【File30】魔術師の工房

【00】hog


 青ざめた荒い画質の防犯カメラの映像だった。

 どこかのジュエリーショップの店内らしい。

 ショーケースが並び、手前に腕を組んだ若いカップルが背を向けて、スーツ姿の店員の接客を受けている。

 その光景がしばらく続き、唐突にそれは起こった。

 店員とカップルが、急にふらふらと上半身を揺らしひざを折る。

 そのまま床に倒れ込んだ。

 すると、画面に目出し帽を被った黒服の者たちが現れる。彼らはハンマーなどでショーケースを割り、中の宝石や貴金属類を片っ端から鞄に詰め始める。

 ものの三分ほどで、店内はピラニアの群に放り込まれた牛のように食い荒らされた。

 目出し帽を被った者たちが素早く画面から消える。

 動画はそこで終わった。




「……今のが先月、都内で起こった強盗事件の映像だ。被害総額は一億五千万円相当になる」

 と、言ったのは、穂村一樹であった。

 それは二〇一八年七月二十三日だった。

 都内某所の占いショップ『Hexenladenヘクセンラーデン』の二階リビングにて。

 胡桃ウォルナットの座卓に置かれたノートパソコンの画面を、真剣な表情で見つめるのは九尾天全であった。

 その対面の席で、穂村一樹は懐から取り出したマイルドセブンのフィルターをくわえた。

「映像に映っていた三人だけではなく、店内にいるものは例外なくすべて昏倒していた。外傷はなく、都内の病院に搬送されたのだが、約一時間後に全員が目を覚ました。 遅効性の睡眠薬、一酸化炭素中毒や非殺傷兵器の無力化ガスによる効果などの可能性も当初は考えられたが、被害者の血中からは何も検出されなかった」

 ふう……と、気だるげに煙を口から吐き出す。

 煙草の先から立ちのぼる紫煙が、頭上で緩慢かんまんな回転を続けるシーリングファンの隙間を通り抜けた。

「捜査に当たった一課は、この謎の現象をどう解釈するかで行き詰まり、とうとうこちらにお鉢が回ってきたという訳なのだが、君の専門家としての見解を知りたい」

 そこで再び煙草を手に取り、穂村は深々と吸い込んだ。

 九尾は何時になく険しい表情で、画面を見つめながらもう一度、動画を再生する。

「……たぶん、これは“hogホッグ”じゃないかしら?」

「hog?」

 穂村が煙草を指に挟んだまま眉をひそめる。

「数年前から、私たちの界隈・・・・・・で良く聞かれるようになってきた名前よ。ただ、これまでは、その存在自体が眉唾みたいなものだったんだけど」

 九尾が肩をすくめる。

 hogとは犯罪性の高い魔術道具の製作と販売を裏でおこなっている黒魔術師の通り名である。

 ダークウェブの闇サイトにて、その手の品物を高値で売っているらしい。

「……間違いなく、この動画に映っているのは、本物の魔術道具・・・・・・・の効果によるものよ。そして制作者は、たぶん噂のhogね」

「間違いないのか?」

 その言葉に神妙な表情で頷く九尾天全。

 更に穂村は煙草の灰を灰皿に落としながら続けて問う。

「つまり、そのhogとかいうのを何とかしないと、日本中の泥棒がみんなこの昏倒の効果を持つ魔術道具を使い出すなんて事にもなりかねない訳だな?」

「まあ、そうね」

 九尾は渋い表情で答える。

 因みに日本の法律では、例え呪いや魔術などで人を殺したとしても罪にはとえない。

 しかし、その力を行使した者を突き止め、逆に力を奪う封印を施したり、呪い返しをする事はできる。

 そうした仕事もまた穂村の部署や九尾のような狐狩りの役割であったりする。

「取り合えず、この犯行グループの行方を追いたい。できるか?」

「それはまあ、たぶん簡単だと思うけど……こんな大っぴらに力のある魔術道具を使って、痕跡を消そうともしない素人ですもの」

 こうした魔術や呪いを行使すると霊的な痕跡が必ず残る。その痕跡から術者に辿り着くのは、九尾クラスの力を持った者にとっては容易な事である。

 そのため玄人ほど、こうした術の使用には慎重になるのが普通であった。

「……そうか。ならば、頼む」

 穂村が端的に要望し、九尾もまたあっさりと頷く。

「解ったわ。明日までには」

「結果はいつも通り、俺の方にメールで送ってくれ」

「はいはい」

 と、返事をして九尾も立ちあがり、穂村の見送りに出た。




 その半月後の事だった。

「ありがとうございましたー!」

 カウンターで、にっこりと微笑みながらお辞儀をする九尾。

 客の女が扉口で振り返り軽く会釈をした。そのままカウベルの音と共に店を後にする。

「うふふ……やった」

 九尾は小さくガッツポーズをする。

 なぜなら、かなり高価な一点物の品物がさばけたからだ。

 これは、今日はちょっとお高めの酒でも開けるか……などと、だらしなくにやついていると、再び鳴り響いたカウベルの音と共に騒がしい声が響き渡り、一気に台無しとなった。

「……ちゃーす! 九尾ちゃん元気してるぅー?」

 そう言って、ずかずかと店内を横切り、カウンターに近づいてくるのは若い男だった。

 ワックスで整えられた髪、垂れ目の面長で、顔の造作は整っているが軽薄な笑みがすべてを台無しにしていた。

 黒のスーツ姿であるがネクタイはしておらず、だらしないのかお洒落なのかよく解らない着崩し方をしている。

 どう見てもホストかチンピラといった風情のこの男の名前は夏目なつめ竜之介りゅうのすけという。

 これでも警察庁に勤務する穂村の部下である。

「さっき店から出てきた女の人って客? この店に客入ってるの初めて見たよ」

「いや、失礼な。客くらいくるわよ。今の人も常連だし」

「ホントにぃ? いつも暇そうなのに」

「そ、そんな事はないけれど……」

 九尾は目を泳がせ、あからさまに話題の矛先を変えた。

「で、用事はそのかしら?」

「あー、そうそう。コレよコレ……」

 そう言って、夏目は小脇に抱えていた木箱をカウンターの上に置いた。

「先日、穂村さんが九尾ちゃんトコへ持ってった案件……」

「ああ、あのhog絡みの宝石強盗の……」

「そっ。その逮捕された実行犯が持ってたヤツ。それがコレ」

 と、夏目が両手の人差し指でカウンターの上の木箱を差した。

 木箱は一辺が二十センチ程度の立方体であった。ニスが塗ってあり、いかにも魔術めいた装飾が施されている。

「穂村さんが九尾ちゃんに見てもらってこいってさぁ。という訳で……どーぞ」

 箱からは妖気がにじみ出ており、蓋を開けなくとも中身がろくでもない物である事は簡単に知れた。

 九尾は腫れ物を触るかのような手つきで、慎重に蓋を開けた――。

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