【05】インタビュー


 北野が契約書への記入と捺印なついんを終えると、亥俣はレコーダーを取り出し、録音のスイッチを入れて座卓の上に置いた。

「……ええっと、まずは資料作りのための簡単なインタビューをさせていただきたいのですが」

「ああ……」

「北野さんが復讐しようとしている相手について教えてください」

「ああ、うん……」

 生返事をして、ぼんやりとした目線を居間の天井へと向けながら、北野は苦い記憶を辿る。

 すると、蛍光灯の付近を丸々と肥った大きな蝿が八の字を描いて飛んでいた。

 しばらく、その軌跡を眺めたのちに重い口を開く。

「僕が殺そうとしていたのは四人。全員が青谷高校の同級生で、名前は有藤京介、水沼悠馬、七海瑞希、篠澤麻友子」

 有藤ら四人は全員、狐狸無山を挟んで野干村とは反対側にある青谷町の出身者だった。

「ターゲットの詳しいプロフィールなどはこちらで調べますので、北野さんから見て、その四人がどういった人物であったかをお聞かせください。まずは有藤さんから」

 うながされ、言葉を詰まらせながら、北野は、ぽつり、ぽつり、と語り始める。

「有藤は……野球部のレギュラーで……女子にも人気があって。男子にも人望があって……」

 北野の脳裏に有藤の声が甦る――


 ……てめぇ、いい加減にしろよ! このキモオタがッ!


「……でも傲慢で、運動のできない僕の事を常に見下していて、何かと突っかかってきた。いつだったか体育の授業のあとに、難癖をつけられて殴られた事があった。でも、クラスメイトは誰も有藤の事をとがめようとしなかった。みんな、あいつを怖がっていたから……」

「ふむふむ。つまり、典型的な、脳筋のDQNだったと?」

 北野は無言で力強く頷いた。

「では、水沼さんは?」

「水沼は……」

 北野の脳裏に水沼の声が甦る――


 ……お前とは、友だちでも何でもない。


「あいつは、ずっと高校に入学したときからの友だちで……いや、友だちだと思っていたんだけど、僕が有藤に目をつけられ始めたのを境に、裏切りやがった」

 北野は、ぎりっ……と、悔しそうな表情で歯噛みした。

「有藤と一緒に僕の事を……」

 そこで言葉を詰まらせて嗚咽おえつを漏らす。

 肩を震わせ、うつむいて目頭を覆った。

 亥俣は彼が落ち着くまで待って、話を促す。

「じゃあ、七海さんは……」

「七海……あいつは、男なら誰にでも色目を使う糞ビッチだ……きっと、有藤や水沼とも、ヤっていたに違いない……」

 北野の脳裏に七海の声が甦る――


 ……ねえ、私があんたなんか好きになる訳がないでしょ!? 馬鹿なの?


「そして、僕の純粋な心をもてんだ……本当に最悪の糞女だよ」

「成る程、成る程……では、最後の篠澤さんは……」

「篠澤は……根暗ねくらで陰険なブスの癖に、僕の事を……」

 北野の脳裏に篠澤の声が甦る――


 ……やめて! 近寄らないで! 気持ち悪い、変態!


「まるで、バイ菌か汚物みたいに……」

「それは、辛かったでしょう。本当にお気の毒に」

 亥俣が神妙な表情で、首をこくこくと揺らす。

「……この四人のせいで、僕は人間が信じられなくなった! 僕の人生を台無しにしたのはこいつらなんだ! こいつらは死んで当然なんだよ! 畜生ちくしょう……」

 どん、と座卓の天板に拳を打ちおろす北野。

 亥俣はどこ吹く風といった様子で、次の質問に移った。

「……では、なぜ、今さら復讐を決意なさったのですか? 何かの切っ掛けがあったのでしょうか?」

「あいつらを殺そうと思った切っ掛けは、父親が死んだからだよ。このままでは、生活する事ができないから、あいつらを殺して死刑になろうと思って……自分で……その……死ぬのも怖いし」

「ああ。そうなんですか」

 まるで、ごく軽い世間話の最中のように相づちを打つ亥俣。

「……そういえば、お母様は? ご在宅ではないようですが」

「その、母さんは、あれだ……」

 途端に北野の目が泳ぎ始める。

「……母のせいなんだ」

「お母様の? 何が……?」

 きょとんと首を傾げる亥俣であった。

「親父が死んだのが……だ。母が親父を・・・・・殺したんだ・・・・・

「それは、それは……」

 亥俣は流石に驚いた様子であった。

「なぜ、お母様は……お父親様を?」

「父親が、家の金を使い込んでて……ギャンブルか、女か、知らないけど。それで、口論になって母が……先月の二月十日の事だ」

「……では、今、お母様は?」

 北野は沈痛な面持ちで首を横に振る。

あの狐狸無山・・・・・・の廃工場で・・・・・親父の死体を・・・・・・燃やしたあと・・・・・・の母の足取りは・・・・・・・掴めていない・・・・・・警察で行方・・・・・を追っているけど・・・・・・・・……」

「成る程……それは、大変でしたね」

 亥俣がねぎらいの言葉をかける。そして、次の質問に移った。

「では、なぜ爆弾で殺そうと? その殺害方法を選んだ理由は?」

「爆弾であいつらを殺そうと思ったのは……」

 北野は思案顔で、しばし言葉をまとめたのちに口を開く。

「……四人を一人ずつ殺すより、いっぺんに殺した方がいいと思ったからだ。飲み会かなんかで集まっているときに……その方が確実に四人全員を殺せると……」

「でも、コロナが始まった今となっては、四人が集まったところをいっぺんにるより、一人ずつったほうがよくないですか?」

 その亥俣の言葉に、北野は鼻を鳴らす。

「爆弾を作り始めた頃は、まさか世界がこうなるとは思ってなかったしな。でも、あいつらは、DQNだから、こんなご時世でも飲み歩いているよ。絶対に。だから、やっぱり、四人まとめて爆殺が確実さ。はははは……」

 北野は乾いた笑いを漏らした。

「因みに、その爆弾は今どこに? 急にドカンといったりしませんよね?」

 亥俣が急に不安げな顔で、きょろきょろと視線を這わせる。北野は気楽な調子で右手をぱたぱたと扇ぐ。

「爆弾は僕の部屋でちゃんと保管してあるから。起爆しないようにしてあるし、万が一、爆発してもそこまで威力が大きい訳じゃないから、同じ部屋にでもいない限りはたぶん大丈夫」

 すると、そこで北野は、おもむろに何かを思いついた様子ではっとする。

 亥俣がレコーダーを止めて「どうしました?」とたずねると、こんな事を言い出す。

「あの、ギャラって、いつ貰えるの?」

「ああ……」

「さっきも、言ったけど、親父のせいで、ほとんど家に金がないんだ」

「それでしたら……」

 と、亥俣は鞄を開けて、どん……と分厚い封筒を座卓の上に置いた。その宛名のところには、でかでか『三百万』と記されていた。

「これ、少ないですが前金です。ご自由にお使いください」

「おおお……」

 大きく目を見開き、言葉を失う北野。

「……撮影の日程は、なにせ、このご時世ですから調整が難しく、恐らく夏頃になると思われます。しかし、まあ、これだけあれば、その間は充分に凌げるでしょう。残りの九千七百万は、撮影後にお渡しいたしますので」

「ありがとう……ありがとう……」

 北野は泣きながら感謝した。

 すると、亥俣はおもむろに立ちあがる。

「……では、また何かありましたら名刺にあるアドレスにご連絡ください。それでは失礼いたします」

 こうして、亥俣は北野宅から去っていった。



 それから四ヶ月間、北野は特に何をするでもなく過ごした。

 亥俣からの連絡はまったくなかったが、三百万円という大金が入った事で、自己破滅的な行動を取ろうという気はすっかりと失せていた。

 しかし、四人への殺意の炎は消えないままだった。というより、すでに北野の目標は四人への復讐よりも、彼らの命と引き換えにもらえる九千七百万へとすり変わっていた。

 そんな彼の元に亥俣から連絡が入ったのは、七月十二日の事。スマホに撮影のスケジュールを知らせるメッセージが入った。

 日時は次の日曜日で、撮影場所は親父の事があった、あの廃工場だった。

 北野は特に何の疑問も抱かず、指定された通りの時刻である十一時に廃工場へと車で向かう。

 ちょうど、野干村から青谷町へと続く山間の県道を行くと、右手に連なる斜面の上に見えてくる。

 敷地はぐるりと錆色さびいろのトタンの外壁に囲まれていた。その向こうに古ぼけた煙突と灰色の四角い建て物が見えた。くだんの清掃工場跡であった。

 その工場まで続く坂道の前をいったん通り過ぎる。

 そして、数十メートルほど行った右手の沿道に広がる、砂利敷きの空き地に車を停めた。

 亥俣によれば、特に手荷物は持たなくてよいとの事だったが、一応はミネラルウォーターや懐中電灯などを詰めたリュックを担ぎ、徒歩で坂道へと戻った。

 入り口は両脇の支柱に渡された丸太の遮断棒で塞がれていたが、それを潜り抜けて坂を登る。

 そうして、北野は廃工場の門前に辿りついた。

 スマホを取りだし、亥俣にメッセージを送ろうとすると、敷地の中から彼が姿を現す。まるで計ったようなタイミングであった。

「ようこそ、いらっしゃいました……」

 亥俣は慇懃いんぎんな礼をすると「どうぞ、中へ……」と言って、北野を招き入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る