【07】すんごいの


「何もなかったねえ……」

「そうね。怪しげな痕跡は色々とあったけれど」

 がっかりした様子の茅野と桜井は、山深い森の中を引き返す事にした。

「九尾センセが言うくらいだから、すんごいのを期待してたのに……」

「九尾先生が言っていた“死人の森”はここじゃなかったのかしら……?」

「あのときのセンセはだいぶ酔っ払っていたからねえ」

「やっぱり、酔っ払いの言う事は当てにならないわね」

「そだね」

「まあ、切り替えていきましょう。次は阿久間SAよ。そこでは駐車場では事故死した男の子の霊が出現するらしいわ」

「なら、お供え物を買おうよ。お菓子とかジュースとか。子供の好きそうなやつ」

「いいわね」

 などと、かしましい話し声をあげながら二人は木々の間を進む。


 ……その後ろから、凄いの・・・がついてきている事に、二人はまだ気がついていなかった。




 西嶋里佳は納屋からスコップを持ち出し裏庭へと向かった。

 適当な場所に穴を掘り始める。

 もう裏庭は死体で一杯だった。足を踏み入れた瞬間に、はっきりとした屍臭が鼻先にまとわりついてくる。

 しかし、西嶋家は集落の端の田園に囲まれた土地にある。

 里佳の両親は盛んに交流を持ったり、出歩く方ではなかったので、家に訪ねてくる者もいない。

 だから、誰もこの家の異変に気がついていなかった。

 ともあれ、墓穴を掘りながら西嶋は思い返す。 

 なぜ、こんな事になってしまったのかを……。




 西嶋里佳が、麻鈴の父親である当時の夫の事を宇野哲平に相談して間もなくの事だ。

 寒風吹き荒ぶ秋の終わりに、宇野から夫の殺害を持ちかけられた。

 彼の事を頭から信じきっていた西嶋は、宇野と協力して夫を殺した。

 当時、西嶋の夫は阿久間市の郊外にある電子部品工場に勤めていた。その夜勤明けを狙い、石油ストーブを利用した時限発火装置を使って彼を殺害した。もちろん、この時限発火装置は宇野が考案したものである。

 兎も角、計画通り事は運び、夫は一酸化炭素と炎に巻かれ、西嶋は娘と共に買い物中、夫を失ってしまった哀れな未亡人となる。警察も彼女をろくに疑いもしなかった。

 その代わりに、それまで住んでいた住居から焼け出される事になってしまった。

 そこで、西嶋が頼ったのが両親である。

 彼女は娘と共に、今の住居である両親の家へと移り住んだ。

 因みにそうするように、西嶋へと助言したのも宇野である。

 こうして、何の変哲もない田園風景の中に佇む西嶋家は、宇野哲平という鬼により、崩壊の一途を辿る事となった。




 西嶋が娘と共に両親の家で暮らすようになってしばらくして、宇野が頻繁に顔を出すようになった。

 当初の彼は、持ち前の人当たりのよさを発揮して両親に取り入った。

 そして、すっかりと信頼を得た頃から、彼は本性をむき出しにし始めた。

 まず宇野は西嶋が夫殺しに関与していた事を明かし、両親を恐喝した。

 その種として使われたのが、西嶋が前夫の殺害について語っている音声が録音されたICレコーダーである。

 音源は上手く前後の流れが切り取られており、宇野の声も入っていたが、彼は直接的な言葉はいっさい使っていない。

 そのために、まるで西嶋が自ら夫の殺害を決意しているようにしか聞こえない。

 これにより、お人好しで、世間体を気にする性格の西嶋の両親は、あっさりと彼の言いなりになってしまう。

 結果、宇野は西嶋の両親が持つほとんどの資産を自分名義に書き換えさせた。

 しかし、彼の暴虐は、これで終わる事はなかった。むしろ、ここからが本番であった。

 宇野も西嶋一家と同居を始めて、直接的に家族を支配し始めた。

 まずは碌な睡眠と食事を与えず判断力を奪う。次に暴力で恐怖を植えつけてマインドコントロールを施す。

 それから彼は、言葉巧みに家族間の相互不信を引き起こさせ、団結を防止した。

 西嶋一家はすっかりと宇野に逆らう気をなくし、彼の思うままに弄ばれて蹂躙じゅうりんされた。

 因みに地下室の扉や覗き穴などは、内装工だった里佳の父親に命じて作らせたものだった。

 宇野の機嫌を損ねた者は、この地下室に閉じ込められ、彼の気紛れでいたぶられた。

 ときには家族同士、暴力を振るうように命じられる事もあった。

 それが嫌で、誰もが必死に宇野の顔色をうかがって過ごした。

 そんな毎日を送るうちに里佳の母親が最初に衰弱死して、次に父親が嘔吐おうと痙攣けいれんを繰り返して倒れ、そのまま帰らぬ人となった。

 二人の死体は、庭先に埋めさせられた。

 そこで里佳はようやく現状から抜け出そうと最後の抵抗を試みる。

 その決意を彼女にもたらしたのは、やはり娘の存在だった。

 このままでは、次に死ぬのは自分か娘だ。

 娘は何としても守らなければならない。

 自分が先に死んだとしても、残された娘に待ち受けているのは絶望しかない。

 もうどのみち八方塞がりならば、最後の最後に絶対的な存在である宇野に逆らってみようという気力が湧いてきたのだ。

 これは、ここまで西嶋里佳や、その家族の心理をすべて掌握してきた宇野にとって、大きな誤算となった。

 まさかの反逆など夢にも思っていなかった宇野は、寝込みを襲われ、あっさりと里佳に包丁で刺し殺される。

 そして、人知れず裏庭に埋められた。




 しかし、彼の邪悪な魂が滅びる事はなかった。

 そして、西嶋里佳にとって、更なる悪夢の始まりとなった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る