【11】悪鬼の最後


 西嶋は桜井と茅野の二人に、自らが霊視能力を持っている事を明かして“悪霊が娘に取り憑き暴力を振るうようになった”とだけ説明した。

 そして偶然、彼女たちの後ろにつき従う凄いソレ・・・・が、このSAの駐車場にいた少年の霊を消滅させたところを見て、二人に声をかけた事を明かす。

 桜井と茅野に茶化す様子はない。真剣な表情で話に耳を傾けている。

 やはり、この二人は何かおかしい。こういう出来事・・・・・・・・に慣れ過ぎている。西嶋は少しだけ怖くなってきたが、もうここまできたら後戻りはできないのだと思い直す。

 そして、すべての話が終わると茅野は甘ったるい缶珈琲に口をつけて言う。

「確かに私たちの後ろにいるコレに任せれば、娘さんは何とかなると思うわ」

 西嶋の瞳に希望の光が射す。

「それじゃあ……」

「うん。いいよ。ここで会ったのも何かの縁だろうしね」

 桜井があっさりと了承し、茅野も彼女の言葉を首肯する。

 再び涙をにじませる西嶋。

「ありがとうございます……お礼の方は好きなだけ……」

「あ、別に報酬はいらないわ。ねえ、梨沙さん」

「うん。別にあたしたちが何かをするって訳でもないし……」

 その言葉を聞いて、本格的に泣き出す西嶋。本当に今日は何ていう日だろう。彼女は驚愕きょうがくするばかりであった。

 それから、少し落ち着いたあとで、西嶋は肝心な事を質問した。

「それで、その、ソレって、いったい何なんです?」

 少女たちの背後に浮かび、うじゅるうじゅると全身を脈動させるソレをちらりと見た。

 すると、桜井が口をへの字に曲げて言い放つ。

「コレは、あたしにとっては、とんだ疫病神だよ」

 このあと三人は、SAをあとにした。

 桜井と茅野は、西嶋のワゴンRの後を追い、阿久間市の郊外に広がる田園地帯を目指した。





 田嶋麻鈴の姿をした宇野哲平はつまらなそうな顔をして、リビングのソファーに腰をおろしていた。目の前のローテーブルには、食いかけのピザと半分ほど減った発泡酒の三五〇ミリ缶がある。

 部屋の壁際のテレビ画面では、古いアクション映画が流れていたが内容はまったく頭に入ってこなかった。

 宇野は発泡酒の缶に口をつけて舌打ちをした。 

 八歳の女の身体は不便でできる事が少ない。

 酒を飲めば、ほんの少しでベロベロになるし煙草も咳き込んでしまう。

 パチンコも競馬もできないし、まだ車の運転も難しい。女遊びも当然ながらできない。

 退屈で退屈で仕方がない。

 しかし今のところ、悪霊となった宇野が出会った人間の中で、憑依する事が可能だったのは麻鈴のみであった。

 これは宇野の悪霊としての力が弱く、麻鈴くらいにしか取り憑く事ができないためだった。

 麻鈴は、霊視能力に目覚めた母親と同じように、高い霊的な資質を秘めていた。

 その資質が悪い方に働き、宇野のような低級な悪霊に支配を許す事となっていた。

 ともあれ、宇野の悪霊は、里佳相手に威張り散らすか暇潰しに玩具をいたぶるぐらいしかできなかった。

 因みに地下室の亡霊たちの存在は、当然ながら宇野も気がついていた。

 しかし、彼らは何をするでもなく、ただ枯れ木のように佇むのみであった。

 最初に見たときは流石に驚いたが、すぐに何もしてこないと知って、慣れてしまった。

 きっと自分にビビっているのだろうと、宇野は思っていた。

 何にせよ、彼はもっとおあつらえ向きな宿主・・が見つかるまで、麻鈴の中に居座り続け、西嶋里佳を奴隷のようにこき使うつもりだった。

 その西嶋から『今から帰る』とスマホにメッセージで連絡があったのは、十八時半を回った頃だ。

 『玩具は?』と返すと『大丈夫です』と、すぐに返信があった。

 どうやら、首尾よく客に睡眠薬を盛り、拉致する事に成功したらしいと宇野はほくそ笑む。

 この玩具として拉致されてくる者は、彼の新たな宿主候補でもある。今度こそ、乗り移れる者であればいいと、期待に胸を膨らます宇野であった。

 ともあれ、家の表で車のエンジン音が聞こえてきたのは、西嶋のメッセージから更に一時間後の事であった。

 そのエンジン音が止み数秒後の事だった。

「ん……?」

 テレビの上……その何もない壁から蠢くものが徐々にせり出てくるではないか……。

「な……なんだ!? これは……」

 それは、宇野が見た事のない奇妙なモノだった。

 植物……昆虫……魚類……甲殻類……そのどれでもない。人を思わせる部位もあり、幾何学的な平面と角度を持った部位もあった。

 無数の鉤爪が、牙が、管のような、節足のような触手が蠢く。

 宇野は恐れおののきながら悟る。

 コレ・・は、何だか解らないが危険だ。宇野は辺りに漂う凄まじい死の気配にようやく気がついた。すぐに逃げなくてはならない。

 宇野は麻鈴の身体を捨てて逃げようとした。

 しかし、いつの間にか地下室で佇むだけだった亡霊たちが、ソファーの周りを取り囲んでいた。

 その亡霊たちは次々と宇野に手を伸ばし、抑えつけようとする。

「やめろ! 貴様らやめろッ! どけッ!」

 宇野は気がついた。地下室の奴らが、いつか訪れるかもしれない復讐の機会をじっと窺っていた事に。訳の解らないモノが迫る。もう逃げる時間はない。

 宇野は底知れぬ恐怖を感じて絶叫する。

 すると、次の瞬間だった。

 触手が、びゅっ……と、飛び出し宇野の霊体を麻鈴の身体ごと貫いた。

 刹那、宇野の霊体は粉々に砕け散る。

 訳の解らないソレは、続いてリビングに残された宇野の犠牲者たちの霊を次々と祓い始めた。




「よかった……麻鈴……よかった……」

 薄暗いリビングで娘の麻鈴を抱き締める田嶋里佳を眺めながら、桜井梨沙と茅野循は何とも言えない表情で顔を見合わせた。

「終わったのかな?」

「まるで実感が湧かないわね」

 麻鈴は状況をまったく理解していないらしく、きょとんとした顔をしていたが、取りあえずは特に異常はなさそうに見えた。

「……もう開き直って、本当に退魔師でも目指してみるっていうのは」

 と、その茅野の言葉に、桜井は腕を組み「うーん」と唸り声をあげていたが、何か重要な事に気がついた様子で、両目を見開いた。

「駄目だよ、循……」

「何が駄目なのかしら?」

「この凄いのを連れて帰ったらピラコちゃんが・・・・・・・死んでしまう・・・・・・!」

「ああ……」

 “ピラコちゃん”とは、桜井のバイト先であり姉夫婦が営む『洋食、喫茶うさぎの家』に住まう座敷わらしの事である。

「バイトはやめたくない。あんな、まかない食べ放題の職場は他にないよ……」

 桜井にとっては、絶対的な退魔能力より賄い食い放題が大事であった。

「どうしよう……循。これ、九尾センセでも祓えない凄いのなんでしょ?」

 忘れられがちではあるが、九尾天全は腕利き霊能者である。

 そんな彼女が祓えない存在を普通の女子高生・・・・・・・である桜井と茅野が何とかできる訳がない。

 しかし、茅野循は既にこの局面を打開する方法を導き出していた。

「……ならば、私たちも、西嶋さんと同じ事をしましょう」

「ん? どゆこと?」

 桜井が眉間にしわを寄せて首を傾げる。

 そこで茅野は悪魔のように微笑んで言い放つ。


化け物には・・・・・化け物を・・・・ぶつけんのよ・・・・・・

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