【13】仕返し
二〇一二年七月二十四日の放課後だった。
有藤らは学校からいちばん距離が近い七海宅に集まり、作戦会議を行う。
その話し合いの末に、四人は何の意外性もないシンプルな反撃を行う事にした。
それは北野を挑発し、本性を暴き出す。ただ、それだけである。
早速、水沼が北野に『今までの事をバラす』とメッセージで
すると、北野は以下のような返信をしてきた。
『何の事を言っているのか解らないけど、何か言いたい事があるなら二人で話そう』
流石にここでボロを出す事はなかったが、獲物はしっかりと釣り針に食らいついた。
これ幸いにと四人は彼の誘いに乗じる事にした。
一方の北野は完全に水沼の事を下に見ており、何もできない支配対象であると決めつけていた。
なので、この時点では怒りこそすれ、唐突な彼の反逆に何の疑念も焦りも抱かなかった。
こうして、水沼と北野の両者は、お互いに何回かメッセージのやり取りをして、翌日の朝七時半頃に旧特別教室棟四階の踊り場に決戦の場を定めた。
因みに、この踊り場から屋上の入り口前に続く階段には、使わなくなった机や椅子、棚などが無造作に置かれており、身を潜める場所には困らない。そして、旧特別教室棟自体が普段から人の寄りつかない場所だった。
したがって、地の利は四人の側にあった。
作戦の
何かがあれば体力のある有藤が飛び出して、北野を止めに入る
そうして、当日の朝。
四人は朝練に向かう運動部の生徒たちに紛れ、七時前に学校へと到着する。
その後、入念に準備を整え、不測の事態に備えて最終確認をいくつか行った。
そして開戦時刻の七時半。
何も知らない北野はノコノコと姿を現した。作戦通りではあった。
しかし、屋上の扉前に置かれた教卓の裏手にしゃがみ込んで隠れていた篠澤と七海は、早々に絶句させられる。
水沼が何かを言う前に、北野は彼の両肩に手を置いて
「お前みたいな陰キャが、俺に逆らってるんじゃないよ……」
水沼が
「今までのお金返して……」
「馬鹿かオメーは。あれは友だち料金だっていっただろうが」
北野が悪魔のように、せせら笑う。
「……で、どうせ、録音してんだろ? 馬鹿の考える事はお見通しなんだよ。早くスマホ出せよ」
もう充分だった。
篠澤と七海は立ちあがり姿を見せた。
その際に七海は予め打ち込んでいたメッセージを送信して有藤を呼ぶ。
二人の姿を目にした北野は、大きく目を見開く。
「何で……お前らが」
そして篠澤の手にあったスマホを見て、北野が階段を登ろうとする。
「糞ブスがッ! 何を撮ってやがるッ!」
しかし、階段に置かれた机や椅子などがバリケードとなり、もたついてしまう。
苛立った北野は更に大声で怒鳴る。
「犯すぞ!? 糞がッ!! そのスマホを寄越せ!」
彼はもう自分でも何を口にしているのか解らないほど
大人しいオタク系の男子という普段の姿からかけ離れたその姿に、二人の女子は悲鳴をあげた。
「……やめて! 近寄らないで! 気持ち悪い、変態!」
篠澤が叫んだ。
そこで有藤が現れ、北野を羽交い締めにする。
「……おい、おとなしくしろ!」
再び踊り場へと引き戻される北野。
「離せ! この脳筋! 離せッ!! おい、水沼! オメー、友だちの俺を裏切るつもりか!! 何とか言えよッ!!」
水沼は腹をさすりながら憎悪のこもった眼差しで北野を見据えて言い放つ。
「……お前とは、友だちでも何でもない」
「てめぇえ……」
北野は有藤に押さえられたまま、なおも激しく暴れながら、猛獣のように歯噛みする。
すると、そこで屋上前の階段の物陰から踊り場に降りてきた七海が北野に問う。
「あんた、この前、私の家の前にいたでしょ?」
「ぐ、偶然だ。偶然、通りかかったんだよッ!!」
「嘘吐かないでよ!! 気持ち悪いから、そういうのやめて!!」
すると、北野が丸めたティッシュのようにくしゃりと表情を歪め、唐突にポロポロと泣き始める。
「僕の事を好きって言った
「は?」
七海は、有藤、水沼、篠澤の視線が自分に集まるのを感じ、首を大きく横に振った。
「な……言ってないわよ、そんな事!!」
当然ながら記憶にない。北野とは、ほとんど話した事もない。
しかし“間違っているのはお前の記憶の方だ”とでも言いたげな彼の表情に、心の底から
「……ねえ、私があんたなんか好きになる訳がないでしょ!? 馬鹿なの?」
すると、そこで水沼がぼそりと呟くように言った。
「北野の好きなソシャゲの押しヒロインが七海さんと同姓同名なんだ」
一気に顔色が
「……水沼ぁあああ!」
「……てめぇ、いい加減にしろよ! このキモオタがッ!」
有藤が
そこで、ようやく騒ぎを聞きつけた教師がやってきて、事態は終息する。
この一件で北野は無期停学となり、ほどなくして学校を自主退学した……。
二〇二〇年七月十九日――。
バンカーを横切る通路の先。
バケットの操縦室を桜井梨沙と茅野循は覗き込み、
「また、あった」
「今度は二体……」
その床には、刃物でボロボロに傷つけられた二体のマネキン人形が転がっていた。
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