【15】得意なやつ


 なぜ、この女たちは本物の銃を見ても、怖がらないのだろうか。北野啓大は戸惑っていた。

 ならば、一発だけ撃って本物の銃声を聞かせてやればいい。北野はトリガーを引いた。

 彼の耳に銃声が轟く。

「どうだ!?」

 しかし、二人の少女は盛大に噴き出し、ゲラゲラと笑い始める。

「駄目よ。笑っちゃ……化かされているだけなのだから」

「でも、何で、ズボン穿いてないのさ」

 どうやら二人の少女は、まだ本物の銃であると信じていないようだった。北野は唖然あぜんとしたあとで苛立ち、怒声をあげる。

「てめえら、マジでぶっ殺してやるッ!!」

 そして、小柄な少女に向かってトリガーを引いた。

 彼の耳に銃声が轟く。しかし……。

「ごめん、ごめん……そんなに怒らないでよ……」

「な……」

 北野は絶句する。彼の目には、マカロフPMから発射された弾丸が小柄な少女の腹の辺りに命中したように見えた。

 しかし、何ともなっていない。少女は平然としたままだし、血すら出ていない。

 次に黒髪の少女に向かってトリガーを引いた。

 しかし、こちらも弾丸が胸元に命中したはずなのに、平然としている。

「銃でも撃ってるつもりなのかしら?」

「なぜだっ! なぜ……」

 目の前で起こっている事が理解できない。それは恐怖以外のなにものでもない。

「おい! どういう事だ! おい! おい! 何なんだよ、これは……」

 亥俣に語り掛けるが返答はない。

 やがて過度な恐怖は次第に裏返り、怒りへと変化する。

「糞、糞……糞がッ!!」

 北野はマカロフPMだと思い込んでいるそれを投げ捨て、腰の剣鉈を抜いた。

 すると、小柄な少女が「おお。あれは本物っぽい」と言った。

「完全に正気を失っているようね。これは、貴女の得意なやつでいいのではないかしら?」

 黒髪の少女がどこか面倒臭そうに言った。

 小柄な少女が「ああ、うん」と応じる。

 やはり、二人は怖がっている様子はない。その余裕に満ちた態度が北野の神経をよりいっそう逆撫でする。

「本当にぶっ殺してやるッ!!」

 剣鉈を振りあげ、小柄な少女に襲いかかった。

「死ねぇええ!!」

 振りおろした切っ先が何もない暗闇を引き裂く。そのときにはもう、小柄な少女は北野の懐に入り込んでいた。

「は?」

 あまりにも素早く無駄のない動き。北野は目で追う事ができない。

 刹那、鳩尾みぞおちに凶悪な“得意なやつ腹パン”がめり込む。

「ぐおおお……」

 重々しい激痛に身体をくの字に折る北野。右手の剣鉈が指先をすり抜け、床に落下する。

 その顎を右フックが刈り取る。

 北野の意識は途切れた。




「……にしても、この人はいったい何なのかしら?」

 床に突っ伏したまま動かない北野を見おろしながら、茅野は首を傾げた。

「まあ、目が覚めたときには正気に返ってるでしょ」

「そうね。取り合えず、軽く周囲を探索したあと、どこかでお昼ご飯を食べましょう」

 このあと、二人は周囲を探索して、汚水処理用タンクの隙間に横たわる四体目のマネキンを発見する。

 そして北野のいた場所に戻ってきてみると……。

「いないね……あの人も幻覚だった?」

 桜井が怪訝けげんそうな表情で己の右拳を見つめる。

 茅野はデジタル一眼カメラを確認しながら首を横に振る。

「いいえ。しっかりと映っているわ」

「なら、起きて正気に返ったのかな? それで、お家に帰ったとか」

「だったら、いいのだけれど……」

 桜井と茅野はきょろきょろと辺りを見渡した。しかし、剣鉈と投げ捨てられたグルーガンが残されているだけだった。

「……まあ、いっか」

「そうね」

 と、それほど気にせず流そうとする二人だった。

 このあと、二階へと戻り、中央制御室で弁当を食べた。それから、残りのエリアを探索するも特に変わった事は起こらなかった。

 二人は廃工場をあとにした。




「ん……」

 北野が目を覚ますと、耳の穴からボールペンのキャップが転がり落ちた。

 食べ物の匂いと体臭の入り交じった甘ったるい腐敗臭が鼻をつく。周囲を見渡すと、空の弁当容器やスナック菓子の袋、酎ハイの空き缶、汚ならしい衣類と共に、漫画本やゲームのパッケージが散乱していた。

 壁には何年も前の色褪いろあせたカレンダーがさがっている。ほこりにまみれたカーテンを透過して、真夏の陽射しが差し込んでいた。

 どう考えても自分の部屋である。

「あれ……どうして?」

 夢かと思ったが鳩尾と顎がじくじくと痛んだ。

 そして、なぜかズボンを穿いておらず、リュックを担いでいた。

 水中眼鏡をかけており、腰には剣鉈の革鞘かわざやだけを巻いていた。胸元には蝉の脱け殻がついている。

「いったい……何なんだよ!?」

 そう言って、蝉の脱け殻を払い落とした途端、リュックの中でスマホの電子音が鳴った。

 取り出して画面を見ると、亥俣からであった。

 慌てて電話ボタンをタップして、受話口を耳に当てる。

「おい! どういう事なんだよ!!」

『ああ……どういう事も何も……』

 そこで、亥俣は鼻を鳴らす。

『復讐ですよ。“北野さんの”ではなく“私の”ね』

「お前の……復讐……?」

 北野は眉をひそめる。

『今日が何の日か解りますか? 解らないでしょうね……』

 はあ……と、わざとらしい溜め息を吐く亥俣。

『私の母と兄弟たちの命日なんですよ』

「は?」

『貴方が仕掛けた毒入りの食べ物で、苦しんでいるところを刃物で順番に殺されました。あの廃工場でね。私はすぐに吐き戻したので、動けるようになりましたが……』

「待て……」

『あのときはまだ幼く、今ほど力も使えず、自分一人が逃げる事でやっとでした』

「だから、何の話だよ!?」

 亥俣がその質問に答える事はなかった。

『そのあと、貴方があの四人に反撃を受けて人生を大きく踏み外したので、私も一度は溜飲りゅういんを下げたのですがね……また、よからぬ事を企んでいたようなので、少し解らせてやろうと思いまして』

「ちょっと……ちょっ、本当に何の話をしているのか解らないんだが……」

 そこで亥俣は、再び大きな溜め息を吐いた。

『貴方はちょっと、自分のした事を簡単に忘れ過ぎです。これから、思い出させてあげるので、ちゃんと反省しながら生き恥を晒してくださいね?』

「おい! だから、どういう事なんだ!?」

 と、そこで通話が途切れる。

 怪訝な表情で、スマホ画面を眺めているとインターフォンが鳴り響いた。

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