【04】スナッフ


「スナッフ……」

 どこかで聞いた事がある言葉であるような気がしたが、けっきょく首を横に振る。

「知らないな」

「娯楽目的で現実の殺人を記録した映像……それが、スナッフフィルムです」

「殺人を……娯楽目的……」

 急に飛び出した非日常的な言葉に、思考がついていかない北野。

 そんな彼の様子に構う事なく亥俣は一気にまくし立てる。

「このSNUFFという言葉自体の意味は“蝋燭ろうそくを消すときの擬音”なのですが、イギリスでは“殺人”の隠語でもありました。まあ殺人を意味するスナッフと映画のフィルムを合わせた造語ですね。こうした殺人シーンを記録した映像というのは一九七〇年代より、闇のマーケットにて密かに製作され、好事家たちの間で高値で取り引きされていたのです。例えば……」

 と、そこで亥俣は右手の指を銃の形にして、こめかみに当てる。

「椅子に縛られた女性に44マグナムを突きつけて頭を西瓜すいか割りの西瓜のように吹っ飛ばすだけの八ミリフィルムが、過去に日本円に換算すると一千万円という値段で取り引きされた事がありました」

「いっせん……」

 目を見開き、言葉を失う北野。亥俣の話は更に続く。

「……このように、スナッフフィルムとは闇の世界にとっては、ドラッグと同じくらいの巨額の収益が見込める資金源だったのです。……しかし」

 と、亥俣は言葉を区切り、烏龍茶をあおる。

「二〇〇〇年代に入ると、スナッフ市場は一変してしまうのです。そうです。あの忌々しき世界に張り巡らされた蜘蛛の巣、ワールドワイドウェブ……インターネットの隆盛であります」

「ああ……」

 依然として話の行く先が見えず、北野は生返事をする。

 対する亥俣は軽快に口を動かし続ける。

「インターネットのいけないところは、誰でも情報を簡単に拡散し閲覧できるところ……これにつきます。この忌々しき蜘蛛の巣の登場により、まず機密の保持が難しくなった。そして、スナッフフィルムの持つ“殺人という日常ではまずお目にかかれないものを見る事ができる”というレアリティが薄れてしまったのです」

 亥俣はわざとらしく目頭をぬぐい、よよよ……と泣き真似をしたあとで、再びマシンガンのように言葉を放った。

「ウ※※※※21、チ※※※※の首※り、ア※※ミーマ※※※※ス、生※たメ※※コ、P※※O、メ※※コカ※※ー、14※※※※※の※年、1※※※※ク1※※※※※ク、e※※y……エトセトラエトセトラ。今やお手元の端末と、ちょっとした知識さえあれば、誰でも簡単に、人が無惨に殺される映像を閲覧する事ができてしまうのです。一千万円も払う必要はまったくなし!」

 そこで講談師のように座卓をばんばんと叩く亥俣。

「そうなると、昔ながらスナッフマーケットも時代に合わせた変化をせざるを得ませんでした。その変化とは、いったい何なのか!? 北野さん」

「はあ、いや……解らない……けど」

 突然、答えを求められ、北野は戸惑う。

 すると、亥俣は右手の人差し指を立てて自ら発した質問の答えを述べる。

「それは、ずばりストーリー性なのです」

「ストーリー性……」と、北野は亥俣の言葉を繰り返す。

「スナッフにおけるストーリー性……それは、殺される者がどういう人間であるか、殺す者がどういう人間であるか、その殺害に至った動機……これをドキュメンタリー形式で提示する。今や珍しくもなくなった人の死を、そうした情報で付加価値をつける。デコレートする。殺人のリアリティショウ……それこそが、インターネットの到来によって訪れたスナッフフィルム冬の時代を乗り切るために、我々が見いだした活路であるのです」

「はあ……」

 何となく言っている事は理解できた。しかし、北野には、まだ質の悪い冗談のような、その話がどう自分に関係してくるのか検討もつかなかった。

「いいでしょうか? ではここで、少しだけ話は逸れますが、人々が古来より普遍的に求めてやまないストーリーとはいったい何か? それは、ズバリ、強者が、成功者が、富める者が、特権的な階級が、没落し失墜しっついする様であります。そうした物語に人々は心引かれ、喝采かっさいをおくる。昔からそうです。シャーデンフロイデ、他人の不幸は蜜の味。なので……」

 そこで亥俣は、一拍おいて嫌らしく口元を歪める。


「あなたの……北野さんの復讐を是非、我が社でプロデュース、そして、密着させて欲しいのです」


「はあっ!?」

 北野はその突拍子もなさすぎる申し出に目を丸くする。

「映像は通常のディスクドライバで再生する事が不可能な上に、リッピングする事も絶対にできないロットナンバー入りのディスクに記録され、信頼のおける会員にのみ販売されます。そのため、映像が表に出る事はありませんし、個人情報の取り扱いについても万全を期するとお約束いたします」

「ちょっ、ちょっと……待ってくれよ」

 理解が完全に追いつかない。

 しかし、亥俣は畳みかけるように、その言葉を発する。

「もちろん、死体の処理などの事後処理もこちらで引き受けさせてもらいます。我が社の隠蔽工作犯いんぺいこうさくはんの仕事は完璧ですので、事が露見してキャストである貴方が何らかの罪に問われるというような事は絶対にありえません。真相は闇から闇へ……とうぜん、ギャラの方も弾ませていただきます。これだけ……」

 そこで亥俣は、人差し指を一本立てる。

「一億円でどうでしょう?」

「いちお……」

「いかがでしょう? 北野さん」

 亥俣は悪魔のように微笑んだ。

 北野は思案する。

 この男の言っていることは、はっきりいってしまえば、かなり怪しい。

 当たり前である。

 まず実際の殺人を娯楽目的で撮影し記録した映像。そんなホラーかミステリーに出てきそうなものが、現実にあるとは思えない。

 しかし……。

「もしも、ここで、僕が首を振ったとしたら、どうなんの?」

 この質問に亥俣は、にやりと笑う。

「それは当然ながら、爆弾の事を警察に通報させていただきます。善良なる市民の義務として……」

 いけしゃあしゃあと言ってのけた。

「てめえ……」

 もう・・警察に逮捕・・・・・される覚悟など・・・・・・・とうの昔に・・・・・できていた・・・・・

 しかし、あの四人を殺す前に警察に通報されてしまったとしたら……。

 きっと、死刑にはならないだろう。ゲームもアニメも自由に楽しめない辛い刑務所暮らしなどごめんだ。

 それに、その自分が捕まったというニュースを知った、あの四人はどう思うだろうか。

 きっと、鼻で笑って馬鹿にするに違いない。

 もしかしたら、ワイドショー番組のインタビューなどで、あの四人は……。


 『いつかはやりそうだと思っていた』

 『学生のときからおかしかった』

 『やっぱりそういうやつだと思っていた』

 『特に驚きはない』


 ……などと、好き放題に言うに決まっている。あの憎き四人に馬鹿にされるのだけは我慢できない。そんな屈辱は死んでも味わいたくはない。

 だから、警察に捕まる前に、あの四人を殺したかった。

 それに、どうせ、もう終わっている人生なのだ。胡散臭くても、これに賭けてみるべきだろう。

「本当に、一億円、もらえるんだろうな?」

「ええ。当然ながら」

 亥俣はあっさりと頷く。

 一億円。

 それだけの金があれば、人生をやり直せる。あいつらによって滅茶苦茶にされた人生を……。

「……調子に乗ったリア充いじめっ子への復讐劇……我々の業界にとってはA5ランクのお肉にも等しい最高の素材となります。それ相応の報酬を支払わせてもらいますよ」

 北野は決意する。

「解った。やるよ」

「では、それでは……この契約書にサインをお願いします」

 そう言って、亥俣は鞄の中から紙とペンを取り出した。

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