【02】自殺の動機
二〇二〇年二月二十三日であった。
その日は日曜日という事もあり、西木千里は昼から八名の写真部員と共に県庁所在地へと出かけていた。
海に程近い場所にある公園での撮影会である。
そこで撮影した写真を部内の合評会で批評しあったり、ホームページに載せようというのだ。
あくまでも例年に比べればであるが気温も高く、特に大きなトラブルもなく、部員たちは撮影をこなしてゆく。そして、十四時頃に休憩を取る事となった。
そこで、ジャンケンで負けた一人が表通りのコンビニまで飲み物を買い出しに行くという定番の余興を行った。その際に負けたのが西木である。
渋々、全員からの注文をスマホにメモり、お金を受け取ってコンビニへ向かう。
公園の入り口から表通りへと向かうと遠回りなので、西木はおにぎり坂からコンビニの脇に出る事にした。
因みに彼女や他の写真部員たちは、このおにぎり坂についての由来をまったく知らなかったのだという。
ともあれ、西木はその二十メートル程度の
スマホのメモを見ながら無難に買い物をこなす。
そうしてコンビニを出て再びおにぎり坂へ向かうと、ちょうど階段を駆け降りてくる女がいた。
地味目のダウンにスキニーデニム。ニット帽からはみ出た長い黒髪を振り乱し、ずいぶんと慌てた様子だったのだという。まるで、恐ろしい何かに追われているかのように……。
そして、その女は石段の最後の段を踏み外し、大きくつんのめり、膝をついて転んでしまう。
「大丈夫!?」
西木が駆け寄る。すると、女が四肢を突いたまま顔をあげた。
彼女の顔を見た途端、西木は大きく目を見開いて驚く。
「あれ!? 岡村さん!?」
当時のクラスメイトだった岡村十和子であった。
「西木……さん」
岡村はそのまま立ちあがると膝や手を払った。
「怪我は? 何か凄い慌ててたみたいだけど……」
と、西木が気遣いを見せると、岡村は無理やり作ったような笑顔を浮かべながら首を横に振る。
「ああ、うん……大丈夫」
「えっ。本当に大丈夫なの? 凄く顔色が悪いけど」
西木は
それこそ、幽霊でも見たかのように。
しかし、岡村は……。
「大丈夫……何でもない……」
そう言って、立ち去って行った――
「……という訳なんだけど」
と、西木は弁当を食べ進めながら話終える。すると、茅野が鹿爪らしい顔で「その階段は“おにぎり坂”ね」と言った。
「おにぎり坂? あの階段に名前なんかあったんだ」
西木が感心した様子で声をあげた。
そこで、桜井が白飯をかき込みながら彼女らしい反応を示す。
「美味しそうな名前だね。何だか、おにぎりが食べたくなってきたよ」
「普通のご飯を食べながら、おにぎりを食べたくならないで
と、茅野は苦笑しながら突っ込み、その坂の名前の由来について解説する。
「あの階段の“おにぎり”はご飯を握った物の事ではないわ。元々は“あにぎり”だったのよ」
「あに……ぎり?」
桜井が首を傾げた。
「兄弟の“兄”を斬るで、あにぎりよ。それが変化して、今は“おにぎり坂”と呼ばれているみたい」
「物騒な名前だけど、やっぱり、そう言う
西木が嫌そうな顔で茅野に問う。
「そうね。昔、あの辺りには花街があって、仲のよい双子の兄弟が、美しい一人の花魁を巡って争いになり、最終的に、あの坂で弟が兄を斬り殺すという
「ふうん」
と、桜井のいつもの相づちが響き渡る。
「その兄の怨念なのか、おにぎり坂で転ぶと災難に見舞われるとか、死ぬとか、そんな言い伝えがあるらしいわ。まあ
と、浮かない表情で言葉を濁す茅野。桜井も微妙な表情で頷く。
「でも、実際に死んでるからね。岡村さん……自殺の原因は、その坂の呪い……? あの団地みたいに、坂で転ぶと自殺したくなるとか」
「どうかしらね……」
茅野が肩を
そこで桜井は思い出す。
「確か二月の始め頃に、岡村さんが職員室に呼び出しを受けていたけど……」
「ああ。あれは、お父さんが倒れたとか何とか……そんな話らしいけど」
西木がクラスメイトから聞き
「岡村さんのお父さんは、だいじょぶだったの?」と桜井に尋ねられ、西木は首を傾げる。
「うーん、私は流石にそこまで知らないけど。そもそも、又聞きだし」
「なるほど」
と、桜井は腕組みをして鹿爪らしい表情で言った。
「その、お父さんの不幸が彼女の自殺の動機っていう線もありそうだね」
すると、茅野はやはり浮かない表情で口を開く。
「だったとしたら、あまり他人の家の事情に首を突っ込みたくはないけれど、そのおにぎり坂での彼女の態度は気になるわね」
「本当に、何か見てはいけないものを見ちゃったとかさあ」
桜井が好奇心を隠し切れない様子で瞳を輝かせる。
「取り合えず、心霊絡みかどうかは微妙だけど明日の放課後にでも行ってみようよ。おにぎり坂に」
「けっきょく、そうなるのね……」
西木は苦笑し、弁当の残りを平らげにかかった。
……こうして二人は翌日、七月二十三日にくだんのおにぎり坂へと向かったのであった。
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