【12】バキバキ
慎重な足取りで血痕を辿る桜井。その少し後ろからスタンロッドを持った茅野が続く。
二人は
すると、入って右側は一段高くなっており、袖幕の裏手や音響機材などが置いてある調整室の入り口があった。
そして、正面奥に扉があり、血痕はそちらへと続いていた。
桜井と茅野はアイコンタクトを交わし合う。茅野がいったん前に出て、そのドアノブを掴んだ。鍵はかかっていなかった。物音は聞こえない。
まるで、TRPGの
そして、桜井へと目配せを送ったのちに扉を一気に開く。
扉口の向こうには地下へと続く狭い階段があった。
警戒を続けながら降りてゆくと、再び簡素な扉が二人の前に立ちはだかる。
虹の彼方……かつては
再び茅野がドアノブに手をかけ、扉を開けて室内へと侵入する。
熱気と湿気、そして
奥へと長細い部屋で、右側の壁には空になった棚や錆びついた金属製のコンテナ、ドラム缶などが置かれている。
左側の壁の天井付近には、鉄格子に覆われた明かり取りの窓が並んでいる。
そして、扉口から数メートル離れた部屋の中央だった。
血塗れの男が天井を仰いで倒れていた。
彼の身体は遠目から見ても濡れそぼり、周りの床はどす黒い赤で汚れている。ぴくりとも動かない。明らかに生きてはいない。
そして、その奥の壁際だった。
車椅子に乗った何者かが、桜井と茅野の方を向いて、じっと佇んでいた。
白いローブ姿でフードを目深に被り、うつ向いている。その
体格は小さく、車輪の上に乗った両手は革のグローブに包まれており、足元はブーツだった。
胸板も薄く、まるで棒と布切れだけで作った案山子のように思えた。
桜井を先頭に、慎重に近づいてゆく。
二人は床で果てた男の死体を迂回して、壁際の車椅子に迫る。
しかし、白ローブはぴくりとも動かない。
桜井が生唾を飲み込んで右手を伸ばす。そのフードを払い落とした。
すると……。
流石の二人も一瞬だけ凍りつく。
その下から現れたものが、何か解らなかったからだ。
「木彫りの……人形?」
桜井にはそう見えた。一方の茅野は「いいえ、違うわね」と首を横に振り前に出る。
その、うつ向いたままの頭部を、ぐいっ……と、持ちあげた。
「これは、本物の木乃伊よ」
「ええ……すごーい」
……などと、木乃伊を目前に会話を交わす二人の背後だった。
右側の壁際のドラム缶の背後に隠れていた人影が立ちあがり、忍び足で歩き出す。
木乃伊の肌は黄色がかった茶色に変色し、痩せ細った唇からは隙間だらけの歯が並んでいた。
「恐らく、しっかりと血抜きをして内臓や脳なんかを取っているわ。なめし液はタンニン系ね……なかなか、本格的な出来映えよ」
「誰なんだろ?」
桜井の疑問に茅野は「さあ」と首を傾げ、半開きになった
「恐らく子供だと思うけど。十歳くらいかしらね?」
茅野がそう言った瞬間だった。
「循、避けて!」
桜井の叫び声。二人は反発する磁石のように左右へと飛び退いた。
すると、背後から襲いかかってきた何者かが、勢い余って車椅子の木乃伊に突っ込んでもたれかかる。
もがきながら体勢を立て直し、車椅子を挟んで左右に別れた二人を順番に見回す。
その人物は白髪の老婆であった。
充血した目をいっぱいに開き、
「何この目つきがバキバキにキマってるおばさん」
桜井が
「人間の狂気を感じるわね……」
白髪の老婆は二人の事を警戒しつつ、底冷えするような声音を喉の奥から絞り出す。
「この低次元人め……また我々を邪魔しにきたのか」
そこで、老婆の声音が途端に高く上擦り、
「お母様、こいつら、汚らわしい手で、僕に触った!
再び元の声音と口調に戻る。
「そうだねえ、いけないねえ……そうだ! そうだ! 僕に対して無礼だぞ! 僕はとっても偉いんだ! ……そうだねえ、そうだよ、私の可愛い神人」
唐突に始まった独り芝居にさしもの桜井と茅野もドン引きして顔を引き
「これは、腹パンだな……」
「間違いないわね……」
などと頷きあっていると、老婆は猛獣の眼差しで茅野を
「……こんな無礼な低次元人は、“再教育”だねえ。そうだ、そうだ。お母様、虹の彼方に連れていっちゃえ!」
そう言って、老婆は茅野の方へと飛びかかる。
小柄で武器を持っていない桜井の方を後回しにしようという判断だったのだろう。
しかし、彼女は知らなかった。
交戦中に、その少女には背中を向けてはいけないという事を……。
「ひゃっはあああぁ……さいぃきょういくぅうう!!」
右手のサバイバルナイフを振りかざし、茅野の元へ踏み込もうとした瞬間だった。
「あああっ……!?」
後ろから左手首を掴まれて、大きくつんのめる。
そのまま、掴まれた腕を強く引かれ、無理やり振り向かされた。
それとほぼ同時に鉄塊のような右アッパーが鳩尾にめり込む。
「取り合えず、いったん……」
刹那、その場にそぐわない気の抜けた声と共に右フックが放たれる。
「……落ち着こう!」
老婆の頭部が顎を支点に勢いよく傾き、見開かれた両目が白く裏返る。
そして、一連の残酷劇の終わりを告げるように、その目蓋が重々しく眼窩を覆い隠したのだった。
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