【02】mandrake


 桜井梨沙と茅野循の元に、津村光が相談を持ち込む前日。二〇二〇年六月二十一日の深夜。

 それは県庁所在地の郊外にあるゲームセンター『ACEエースランド』の店内だった。

 時刻は既に午前0時。

 このコロナ禍のご時世にあっても、店内には沢山の客が肩を寄せ合う距離で、パチンコ、パチスロ、オンライン麻雀などに興じていた。

 元々、この店は違法な景品交換や深夜営業など様々な風営法違反を犯していた。

 そんな店であるからか、客層のガラは滅法悪い。

 ただでさえ、普段から娯楽の少ない田舎である事に加え、コロナ禍により居場所をなくした有象無象うぞうむぞうでごった返していた。

 まだそれほどコロナウィルスの驚異に晒されていない地方という事もあるが、この店に集まる連中に分別や配慮などというものはない。ゲームプレイによって放出されるドーパミンの虜となった中毒者ジャンキーばかりである。

 そんな店内奥の自動販売機の並んだフードコーナーにて、目立たない色合いの鳶服とびふくに身を包んだ男が煙草を指に挟み、スマホ画面に目線を落としていた。

 彼の名前は小谷内誠こたにうちまこと

 元空き巣で、前科持ちである。現在は県内のリサイクル工場に勤務していた。

 その小谷内に近づく者がいた。こちらも目立たない色合いのジャージを着ている。

「マコさん、早いですね」

「……ああ、来たか」

 小谷内を“マコさん”と呼んだのは、横村祐希よこむらゆうきという若い男だった。

 二人ともオンライン麻雀のヘビーユーザーで店の常連だった。共にプレイするゲームが同じである事から、次第に話すようになった。

 小谷内が立ちあがり、煙草を乱暴に揉み消す。

「それじゃあ、行くか……」

 横村が頷く。

 二人は騒音の溢れる店内に背を向けて、夜陰の中に溶け込むように姿を消す。

 彼らはこれから、来津市駅裏の・・・・・・旗竿地に建つ・・・・・・古民家・・・に忍び込もうとしていた。




 小谷内が、その話を持ちかけられたのは、二〇一九年の夏の終わり頃だった。

 この日も仕事終わりに『ACEランド』でオンライン麻雀ゲームに興じていた。

 しかし、どうにも調子が悪く負けが込んでしまう。

 それでも、どうにか自分の親番でリーチ三暗刻サンアンコ清一色チンイツドラ三をテンパった。

 これを上がれば負け分を取り戻せると意気込むも、あっさりと相手のダマテンに振り込んでしまう。

 そこで頭にきて三回ほど台パンし、フードコーナーへ向かう。すると、先に横村がいた。

 ひとしきりゲームの愚痴を吐いたところで、横村が周囲に誰もいない事を確認し、小谷内に耳打ちをしてきた。

「そういえば、マコさんって、“ウカンムリ”だったんですね」

 小谷内は、はっとする。

「誰から聞いたんだ、てめえ……」

 “ウカンムリ”とは空き巣や窃盗を表す隠語である。

 小谷内が鋭い目つきでにらみ返すと、横村は慌て出す。

「あ、すいません。別に面白半分とか、誰かに言いふらそうとか、そういう訳じゃないんです」

「じゃあ何なんだよ……」

 足を洗った今、その事について小谷内はあまり触れて欲しくなかった。

 しかし、横村は、そんな小谷内の心情などお構いなしに話を続ける。

「実は仕事・・の相方を探してまして……ちょっと、話を聞いてもらえませんか? 場所を変えて。一杯、おごるんで」

 その“仕事”というのがろくでもないものであるのは察しがついた。

 しかし、話を聞くだけならただであるし、奢りで飲めるというなら是非もない。

 小谷内は軽いノリで横村の話を聞く事にした。




 県庁所在地の繁華街にある居酒屋チェーンの座敷席で、横村の口から出た話は案の定であった。

 何でも横村は三人組の窃盗グループの一員なのだという。

「ほんで、仲間が一人、バックレまして……」

 どうも先月から連絡がつかないらしい。

「……で、新しい仲間を探しているんですよ」

「それで、俺に声をかけたって訳か……」

 小谷内は生中のジョッキを一気にあおる。酒は久々だったので、ずいぶんと効いた。酔いが早く回るのを感じた。

「何で俺なんだ? そもそも、俺の事はどこで聞いた?」

mandrakeマンドレイクからです。mandrakeからマコさんの事を教えてもらいました。ずいぶんと腕利きだったとか……」

「まんどれいく……? なんだそりゃ?」

「もう一人の仲間です」

 何でも横村らは、インターネットの闇サイトで知り合ったのだという。

「mandrakeが仕事先を探して、タネハシ……バックレた奴ですけど、そいつと僕が実際に仕事をしてました」

「その、まんどれいくがマーキング役か」

 その小谷内の言葉に横村は頷いた。

 マーキングとは、標的となった家の家族構成や留守になる時間などの情報を暗号化し、それを玄関や門などに落書きのように見せかけて記す行為の事を言う。

「その、まんどれいくとかいう奴は何者なんだよ?」

 小谷内の問いに、横村は首を横に振る。

「直接、顔を合わせた事はないです。だから、僕もmandrakeの素性は解りません。そもそも、mandrakeと直接メールでやりとりしてたの、そのバックレたタネハシの方でしたし」

 ネットで知り合い、初対面の者同士が詐欺や窃盗をおこなうのは、今時それほど珍しい事ではない。

 その方がお互いの関係性が薄いので、誰か一人が捕まっても他の者が逃れ易いからだ。

「mandrakeからメールがくるんすよ。“今回の仕事先は、この住所だ”みたいな」

「そうかよ……」

 mandrakeなる人物はいかにも怪しい。少なくとも自身の事を知っている人間であると、小谷内は考えた。

 彼は記憶を探り、mandrakeに該当しそうな昔の知り合いの顔を何人か思い浮かべる。

「……で、どうですか? 一回だけでも、僕らと組んでみませんか? 頼みますよ、マコさん」

 断ろうと、言葉が喉から出かかった。

 しかし、その寸前で小谷内は思い出す。

 実刑をくらい懲役を終えて、シャバに出たあとだった。承認欲求や射幸心しゃこうしんを満たすだけで何の得にもならない、あの麻雀ゲームにはまったのは。

 意味もないお遊びではなく、久々に実入りのある勝負をしてみるのもありかもしれない。

 そんな風に思えてしまった。

「ああ。一回だけなら構わねえよ」

 気がつくと、小谷内はそう答えてしまっていた。


 こうして小谷内は、再び裏社会の仕事に手を染める事となった。

 一回だけの予定だったが、いきなり現在のリサイクル工場の月給以上の成果が出てしまった。

 これに味をしめて、小谷内は横村と共にmandrakeからの指示にあった家へと空き巣を繰り返す事となった。

 それが罠であるとも知らずに……。

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