【05】岡村十和子


 桜井と茅野は学校が終わると、そのまま自転車で藤見市郊外のショッピングセンターへ向かった。

 二階のフードコートで、佐々野中学の元美術部員だった水嶋明子みずしまあきこなる人物を待つ。

 因みに、彼女とのコミュニケーションを円滑に進めるため、伊藤美優紀について来て欲しいと頼むも「ダルい、マジ無理、大丈夫だって」のスリーワードであっさりと断られてしまった。

 そんな訳で桜井はクリームソーダ、茅野はたっぷりと甘くした珈琲を飲みながら待っていると、フードコートの入り口にギャル系の女と、厳つい風貌の男が姿を現した。共に来津高校の制服を着ており、きょろきょろと視線をまどわせ始めた。彼女が水嶋明子である。

 男の方はどうやら水嶋の彼氏らしい。右手と左手を恋人繋ぎにしている。

 伊藤から彼女の外見を聞いていた茅野が右手をあげた。

 すると、それに気がついた水嶋たちは二人が待つテーブルへと近づいて来る。

「え、桜井と茅野って、あんたら?」

「ええ。貴女が水嶋さん?」

 茅野が首肯すると、なぜか感激した様子で両手を合わせる。

「マジで凄い可愛いじゃん! ぜんぜん・・・・そう見えない・・・・・・んだけど・・・・!」

 そう言って水嶋は、彼氏に同意を求める。すると彼は鋭い眼光のまま無言で頷く。

 そこで、桜井がきょとんと首を傾げて二人に問うた。

「そう見えないって、どゆこと?」

 すると、水嶋と彼氏は近くのテーブルから空いていた椅子を持ってきて、二人と同じテーブルに着いた。

「いや、何かさ、伊藤美優紀ゆっきーから“うちの学校のヤバい人らが、話を聞きたがってる”なんて言うからさ。だからウチの彼氏について来てもらったんだけど……ねっ?」

 水嶋に同意を求められ、彼氏の方は「おう」と短く返事をする。その両手には、はっきりと拳ダコがあった。どうやら武闘派らしい。

 茅野は桜井と顔を見合わせて苦笑する。

「ヤバい人て……」

 改めて校内における自分たちのポジションを確認した二人であった。

 しかし、水嶋はそんな二人の微妙な心持ちをよそに「ヤバいって、超可愛いって事だったんだねー」と、興奮気味で言った。

 そこで茅野が否定も肯定もせずに椅子から腰を浮かせる。

「それじゃあ、水嶋さんと、えっと……彼氏さんも、飲み物くらいならおごるけれど何がいいかしら?」

「苺パフェ」と、即答する水嶋。

 桜井と茅野は、それは飲み物じゃないだろう……と、心の中で突っ込んだ。

 彼氏は少し迷ったあとで「じゃあ、オレンジジュースで……」と渋い声で言った。




 しばし、関係のない雑談に終始する。

 一見すると美術などと無縁そうな水嶋であったが、中学のときは、どちらかというと地味な容姿であったのだという。美術部での活動も真面目にやっていたらしい。

 ギャル化したのは高校生になってからで、二つ前の元カレの影響なのだとか。

 因みに今カレは、まるで石像のように黙り込んで三人の女子の話に聞き入っている。まるで、水嶋を守護するサイボーグのようだった。

 そうして、しばしの歓談の末に苺パフェが半分近くなくなったときだった。

「……んで、何を聞きたいの?」

 水嶋が苺パフェのロングスプーンをねぶりながら話の本題を切り出す。

「中学生時代の岡村十和子さんについて、聞かせて欲しいの。彼女がどういう人間だったのか……」

 すると、水嶋は目線を上にあげて記憶を辿り一言。

「ファザコン」

「はい?」

 桜井が首を傾げる。

 すると、水嶋は過去を懐かしむような遠い目で寂しげに微笑む。

「お父さんと、凄く仲がよかったわ。……ね?」

 同意を求められた彼氏は「うっす」と短く返事をする。

「あ、こいつも佐々中だから」

 水嶋が彼の肩を力強く叩き、補足した。

「文化祭のときなんかさ、お父さんと腕を組んではしゃぎ回っちゃってさ、まるで、恋人みたいだったよ。恋人ってか、知らない人が見たら、パパ活みたいな? そんな感じだったよね?」

 彼氏が再び「うっす」と頷く。桜井は、たぶんこいつ空手部だな……と、思った。

 水嶋の話は更に続く。

「……何か、お母さんを小さい頃に亡くしてさ、家でもお父さんとずっと二人切りだったみたい。だからなのかな? あんなに仲よかったの。あの子が藤女に進学したのもお父さんに言われたかららしいし。けっこう、偏差値的には無理してたみたいだけど」

 そう言って、クスクスと微笑んだ。

 因みに藤見女子高校の偏差値はそこそこ高い。桜井は勉強が苦手だが、元々記憶力だけはよかったので、茅野によるサポートの甲斐あって、どうにか合格をする事ができた。

「じゃあ、美術部内の彼女はどうだったのかしら?」

 その茅野の質問に水嶋は、苺パフェのグラスの底に沈んだ、溶けたアイスを一口食べてから答える。

「まあ普通……? みんな仲よかったし」

「じゃあ、中学を卒業したあとも、岡村さんとは連絡を取りあっていたのかしら?」

 水嶋は首を横に振ると「岡村だけ、あんまり……」と、どこか気まずそうに言った。

「それは、なぜなのかしら?」

「いや、うちら美術部って、岡村以外、全員が来津高にいったけど、彼女一人だけ藤見女子高校あんたらのとこに行ったから」

 そこで水嶋は気まずそうに笑う。

「それで、だんだんと疎遠になって」

「よくある話だね」と桜井。

 高校一年の一学期が終わった頃には、ほぼ連絡を取り合わなくなっていたらしい。

「でも、高校二年のときだったかな?」

 それは県庁所在地で毎夏開催されていた花火大会の会場での事だったのだという。

「偶然、お父さんと一緒にいるあの子と出会ってさ。しばらく、話し込んで……」

「そのとき、どんな話をしたの?」

 桜井に促され、水嶋は記憶を辿りながら口を開く。

「いや、お互いの高校の事とか。キンキョウホウコク? みたいな」

「そのとき、変わった様子は……」と桜井が更に質問を重ねると、水嶋は首を横に振った。

「高校でも上手くやってるって。岡村、ちょっと人見知りなところがあったから、心配だったんだけど。友だちもいるって言ってたし……彼氏はまだとか言ってたけど。確か高校でも美術部に入ったとか言ってたっけ?」

 そこで桜井と茅野は顔を見合わせる。

 教室の片隅にある自分の席で背を丸めて独りで座る、岡村十和子の姿を思い出した。

「あとで、ゆっきーから、実は岡村がぼっちだったって聞いてさ。本当は上手くいってなかったけど、見栄張って嘘吐いてたんだろうなって。こっちからも何となく気まずくて、中々連絡できなくって……そうするうちに、あんな事になっちゃって」

 そう言って、水嶋が寂しそうに笑いながら桜井と茅野の顔を見渡す。

「でも、あんたらみたいな友だちもちゃんといたんだね。それだけでもよかったかな……」

 もちろん、水嶋の勘違いである。桜井と茅野は、岡村十和子が美術部だった事すら知らない。若干の罪悪感を覚える二人であった。

 そこで水嶋は「あ……」と何かを思い出したらしく、スマホを取り出して指を這わせる。

「そう言えば、中学の頃の写真あるけど見る?」

 そう言って、スマホの画面を見せた。

 それは、部活の最中に撮られたものらしい。

 中学の指定ジャージを身にまとい、エプロンを着けた岡村とまだギャル化していない水嶋、その他二人の女子による自撮り写真であった。

 その岡村十和子は、まるで別人のような満面の笑みで微笑んでいた。

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