【08】最初の犠牲者


 再び廃工場内――。


「うわああああっ。痛えええ……痛えよぉ……」

「えっ……えっ……何、今の音!!」

「銃声!?」

「そんなはずがないでしょ!」

 大柄な男が左脚に手を当てて、しゃがみ込んでいる。四人はパニックにおちいっているようだ。

「おらっ、撃つぞ!? 動くんじゃねえ!!」

 そのまま、北野は柱の影から姿を現す。

 彼の両手に握られたものを見て、四人が悲鳴をあげる。

「うわああああ……銃だ!」

「本物!? 本物なの!?」

「知らないわよぉ!!」

「いてぇ……いてぇよぉお……きゅっ、救急車……」

 よりいっそう、騒然としだす四人。

 北野は再びマカロフPMを撃とうかと思ったが、亥俣の『とどめは刃物でお願いします』という言葉を思い出してやめる。

 再び腰回りにねじり込んで、革鞘かわざやから剣鉈けんなたを抜いた。悠然とした足取りで四人の元へ向かう。

 再び悲鳴があがり、怪我をしていない三人が一斉に駆け出す。近くにあった二階の吹き抜けへと続く階段を登り始める。

「おい!! おい!! 待て!! 俺を置いてくなぁああああっ!!」 

 ただ一人だけ取り残された男は、階段を登る三人の背中に向かって絶叫する。

 しかし、その足音は、暗闇の向こうへと溶けて消えた。

 北野は剣鉈を構えたまま、怪我をした男を見おろす。

「お前、有藤か?」

「ああ……」

 その問いに頷き、ぐちゃぐちゃに涙で濡れた顔で喚き出す。

「お……お、お前……誰だよ……誰なんだよ? こんな酷い……助け……助けて……」

「なあ、俺が誰か解らないのか? 有藤。ナイトゴーグルをつけているとはいえ……」

 自分に気がついていない。その事に北野は腹が立った。剣鉈を彼の右肩に振りおろす。

「あぎゃあああああ……」

 深々とめり込んだ刃を引き抜くと血塗れの肩甲骨が傷口からのぞいていた。

「痛てぇ……痛てぇよ……ううう」

 北野は性的興奮にも似た高揚感を覚え頬を上気させた。再び剣鉈を振りかぶる。

「これが、本当の、ざまぁだ! ひゃっはっはっは……」

 うずくまった彼の丸まった背中に凶刃を叩きつけた――。






 それは二〇一二年の春先だった。

 その頃。青谷高校では三件の盗難事件が問題になっていた。発生したのはすべて同日の授業中で、体育や教室移動をしたクラスが狙われた。因みにすべて別々の学年の教室が被害にあった。

 一応、教室には市販の南京錠なんきんじょうをかける事のできる個人ロッカーがある。そこで、生徒が各々で貴重品を管理する事になっていた。

 しかし 歴史ある学校なので、設備はことごとく老朽化ろうきゅうかしており、くだんの個人ロッカーも、ご他聞たぶんに漏れない有り様であった。

 扉自体が壊れていたり、鍵の留め金が外れたり……。

 ゆえに実質的な防犯効果は無きに等しく、わざわざロッカーを使わない生徒も多かった。

 それでも特に大きなトラブルが起こらなかったのは、牧歌的な田舎ならではの気風ゆえだろう。

 学校側も対策や是正ぜせいの必要はなしとして、このセキュリティホールは長年見過ごされてきた。

 したがって、連続盗難事件は起こるべくして起こった出来事であったといえる。

 ともあれ、事は五月のゴールデンウィーク明けに起こった。

 体育の授業明けに、二年四組の有藤京介の財布から二千円がなくなるという事件が起こった。

 このとき、有藤はクラスメイトの一人に詰め寄り怒声をあげた。その相手が北野啓大である。

 以前より授業を休みがちだった北野は、保健室を利用する事が多かった。

 さらに、授業中に校内をうろついている彼の姿が何度か目撃されている。そういった事から、一部の生徒たちの間では、あの盗難事件は北野の仕業ではないかと噂になっていた。そして、この日も北野は体育を休んでいる。

 決め手となったのは、事件が発覚した直後の北野の態度だったのだという。

 明らかに目を泳がせ、チラチラと様子をうかがう様が、あからさまに怪しかったらしい。

 その態度を見てピンときた有藤は、彼に疑いの目を向けるに至ったという訳だった。

 一方の北野は、怒髪天どはつてんを衝く勢いの彼に向かって、こんな事を言った。

「自分が体育を休んでいるのは、有藤、お前のせいだ。お前が僕を馬鹿にするから……それなのに、窃盗の疑いまでかけるなんて」

 有藤としては、彼を馬鹿にしたつもりは一度もなかった。

 むしろ彼は、そうした体育の苦手なものにも気安く接し、彼らがミスをしても笑って流すタイプだった。

 もちろん“できない者”からすると、そうした態度が逆に癇に障ったり、気を使われていると感じてプレッシャーを覚えたりする事もあるだろう。

 しかし、少なくとも有藤の態度は、わざわざ裏を読まなければそのままの意味にしか思えず、この北野の言い分には当時その場にいた者全員が首を傾げたのだという。

 そもそも、北野と有藤が体育の授業を共に受けるようになったのは、二年生になってからだ。さらに北野は二年生になってから、体育の授業をほとんど欠席していた。

 つまり体育の授業で有藤が北野を馬鹿にする機会は、ほとんどなかったのである。

 ともあれ、このときの有藤京介は愚かであったと言わざるを得ない。

 なぜなら、彼は二つの大きなミスを犯してしまった。

 薄弱はくじゃくな根拠のみで北野を糾弾した事と、彼の挑発に乗って手を出してしまった事だった。

 これにより、有藤京介は十日間の停学となり部活のレギュラーもおろされた。

 さらにこの有藤京介の停学期間中、北野啓大が体育の授業に出席しているとき、四たび盗難事件が発生した。被害者は二年四組の水沼悠馬。被害額は一万円であったらしい。

 そうして、北野啓大への疑いは晴れたのだった。


 この一件から、有藤京介は一部の者の間で“いじめ加害者”と“脳筋暴力野郎”というレッテルを貼られる事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る