【04】ミッシングリンク


 岡村十和子の実父である岡村進おかむらすすむが、勤めていた電子部品工場で倒れたのは二月五日の事だった。

 すぐさま病院へと運ばれ、くも膜下出血および脳梗塞のうこうそくとの診断を受けた。

 幸いにも症状は軽く、後遺症も残らなかった。一月ひとつき程度ていどの休養で仕事に復帰する。

 しかし、それから間もなく、第二の悲劇が彼を襲った。

 娘の十和子の死である。

 若い頃に妻を亡くして以来、男手だけで一人娘を育ててきた岡村の心中しんちゅうを察し、同僚たちは彼の境遇に同情した。岡村が子煩悩で娘の十和子を溺愛していたというのは、近しい人間の共通認識であったからだ。

 現に忌引き休暇に入る直前に岡村と会った者は、そのときの彼の様子について、こう述べた。まるで死人のような酷い顔色をしていた、と……。

 だが、そういった周囲の懸念に反して、娘の葬儀など諸々もろもろが終わり、再び職場に現れた彼は、あまりにも普段と様子が変わらなかった。

 これには、案外平気そうな彼の姿を見て、ほっと胸を撫でおろす者もいれば、逆に不安になる者もいた。

 その中で、彼と同じ部署で働くベテランの杉村恒雄すぎむらつねおは後者であった。

 杉村は七月二十四日の退社時に、岡村を飲みに誘う事にした。

 もちろん、岡村への気遣いもあったが、本音を言えば彼を励ます事を口実に、飲みに行きたいだけであった。

 このご時世、コロナ禍の影響が少ない地方都市においても、酒を外で飲むには何かの特別な理由が心理的に必要となっていた。岡村をそのダシにしようというのだ。

 そんな訳で、杉村はロッカーの前で防塵服などを脱いで着替える彼に向かって、にこやかに話しかける。

「おい、岡村さん」

「はい?」

 返事をしながら半袖のシャツを羽織る岡村。

 杉村は右手で御猪口おちょこをしゃくる仕草をする。

「今日は久々に一杯どうだね?」

 すると、岡村は申し訳なさそうな顔をして笑う。

ごめん・・・杉村さん・・・・今日は・・・はよ家に帰って・・・・・・・娘と晩飯食う・・・・・・約束してっからさ・・・・・・・・

「あ、ああ……」

 杉村は着替える手を止めて唖然とする。

 確か、岡村の娘は一人しかいなかったはずだ。仄かな怖気おぞけが背筋をなでる。

「ほんに、ごめんな? 杉村さん」

 以前と何一つ変わらない様子で照れ笑う。

 そのまま何も言えず、杉村は岡村の顔を見つめ続けた。




 二〇二〇年七月二十七日の朝だった。

「……あー、そうそう。岡村のお父さん、何か無事だったみたいだよ。けっきょく」

 三年二組の教室中央の席でスマホをいじりながら答えたのは、西木と同じくギャルギャルしい雰囲気の少女であった。

 画面をのぞき込むと、どうやら、いつも行動を共にしているギャル系の同級生たちとメッセージでやり取りしているらしい。その中には、只今バスで学校へと向かう途中の西木千里も含まれていた。

 彼女の名前は伊藤美優紀いとうみゆき

 桜井と茅野のクラスメイトである。そして藤見女子は、二年と三年の間にクラス替えはない為、二年のときも彼女とは同じクラスであった。

 西木は、この伊藤より岡村十和子に関する話を聞いたらしい。

 そこで桜井と茅野も、伊藤から岡村に関しての情報を引き出そうと試みる。

「父親の病名とかは解るのかしら……?」

 その茅野の質問に伊藤がスマホから目を離して首を傾げる。

「さぁ……そこまでは」

 苦笑しながらそう答えて、再び目線をスマホに落とす。再び親指を素早く動かしながら、メッセージを打ち始めた。

 そこで、桜井が気になっていた事を質問する。

「伊藤さんってさあ……」

「何?」と、もう一度、机の脇に立つ桜井たちの方へ目線をあげる。

「岡村さんと、仲よかったの?」

 クラスでもカーストの高いグループに所属し、どちらかといえば“陽キャ”に属する伊藤。

 対して生前の岡村はいつも独りぼっちであった。誰とも交わらず、教室の片隅で背中を丸めていた印象しかなかった。

 外見も同じ人種かどうかが疑わしくなるレベルで、まったく正反対だった。

 どう控え目に見ても、同じクラスという以外に接点はない。

 ……にも関わらず、伊藤が岡村のプライベートな事情を知っている事が不思議だったのだ。

 その桜井の疑問に対して、伊藤は気安い笑みを浮かべながら答える。

「ああ。岡村と私、同中おなちゅうだし。けっこう喋ってたと思うよ、岡村と」

 とは、言っても“クラスの中では”という意味だろう。それほど、岡村十和子は誰とも接点を持っていなかった。

「……まあ、いっても、そんなに深い話とかはしなかったけど。あいつ、すげー無口だし」

「どこの中学だったの?」

「ああ。佐々中ささちゅう

 佐々野中学校。

 藤見市の外れの佐々野地区にある中学校であった。

 あの二宮健太が発見された河川敷のある場所だ。

 桜井と茅野は、何とも言えない表情で顔を見合わせる。

 すると、伊藤はきょとんとした表情で、しばらく思案すると「あー」と得心した様子で頷く。

 そして、桜井と茅野の事を指差して……。

「もしかして、二宮っしょ? 二宮」

「ええ、まあ」

 茅野は苦笑しつつ首肯した。

「私もびっくりしてさ。いや本当に、こんな田舎なのに物騒になったよねえ……」

 などと、微妙に年寄り臭い事を言う伊藤に、茅野は問うた。

「やっぱり、あの二宮くんも、同じく佐々野中学出身なのかしら?」

 頷く伊藤。

「そうそう。だからさぁ……呪われてるんじゃないかって」

「まあ、こうも短期間で同窓生が二人も死んでしまうのは、中々ない偶然ですものね」

 と、茅野が言うと、伊藤はぶんぶんと首を振り乱して言葉を続ける。

「それだけじゃないのよ」

「……というと?」

 桜井が促すと、伊藤はまるで芸能人のゴシップを話題にするかのように、悪趣味な微笑みを浮かべる。

「岡村と二宮、中学校の頃、美術部だったのよ」

 岡村十和子と二宮健太。

 この二人に、あのおにぎり坂以外の繋がりが見えた事に、桜井と茅野の内心は色めきだった。

 このあと、二人は伊藤から当時の佐々野中学の美術部だった者を紹介してもらった。

 放課後、その人物と会う事となった。

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