【16】本物のざまぁ


 水中眼鏡と革鞘のベルトを取り、適当なズボンを穿いた。玄関へと向かう。

 三和土たたきに降りて、サンダルを突っかける。

 そのまま玄関の戸を開けた。すると、スーツ姿の屈強な男の笑顔が飛び込んできた。

「あー、北野さん。すいません、お休みのところ」

 彼の名前は小手川礼二こてがわれいじ。県警の刑事である。

 北野の父親の事件について担当しており、何度か顔を合わせた事があった。

 その彼の後ろには、二人の制服警官が控えている。

「あ、刑事さん……何か用でしょうか? 父の事件で何か解った事でも?」

 北野は平静さを装い、小手川にたずねた。

「実はですね、北野さん。それと関係があるのかは解りませんが、今日は別件でして……」

「はい?」

「本日の朝、所轄署しょかつしょ拾得物しゅうとくぶつの届け出がありまして……」

 小手川は肩掛け鞄の中から、ビニールに入ったレコーダーを取り出した。

「これなんですけど……」と言って、ビニールに入れたまま再生ボタンを押す。

 そして、流れてきた音声を聞いて北野は絶句する。

『……僕が殺そうとしていたのは四人。全員が青谷高校の同級生で、名前は有藤京介、水沼悠馬、七海瑞希、篠澤麻友子』

 あのインタビューの時の音声であった。

『有藤は……野球部のレギュラーで……女子にも人気があって。男子にも人望があって……』

 そして、どういう訳か、亥俣の声が入っていない。

『でも傲慢で、運動のできない僕の事を常に見下していて、何かと突っかかってきた。いつだったか体育の授業のあとに、難癖をつけられて殴られた事があった。でも、クラスメイトは誰も有藤の事をとがめようとしなかった。みんな、あいつを怖がっていたから……』

 これではまるで、殺人計画を告白しているようではないか。

『水沼は……あいつは、ずっと高校に入学したときからの友だちで……いや、友だちだと思っていたんだけど、僕が有藤に目をつけられ始めたのを境に、裏切りやがった。有藤と一緒に僕の事を……』

「やめろッ! これは違うッ!」

 北野は手を伸ばす。小手川がひょいとかわし、後ろに下がる。代わりに警官たちが前に出る。

 小手川が飄々ひょうひょうとした笑みを浮かべる。

「まあまあ、北野さん。最後まで聞きましょうよ……」

 そして、レコーダーの音声は、そのまま最後のくだりに差しかかる。

『……爆弾は僕の部屋でちゃんと保管してあるから。起爆しないようにしてあるし、万が一、爆発してもそこまで威力が大きい訳じゃないから、同じ部屋にでもいない限りはたぶん大丈夫』

「……と、言うわけでして、ちょっとお話をさせてもらおうかと。それから、家の中を改めさせていただきたいのですが」

 と、小手川が言った瞬間、北野は顔を真っ赤に紅潮こうちょうさせて激しく暴れ始める。野獣のような声で叫び散らした。

「貴様らぁああ……!!」

 しかし、あっさりと北野は警官に抑えられる。

 小手川はその脇を「はい、ごめんよ」とすり抜ける。

 そして、三和土に入った直後に顔をしかめた。

 微かに漂う悪臭。それは、この職務において何度も嗅いだ事のある臭いであった。

 その元を辿り、小手川は玄関近くの居間へと足を踏み入れる。

 玄関では北野が「そっちへ行くな!」だとか、「不法侵入だぞ!」とか、「訴えてやる!」などと、喚き散らしていたが知った事ではなかった。

 小手川はどこ吹く風で、その薄暗い居間を見渡した。

 そして、奥の右手にあった押入れのふすまで目線を止める。

 その襖に近づき、戸に手をかけた。躊躇ちゅうちょなく開ける。

 すると……。

「いやあ、これは、これは……」

 小手川は吹き出した悪臭に顔をしかめながら苦笑する。

 その押入れの下段には、半透明のビニールにくるまれた木乃伊みいらが押し込まれていた。

 それは、北野啓大の母親である北野悦子きたのえつこの変わり果てた姿であった。




 桜井梨沙と茅野循の二人は廃工場を出ると野干村へと舞い戻った。

 そして、あの亥也大明神の前で車を止めると、再び奉納鳥居が列をなす階段を登り始める。

 あの、いかにも訳知りな様子であった宮司ぐうじおきなに再び話を聞こうというのだ。

 そうして二人は階段を登り切り、社殿の裏手に屋根だけ見えていた宮司の住居へと向かった。

 すると、さしもの桜井と茅野も驚きを禁じえない光景が、そこに広がっていた。

「循、これは……」

「ええ。梨沙さん……どうやら、私たちは最初から化かされていたみたいね」

 そこに建っていたのは古びた一軒家であったが、どうも人の住んでいる気配がまったくなかった。

 ブロック塀の内側は荒れ果て、縦横に枝葉を伸ばした庭木や雑草で溢れ返っていた。

 縁側の雨戸は閉ざされており、窓にかかったカーテンは日に焼けて色褪いろあせ、穴だらけだった。

 そして、ひさしを支える柱の間には、黄色と黒のストライプの縄が張られている。

 その奥に見える玄関戸の磨り硝子の向こうには、自転車やスクーター、灯油を入れるポリタンクなどが透けて見える。

「じゃあ、あのおじいさんもヤマナリサマ……」

 と、桜井が口にした直後だった。

 門から見て右手の草むらから、トコトコと一匹の獣が姿を現し玄関前に腰を落とす。

 それは、小麦色の毛並みの犬であった。

 その犬は桜井と茅野をじっと睨みつけると、忌々しげに吠えた。

「何なのかしら? この犬は……何か私たちに言いたげな顔をしているけれど」

「取り合えず、わんこ、可愛い」

 桜井がスマホを構えて写真を撮ると、犬は慌てて雑草の生い茂る庭先へと溶け込むように姿を消す。

 桜井が撮影したばかりの写真を確認した。

「循、これ……」

 茅野は桜井に差し出されたスマホ画面をのぞき込んだ。

 すると、そこに写し出されていたのは……。

これ・・犬じゃないよね・・・・・・・・?」

「そのようね」

「どゆことなの?」

 桜井が困惑気味に首を捻ると、茅野は不敵な笑みを浮かべる。


「ヤマナリサマの正体、だいたい解ったわ」


 すると、遠くの方からパトカーのサイレンが微かに聞こえてきた。

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