【10】後日譚
二人は九尾天全にすぐさま首飾りの画像を送ったが、珍しい事に忙しいらしくすぐには反応がなかった。
そして、次の日の夜の事。
『そのペンダントは“
と、リモート越しに述べたのは九尾天全であった。
『
同じくリモート画面に映った桜井が小首を傾げる。
その疑問に答えたのは自室でノートパソコンに向き合う茅野循であった。
「フードゥも、ハイチのブードゥ教と同じくアフリカ出身の黒人奴隷たちによる民間信仰を源流に持つのだけれど、ほぼ別物と言っていいわ」
『ふうん』と、いつものように、興味があるのかないのか解らない返事をする桜井。
九尾天全が話を引き継ぐ。
『たぶん、それは肉体から魂を離脱させる術に使われる物ね。生霊……というより、自分の分身のような存在を強く会いたいと願う想い人の元へ飛ばす術よ。簡単に言うと』
「成る程」
それを聞いた茅野が
「じゃあ、このペンダントがあれば、幽体離脱ができちゃうのね? 凄いじゃない!」
『うわーい!』
などと、これは思わぬ面白アイテムが手に入ったと、無邪気に盛りあがり始める桜井と茅野。
しかし、世の中はそう何でもかんでも都合よくはいかない。
『でも、その術を使うには、資質なんかもあるけれど限りなく死に近づかなければならないわ』
その九尾の言葉で、ぴたりと真顔になる桜井と茅野。
「死に近づくってどういう事かしら? 先生」
『瞑想で呼吸や脈拍をコントロールして仮死状態に持ってゆくの。何年もの修行が必要らしいわ。まあ
『危険?』と桜井が聞き返し、九尾が答える。
『そうね。下手をすると本当に死んじゃったり、脳に障害が残ったりとろくな事にならないわね』
『うへえ……』
顔をしかめる桜井。
一方の茅野は河豚毒と朝鮮朝顔の語句を耳にして思い出す。
小浦谷の菅原邸で起こった密室殺人の現場で採取された指紋の持ち主、徳澤祐司……。
彼は事件が起こった翌日、遠く離れた川崎の独身寮の自室で死んでいるところを会社の同僚に発見された。死亡推定時刻は、ちょうど菅原圭子が殺されたのと同じ時間だったのだという。
その彼の遺体からは、河豚毒であるテトロドトキシンと朝鮮朝顔に多く含まれるヒヨスチアミンやスコポラミンなどの成分が大量に検出された。
そして現場には、それらを主成分とする薬物が付着した空の薬瓶が残されていたらしい。
この事から、当時の警察は彼が何らかの理由で服毒自殺をはかったのではないかという見解を示していた。
『どうしたの? 循……』
その桜井の声で茅野は顔をあげてウェブカメラを見つめた。
「……いや、もしかしたら、あの梨沙さんの雑な推理がそのまま事件の真相だったのかもしれないと思って。犯人はこのペンダントを使って菅原圭子を殺した。しかし、薬の副作用で命を落としてしまった」
『ああ……』と得心した様子の桜井。
更にぞっとしない表情で、言葉を続ける。
『ていうかさあ、あの白い影も生霊だったって事だよね?』
『まあ、そういう事でしょうね』と九尾。
すると桜井は渋い顔をする。
『これは生霊だったっていう方が怖いパターンだよ。あんなやべーやつの正体が人間だなんてさあ。あたしは天狗とか、それ系だと思ったよ』
「確かに、あんなのに、このペンダントを持たせるだなんて、キチガイに刃物どころの話ではないわ」
茅野も同意する。
そして、彼女の中で、あの生霊の正体について一つの仮説ができあがっていた。
まず大前提として生霊は強く会いたいと思っている人の元へと飛ぶ。
つまり、あの館に第三者がいなかったとすると白い影の正体は桜井か茅野のうちのどちかの知り合いという事になる。
その中で小柄であり、
そして茅野は、あの白い影が見せたような掌打を別な場所で見た事があった。
当然ながら東藤は、桜井と同じくらい柔道に長けている点も条件に合致していた。
そして何より昨日の事だ。
東京都青梅市にて、走行中に運転手が心筋梗塞で命を落とした事が原因で発生したバス事故の被害者の中に、東藤綾の名前があった。
しかも、彼女は救助されて間もなくのときは意識を失っていたらしい。
その事故があったのが、ちょうど菅原邸で白い影が出現したのと同じくらいの時刻なのだという。
これらの事から茅野は、あの白い影の正体を東藤綾ではないかと推理したが、そうすると疑問も残った。
なぜ、東藤がこの首飾りを持っていたのだろうか。
それは純然たる偶然なのであるが、流石の茅野にも解りようがなかった。しかし、だからこそ彼女は思った。
この世の中は、すべて割り切れる事ばかりでない。だからこそ面白い。
茅野は再び心霊スポット探訪の魅力を再確認したのだった。
そして、桜井の方も今回の事で思うところがあったようで……。
『でも、今度からバトルになっても開幕で
「そうね。それがいいわ」
茅野はもっともであると同意する。
……この後日、例の首飾りは九尾天全の元へと送られて処分された。
次の日だった。
精密検査もかねて数日の入院を強いられる事となった東藤の病室に佐島莉緒が姿を表したのは、昼食のあとだった。
彼女はいつもと変わらぬ笑顔で松葉杖をベッドの手すりに立てかけ、パイプ椅子に腰をおろした。
「いやあ、お互い無事で本当に何よりだよ。調子はどう?」
「かすり傷だけだし元気よ」と答える東藤に対して呆れた様子で笑う佐島だった。
「ねえ、アヤちゃんって、本当にサイヤ人とかなの?」
東藤はその質問には答えずにサイドボードのスマホに手を伸ばして言う。
「それはそうと、ちょっと、怖い事があって……」
「なになに? 三途の川でも見てきたの?」
その佐島の冗談めかした言葉に東藤は神妙な表情で首を横に振る。
「何か、私、事故で意識を失っている間、桜井梨沙と戦っている夢を見ていたんだけど……」
「はいはい。いつものやつね……」
「昨日、SNSに変なDMがきてて……」
「誰から?」
「茅野っていう知らない人」
「ふーん、で? その人は何て?」
「何か『事故で意識を失っている間、桜井梨沙と戦っている夢を見なかったか』だって」
「え……」
「あと、これ……」と言って、東藤はスマホの画面を佐島に見せる。
そこには、奇妙な文字が刻まれたコインの首飾りの画像があった。
「“これと同じものを事故にあったとき、なくしませんでしたか”だって」
どうせくだらない話なんだろうな……と思っていた佐島の顔が青ざめる。
「これって、アヤちゃんがネットオークションで二千円で落としたやつと同じだよね?」
首肯する東藤。
「うん。あの事故でなくしたみたいなんだけど……」
佐島は
「常識的に考えれば、アヤちゃんのやつと同じデザインのものなんだろうけど」
問題は茅野なる人物は、東藤がこの首飾りと同じものをつけていた事をどこで知ったのか……。
何にせよ、薄気味悪い。佐島は眉をひそめた。
「で、何て返そうか? 莉緒」
東藤は路頭に迷った仔犬のような目で、幼馴染みに意見を求める。
佐島は思案顔を浮かべて慎重に検討した結論を述べる。
「返さなくていいんじゃない? 何か気持ち悪いし、無視で」
「うん、でも……気になるけど……」
と、スマホ画面に目を落とす東藤であった。
彼女たちが真実を知る事になるのは、もう少しあとの事となる。
「……ここは、どこだ」
砕け散った徳澤祐司の魂は再び一つに集まり、彼の意識は覚醒する。
徳澤は辺りを見渡す。
並んだ割れ窓の向こうに立ち並ぶ
洋館の長い回廊だった。
「圭子の……家か……?」
しかし、彼の記憶にある光景よりも、ずいぶんと古びていて汚ならしい。
これではまるで廃屋ではないか……。
「何だ? これは……何かが……おかしい」
記憶が曖昧だった。
ぼんやりとしていて、まるで過去に起こった出来事が濃い霧の彼方にでもあるかのような……。
首にさげていたはずの、あの首飾りが見当たらない。
「どこだ……首飾りは……どこに……」
今日も彼の魂は、誰もいなくなった廃屋をさ迷う。
なくしてしまった首飾りを求めて――
(了)
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