士アレスは扉のドアノブを揺すりながら、その存在を思い出す。
通常、戦闘系スキルは敵にダメージを与える用途でしか使えない。
しかし、一部の戦闘系スキルには鍵の掛かった扉や宝箱を破壊できるものがある。
このスキルを使えば、鍵開けスキルが得意な
しかし、このオブジェクト破壊効果を使っても鍵つきの扉や宝箱を開ける事ができるというだけで、仕掛けられた罠は普通に発動する。
更に宝箱の中身がけっこうな確率で破損する場合もあり、スキルを使ったときに消費される
その為に、ほとんど、このオブジェクト破壊効果に頼って鍵開けをする事はないので、彼はそんな特殊効果を持つ技がある事すら忘れていた。
「こんなところで使い道があったなんて……やっぱり、AWOは奥深いゲームなんだな」
それは彼の勘違いであった。クソゲーほど、そういうどうでもよい部分にこだわりを見せるというだけの事である。
ともあれ、黒騎士アレスはステータス画面を開き、オブジェクト破壊効果つきの暗黒剣スキル【グラビディフェンサー】をスキルスロットにセットして、片手剣を腰から抜いた。
「いくぞ!」
そして、黒騎士アレスは六月の家の扉に向かってスキルを放った。
扉板だけが綺麗に吹っ飛んだ。
流石の桜井と茅野も予想外の展開に
そして、茅野の瞳に映し出されたのは、開け放たれた扉口の向こうに佇む異形であった。
それは、人型に成形された闇か黒煙のようであり、黒一色だった。
しかし、その輪郭はまさに彼女の記憶にある黒騎士アレスそのものであった。
「まさか、こんなにはっきりとした形で姿を現すなんて……」
その茅野の言葉に桜井は眉をひそめる。
「何を言ってるの? 循」
「あの黒い影……輪郭はゲームの中の黒騎士アレスそのものよ」
桜井は更に首を傾げる。
「
そこで茅野は、はっとする。
「そうか……“相性”」
万物には“相性”というものがある。
この“相性”が遠いと、生者は霊を認識する事すらできない。霊もまた生者に干渉する事はできない。
そして、両者の“相性”が近づき、霊から影響を受けたり干渉される事を“呪い”や“祟り”などと言う。
「
茅野は不敵な笑みを浮かべた。霊と生前に
桜井と茅野とでは、黒騎士アレスとの“相性”に差があって当然だろう。
「えっ、え? 循には何かが見えてるの? ずるい!」
桜井も状況を把握して唇を尖らせる。
黒騎士の影が動き出す。
「取り合えず、いったん退くわよ、梨沙さん!」
「がってん!」
茅野は玄関に背を向けて、裏口を目指して駆け出す。
桜井も、そのあとに続いた。
そして、それは廊下を渡り、二人のあとを追う黒騎士アレスの遥か後方だった。
路地を挟んで真向かいの家の玄関前で、唐突に茅野邸の扉が吹っ飛んだところを見た菅山富一が腰を抜かしてへたり込んでいた。
その彼を守るように、飼い犬のシロが扉の破壊された玄関口を睨みつけながら、低い唸り声をあげていた。
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