【01】奇妙な家


 それは二〇二〇年六月二十二日の放課後だった。

 桜井梨沙と茅野循は部室棟二階の端にあるオカルト研究会部室にて、清掃をおこなっていた。

 コロナ禍により閉鎖されていた部室棟が、いよいよ解放されたのである。

「いやあ、何か懐かしさすら覚えるねえ……」

 と、にこやかな顔で床をモップがけをする桜井であった。

 茅野は棚の上を丁寧に雑巾がけしながらほくそ笑む。

「せっかく、苦労して手に入れたのだから、この部屋をもっと使い倒さないと勿体もったいないわ……」

「そういや新入部員って、入ってこないよね。コロナ禍っていう事もあるけど」

 この藤見女子では、春先に体育館でもよおされる部活動紹介や、体験入部期間など、新入部員勧誘に関係したイベントは軒並み中止となっていた。

「他の部はその辺り、どうなってるのかしら?」

「まあ、ウチはスクワット五百回できなきゃ、入部は認めないけど」

「どこのプロレス団体よ、それ。というか、私もできないのだけれど……」

 などと、お喋りをしながら掃除に勤しむ二人。

 と、そこで、部室の入り口の扉が開き、元気のよい声が響き渡る。

「桜井ちゃん、茅野っち、いるー!?」

 写真部の部長であり、二人の友人でもある西木千里であった。

「西木さん、ちーっす」と、桜井がモップがけの手を休めて挨拶を返す。

 そして、茅野は西木の背後……戸口に立ち、オドオドと部室内の様子をうかがう女子に目線を向ける。どうやら今年入学したての一年生らしい。

 まだ制服を着なれていないようで、緊張ぎみの表情とあいまって、大変に初々しい。

「西木さん、その子は?」

 その茅野の問いに西木は満面の笑みで答える。

「ウチの新入部員だよ」

 すると、桜井と茅野は、まるでUMAユーマでも見たかのような顔になった。

「新入部員は実在した……」

「部活によってはちゃんといるのね」

 その一年生が西木の隣に並び、控え目なお辞儀をする。

「始めまして。津村光つむらひかると言います」

「それで、この子が桜井ちゃんと茅野っちに相談したい事があって、ちょっと、いいかな?」

 二人は顔を見合わせたあと、西木の申し出を了承し、掃除用具を片付け始めた。




 四人は学校の提示したガイダンス通り、席の距離を放して対面にならないように座り、テーブルを囲んだ。

「今度、入り口に消毒液を置きましょう」

「いいねえ。心霊にも有効そう」

 などと、しっかり感染対策を取ろうとする二人を見て、西木は、こういうところは真面目なんだよな……と、内心で苦笑する。

「それにしても、よく新入部員なんて、獲得できたわね。このご時世に」

 茅野に話を振られて西木が答える。

「いや、実はこの子、ウチの二年生と同中おなちゅうの後輩でね。ほら。羽田継美。彼女が個人的に誘ってくれたのよ」

「ああ。あの風見鶏の館のときの子だね」と桜井。

 羽田継美は以前、西木の紹介で二人に心霊相談を持ちかけた事がある写真部員である。

「……それで、どうにも不思議な体験をしたみたいで、話を聞いてみてもさっぱりだったから、桜井ちゃんと茅野っちのトコに連れて行こうって」

「不思議な体験?」

 茅野が眉をひそめた。

 津村は静かに頷き、口を開く。

「……あの、私もアレをどう解釈していいのか……もしかしたら、自分がおかしくなったんじゃないかって……そんな風に思って……」

 ずいぶんと深刻そうな彼女の様子に、何とも言えない表情で顔を見合わせる桜井と茅野。

 津村はそんな二人の顔を遠慮えんりょがちに見渡して、ゆっくりと言葉を選びながら話を続ける。

「私の家は来津市の駅裏にあるんですけど……」

 羽田継美とは、同じ町内の近所同士らしい。

「それで、私の家の裏手には、そんなに大きくない旗竿地はたざおちがあって……」

「はたざお……ち?」

 桜井が話の腰を折り、茅野がすかさず解説をする。

「旗竿地は、公道に接する敷地の入り口部分が細い道になっている土地の事よ」

「ふうん」と、いつもの通りの気の抜けた相槌を返す桜井。

「……で、その旗竿地がどうしたのかしら?」

 茅野が脱線した話を元に戻し、津村に続きを促した。

「いつの間にか、家が建っていたんです。その旗竿地は、私が物心ついたときから、ずっと空き地だったはずなのに」

「家? いつの間にか、新築の工事が終わってたっていう事なのかしら?」

 茅野の問いに、津村はおびえた顔で首を振る。

「いいえ。そんな新築の工事なんかしてなくって、本当にとつぜん家が勝手に出現したんです。ウチは洗面所の窓から裏手が見えるんですけど、一昨日の日曜日、朝起きたら、何もなかった空き地に、家があって……」

 津村は驚き、朝食を取っていた家族にこの事を話したのだという。

 すると……。

「笑われました」

「笑われた?」

 桜井が問い返すと、津村は悲しそうに微笑む。

「お父さんも、お母さんも、私が生まれる前から、その家はあったって……裏手は空き地じゃないって。でも、そんなのあり得ません」

 津村によれば、前日までは確実にそこには何もなかったのだという。

 更に彼女には、小学生の頃に、その空き地で近所の子供らと遊んだ記憶がしっかりとあるらしい。

 しかし、それとなく、ご近所の住人にその家の事を聞いて回ったところ、帰ってきた答えは津村の両親と同じだった。

 ネットの航空写真地図にも、しっかりとその家は存在していたのだという。

「何か、もう、訳が解らなくて……でも、なぜか、みんな、その家に誰が住んでいるのか知らないんですよね……それも変だなって」

「空き家という訳ではないのね?」と茅野。津村は首肯した。

「人の気配はないんですけど……朝は閉じていたカーテンが、夜になると開いているんです」

 窓から見える家の内部も荒れ果てた様子はないらしい。外見は古民家といった感じで少し古めかしいが、いたって普通の家なのだとか。

「どゆことなの?」

 桜井が困惑した様子で言った。

「迷い家かしら? でも、そんな町中に現れる迷い家なんて聞いた事がないわ」

 茅野は顎に指を当てて、思案顔を浮かべる。

「秀吉の一夜城どころの話じゃあないよね……」

 と、苦笑する西木。

「まあ、これは間違いなく二人のところに持っていった方がいい案件だって」

 桜井が津村に向かって訊く。

「で、その家の写真とかはないの?」

「あります。ちょっと、待ってください」

 津村はスマホを取り出して指を這わせた。

 そして、二人にその画面を見せた。

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