【03】禁忌の土地


 エンジンの音が止むと辺りは急に静まり返った。

 銀のミラジーノのドアが開き、桜井梨沙と茅野循が鬱蒼うっそうとした木立に囲まれた駐車場へと降り立つ。

 その駐車場の奥には丸太を組み合わせた看板があり、そこにはこう記してある。


 『桜野森自然公園』


 看板の近くには山深い森の奥へと延びた未舗装の山道が、ぽっかりと入り口を開けていた。

 彼女たちの乗ってきたミラジーノ以外の車両は見当たらず、人の気配もまったくない。

「いやあ、のどかだねえ……」

「空気が美味しいわ」

 どこかのこずえから聞こえる山鳥の鳴き声に耳を傾けながら、カメラなどの準備を整える二人。そして……。

「今が十時くらいね」

 と、茅野はスイス製のミリタリーウォッチで時間を確認する。

「お昼ご飯が楽しみだねえ……」 

 桜井は揉み手をして瞳を輝かせる。

「今から歩き続けて何事もなければ、森の中心部に辿り着くのが、ちょうどお昼頃になりそうね。そこでスポット飯と洒落込みましょう」

「それは、何事もない方がいいのか……何事かあった方が面白いのか……」

 その桜井の言葉に茅野はクスリと笑い歩き始める。

「それじゃあ、いきましょうか」

「りょうかーい」

 二人は意気揚々と山道の奥へと進んだ。




 山毛欅ブナしいなら白樺しらかばなどの木々が立ち並ぶ山道をひたすら歩き、一時間ほどが経った頃だった。

 左曲がりのカーブが見えてきたところで、茅野循が足を止めて手元のタブレットに目線を落とす。

「この辺りね」

「にしても……」

 と、桜井は、くまさんの水筒のキャップを捻る。

 ペパーミントティーを飲みながら周囲を見渡した。

「本当に普通だねえ。電波もばりばり届いてるし。ここ、本当にヤバいスポットなのかな?」

「まだまだ本番はこれからよ。きっと、この山道を外れてから、私たちは森の中で迷ったりして……木の枝には木組みの怪しげなシンボルが吊るしてあったり……」

「それ、前に見た“おもしろ魔女の森ツアー”じゃん」

 桜井は前に茅野と視聴したフェイクドキュメンタリーホラーを思い出しながら肩をすくめる。

「私ならば、ラズベリー賞の授賞式にも堂々と出てやるけど」

「消息不明って、てい・・なのに?」

 桜井はそう言って水筒をしまうと、リュックから山鉈を取り出して革鞘のベルトを腰に巻く。

「それじゃ、いこうか」

「ええ」

 二人は再び歩き始め、桜井を先頭に沿道から山深い木々の間へと分け入っていった。




 山道を外れてしばらく進むと、地面はなだらかな傾斜へと代わり、二人の体力を徐々に奪う。

 少しだけ休憩を取る事になった。

 おあつらえ向きの倒木があったので、並んでその上に腰を掛けた。

「まったくの原生林という訳ではなそうね」

 茅野が持参してきたスポーツドリンクのペットボトルに口をつけて、前方を指差しながら右から左に、その手を動かした。

「あそこだけ、明らかに木と木の間に隙間があるわ」

「ん……? 確かに」

 桜井も茅野の指が差し示した方向に目を凝らして頷く。

 確かに生い茂る森を割って、奥へと延びた妙な隙間がある。

「あれは昔、道だったのではないかしら?」

「ああ。確かに」

 そう言われると、そう見えてくる桜井であった。

「……じゃあ、あの隙間に沿って、進んでみる?」

「その方がよさそうね」

 茅野はそう言って、倒木から腰を浮かせた。すると桜井が、それに気がついた。

「循……」

「何かしら?」

 きょとんとして首を傾げる茅野。

「今、その循が踏んでるやつ……」

 桜井が地面を指差した。

「それ、お墓じゃない?」

 その指摘を受けた茅野は、はっとする。

 一歩だけずれてしゃがみ、ついさっきまで自分の足の下にあったものを観察する。

 すると、そこには明らかに人工物らしき平らな石が地面にめり込んでいた。

 その表面は苔むしており、よく見ると何かの文字が刻まれている。

「これは……たぶん、倒れた板碑いたびね」

「いた……び?」

 桜井が首を傾げた。

 茅野は地面の板碑に目線を落としたまま、彼女の疑問に答える。

「石の卒塔婆そとばの事よ。主に鎌倉時代や室町時代のものが多いらしいわ」

「卒塔婆って、あのお墓にはえてるやつ?」

「はえてはいないけれど……」

 茅野は苦笑して立ちあがり、周囲を見渡した。

「何にしろ、面白くなってきたわね」

「そだね」

 桜井も倒木から、ぴょん、と腰を浮かせた。

 二人は木々の隙間を歩き始めた。




 木々の隙間を森の奥へ奥へと進む二人。

 やはり茅野の見立ては正しく、そこにはかつて人の歩いた道が横たわっていたらしい。

 石段や縁石のようなものが、ときおり地面から顔を覗かせていた。

 更に倒れた板碑や土に半分埋まった地蔵などの怪しげなものが出現し、そのたびに桜井と茅野はテンションをあげてゆく。

 そうして、昼過ぎだった。

 とうとう二人は桜野森の中心部へと辿り着く。

「循……これって」

 呆気にとられた様子の桜井の隣で、茅野が神妙な表情で頷いた。

 二人の目線の先には、倒壊した建物の残骸があった。

 地面にした瓦屋根は苔むして、倒れた柱の代わりに、たくさんの木々が天に向かって突き出していた。

 その枝は、まるでこの場所を航空写真の目から覆い隠すように張り出して、生い茂っている。

「お寺のようね」

 残骸に埋もれた火頭窓かとうまどの枠を見て茅野は呟く。

「いかにもいわくありげだけど……」

 桜井がお腹をさすり、眉をハの字に下げる。

「とりあえず、調査は休憩してからにしましょうか」

「うん。そだね。今日のお弁当は中華風だよ。肉団子は自信作なんだ」

 そう言って、桜井は近くの地面に張り出した木の根に腰をおろしてリュックを漁る。

「それは楽しみね」

 茅野も同じように座る。

 こうして、二人はスポット飯に舌鼓を打った。

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