【02】巨頭オ


「きょとう……お……?」


 桜井梨沙がその奇妙な言葉を耳にしたのは、二〇二〇年七月三日の放課後の事だった。

 例の如くオカルト研究会の部室で、だらだらしているといつも通り次に向かう心霊スポットの話となった。

 “巨頭オ”は、その際に茅野循の口から吐かれた言葉である。

「巨頭オは二〇〇六年の二月ぐらいに匿名掲示板のオカルト板のスレッドに投稿された話よ」

「ふうん。それ系か……どんな話なの?」

 桜井に問われ、茅野は嬉しそうに語り出す。

「投稿者は、ある村を車で目指していたらしいの。昔、いった事があって、ふともう一度、いってみたくなったようなのだけれど……」

「ああ。あるよね……あたしもたまにふと昔いったスポットにもう一度、ふらりといきたくなったりするよ」

 桜井が遠い目をする。

 茅野はくすりと笑い、話を続けた。

「それで、その村の近くまで車で向かうと、奇妙な看板がある。そこに書いてあったのが、“巨頭オ”という文字よ」

「オ……オ、オ、オ……」

 桜井がまるでアシカか何かのように“オ”を連発して問うた。

「オって何なのさ?」

「“村”という漢字の右側が経年劣化で読めなくなり、“オ”の形になったと言われているけれど」

「ああ、なるほど。“木”の漢字の右側の棒が欠けて“オ”に見えたっていう訳ね」

 桜井の理解に、茅野は「そうね」と頷いて話を進める。

「……で、前はそんな看板はなく、本来の目的地である村までの距離を表示する看板があったはずだと、いぶかしく思いながら先へ進むと……」

 その先にあったのは、廃村であった。

 不思議に思い、車から降りようとすると、二十メートルほど離れた草むらから、奇妙なモノが姿を現す。

 それは、頭のやたらと大きな人間に似た怪物であったのだという。

 気がつくと、その怪物は辺りにたくさんいて囲まれてしまったらしい。

「……おお。そこから、その怪物を腹パンで倒していったんだね?」

「いや、梨沙さんじゃないのだから……というか、頭部が大きいなら、腹より頭を狙った方が確実よ」

「それも、そだね」

 桜井は茅野のもっともな突っ込みに照れた様子で笑う。続いて話が再開される。

「それで、その怪物は両手をぴったりと足につけて、頭を横に振りながら投稿者に襲いかかってきたらしいの」

「キモ……」

 桜井は生理的嫌悪に顔を歪ませた。

「それから、どうにか車をバックさせて、急いで逃げ出したという訳なんだけれど……」

「ふうん」

 と、いつものように気の抜けた相づちを打ったあと、桜井は質問を発する。

「けっきょく、その怪物って何なのかな? あと、投稿者がいった事のあった村って、本当に存在したのかな……」

 茅野は首を横に振る。

「さあ。そこが、この話のミソね。……ともあれ、その怪物の気持ち悪さと、“巨頭オ”という語感の不気味さから、今でも根強い人気があるネット怪談ね」

「もしも、その巨頭村が現実にあれば、いってみたいけどねえ……頭の大きな怪物を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げて……」

 その桜井の言葉を聞いた茅野は、悪魔のように笑う。

「それが、あるのよ」

「うえっ!?」

 流石の桜井も驚いた様子で目をむいた。

「この県の南ね。ちょうど、この前行った阿久間の近郊に清戸という小さな町があるのだけれど」

「そこが巨頭オのモデル? 確かに清戸きよと巨頭きょとうだと何か似てるけどさあ」

「語感が似ているのは偶然でしょうね。でも、それだけではないのよ」

「というと?」

 桜井に促され、茅野は右手の人差し指を立てて述べる。

「実はこの清戸町に古くからある山沿いの地域で、巨頭の怪物に関する伝承が言い伝えられているの。その怪物は、“巨頭さん”とか“大頭おおあたま”と呼ばれているみたい」

「それって、どんな話なの?」

 桜井に促され、茅野は清戸町に伝わる巨頭の怪物に関する伝承を語り始めた――




「……という訳なのだけれど」

 茅野が清戸町に伝わる伝承を語り終えると、桜井の瞳は見る見る間に好奇心の輝きを放ち始める。

「おお。面白そう」

「この伝説が有名になったのは、去年のちょうど今頃ね。あのThe Haunted Seekerのvol,12で、紹介されたのが切っかけよ」

「またスウェーデンか……」

 桜井がやや食傷気味な様子で、その名を口にした。

「どうも、このあとすぐにスウェーデン堀たちは、榛鶴の発狂の家へと行ったみたいね」

「うへえ……」と顔をしかめる桜井。

 どうやら、あの家の呪いを思い出したらしい。

 茅野は立ちあがり、珈琲を入れ始める。

「ともあれ、巨頭オの投稿者は、この伝説をヒントに話を作ったのではないかと、動画の中では紹介されたわ。実際どうだかは知らないけれど、スウェーデン堀らの動画のおかげで清戸町はオカルトマニアの間で聖地・・として有名になったのよ」

 そして、この町の山沿いの地域が、ネット上で“巨頭村”と呼ばれるようになったのだという。

「なるほど……今回は、聖地巡礼なんだね。ネット怪談の」

「そういう事よ。本当は六月二十日にいってみたかったんだけれど……」

 その茅野の言葉に首を傾げる桜井。

「ん? 何で?」

「この日になると毎年、清戸町の山沿いの犬塚地区でお祭りが行われるの。そのとき“赤獅子神楽あかじしかぐら”という儀式が行われるらしいのだけれど、今年は中止になったのよ」

「あかじしかぐら……?」

「何でも、巨頭の怪物を封じるためにおこなわれるらしくて、一七六九年から二五〇年間もずっと続いていた由緒正しきものらしいわ。それが、ついに今年で途絶えたらしいのよ。まあ、理由は推して知るべしね」

 茅野が肩をすくめると、桜井は思い切り顔をしかめた。

「コロナめ……許さん」

「まあ、そんな訳で、次の日曜日に清戸町へいってみましょう」

「りょうかーい。義兄さんから、車借りておくね」

 そう言って、桜井はスマホを手に取り武井健三にメッセージを打ち始めた。


 ……こうして、二人は七月五日の日曜日の早朝、銀のミラジーノに乗り込んで藤見市から一路、清戸町へと向かった。




 古びた住宅街と田園地帯の間に横たわる国道を銀のミラジーノはのんびりと走る。

 桜井と茅野が清戸町へと辿り着いたのは、その日の昼頃だった。

 二人はまず巨頭地蔵の祠へといってみるつもりであった。

 当然ながら、その祠が六月二十日の祭のとき以外は開かれない事も知っていた。

 流石の二人も、開けてはいけないという祠を特に理由もなく開けようとはしない。とうぜん、モラルの問題ではなく危機管理のためだ。

 なので、祠の写真を撮って九尾天全に送りつけるという、いつもの手法を試すつもりであった。

「……実はスウェーデン堀たちの死因は発狂の家の呪いではなく、この巨頭地蔵の祠を勝手に開ける禁を犯した事により、呪われてしまった事だとも考えられるわね」

 動画では、祠の扉が壊れていたという事になっていたが、一〇〇%ヤラセで、スウェーデンらが扉を壊したのだろうと二人は確信していた。

「もう、心霊スポットに行き過ぎると何に呪われているのか、訳が解らなくなっちゃうんだねえ……」

「私たちも気をつけましょう」

「ほんとだよね」

 と、呑気な会話を繰り広げていると、前方に交差点が見えてくる。その少し手前の左側にコンビニの看板があった。

「どうする? コンビニあるけど」

「ここで、ちょっと、ひと休憩いれましょう。お昼は……」

「どうせなら、祠の前で食べようよ。今日はハンバーグ弁当だよ?」

「いいわね」

「んじゃ、寄るね」

 ウインカーを出して減速する。ハンドルを左に切って駐車場へと乗り入れる。

 空いているスペースに車を停めて、サイドブレーキを引いた直後であった。

「梨沙さん、あれ……」

「んん……?」

 コンビニの中から白いジャージ姿の男が現れる。何かを大声で叫んで、猛然と駆け出した。

 あとからコンビニの店員が姿を現す。走り去る男に向かって何かを叫んでいる。

「何なのかしら……?」

「泥棒かも」

「梨沙さん!」

「がってん!」

 桜井がシートベルトを外し、車を飛び出す。猛然とジャージ姿の男を追いかけていった。

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