【01】オンライン女子会


 二〇二〇年四月二十五日の夜だった。

 西木千里は自室の机の上に置かれたパソコンと向き合っていた。

 画面には近頃のコロナ禍で流行り始めたビデオ会議アプリが表示されており、自分の他に三人の人物が映し出されていた。

 桜井梨沙と茅野循、そして後輩の速見立夏である。

 この日は各々がパソコンの前でお気に入りのお菓子や飲み物を持ち寄っての、オンライン女子会であった。

 ネット越しとはいえ年頃の女子が四人も集まれば、かしましく時間は流れ、話は彩り豊かに二転三転する。

 そして、開始から一時間ほど経った二十二時頃、話題は桜井と茅野が、コロナ禍での活動休止直前に凸った心霊スポットでの体験談に及んだ。

 二人はときに小ボケを挟みながら絶妙なテンポのかけ合いで、自らが見聞きした事を西木と速見に語った。もちろん、関係者のプライバシーにはしっかりと配慮したうえで。

 一緒にいると、あまりのイカれ具合に呆れる事は多いが、やはり彼女たちの冒険譚は西木にとっても、単純に面白く興味深いものだった。

 速見と共に、ときに質問を挟みながら熱心に聞き入る。

 やがて、その語りが一通り終わった頃だった。

 速見がふと思い出した様子で言う。

『そういえば、今思い出したんすけど……』

『あら、何かしら?』

 と、茅野が応じる。

『いや、確かウチらが小学校の頃、記念公園で、噂、ありましたよね?』

 ワンテンポ遅れて、桜井と茅野が『ああ……』と応じる。その表情は半笑いであった。

 西木だけが何の事かよく解らない。

「何? 立夏ちゃん。それ」

 と、尋ねると、速見は『あー、千里先輩は知らないか』と視線を上にあげてから言う。

『西木さんは来津市出身だから、そもそも、あの公園の事を知らないんじゃないかしら?』と、茅野。

 続けて桜井が解説する。

『循の家から割りと近いところにある公園だよ。園内にけっこう大きな池があって、ふなとかこいが釣れるんだ』

「へえ。その公園も、何かそういう……オカルトみたいな噂があったの?」

『そうです。私が小学校四年のときだから、七年前ですかね。公園で白い和服姿の少女の霊が出るって、凄い噂になりまして……』

「へえ」

 と、相づちを打ち、のり塩のポテトチップスを一口摘まむ西木。

 すると、速見が再び何かを思い出した様子で『あっ』と小声を出してから、言葉を続けた。

『そういえば梨沙先輩、あのとき“幽霊をぶちのめす”とか言ってましたよね!?』

『あー……うん』

『てか、桜井ちゃんって、昔からそんな事を言ってたんだ』

『今ほど、スポットには興味はなかったけどね……』

 と、言って照れ臭そうにはにかむ桜井であった。

 そこで黙り込んでいた茅野が声をあげる。

『実はその一件で、私と梨沙さんは知り合ったのよ』

「ええ、そうなんだ!」

 この怖いもの知らずの最狂コンビの結成秘話……当然ながら、興味が湧かない訳がない。

 そして、これに関しては、二人と付き合いの長い速見も知らなかったらしい。

『そういえば、梨沙先輩と循先輩が、よくるむようになったのって、ちょうど、それぐらいの頃でしたね』

『そうね』と画面の向こうの茅野が首肯し、桜井が『思えば、あれが一番最初のスポット探索だったのかもねえ……』と感慨深げな言葉を口にした。

 そこで、西木はふと思い出す。

「そういえば、桜井ちゃんと茅野っちって、小学校は別々だったんだっけ?」

『そうね。梨沙さんが藤見中央小学校で、私が五十山田いかいだ小学校よ』

 駅を境に、駅裏の山に近い地域が五十山田小学校の学区で、駅前から市の中央付近は藤見中央小学校の学区となる。

『とはいっても、あの頃の私はあまり学校には行っていなかったのだけれど』

「そうなんだ」

 特に西木は意外だとは思わなかった。むしろ、あの茅野循がランドセルを担いで、お行儀良く学校へ通っていた方がおかしいような気がした。

 茅野は昔を懐かしむように滔々とうとうと語る。

『……あの頃の私は、小五で既に人生を退屈に感じていたわ。まるで、刺激を欲するあまり、コカインに溺れたシャーロック・ホームズのように……。あまりにも退屈だった私は、気がつくとネトゲ廃人となっていた』

「そっ、そうなんだ……」

 ネトゲ廃人とは、気がつかないうちになっているものなのかどうなのか、ゲームをあまりやらない西木にはよく解らなかった。

『まあ、とは言ってもボトラーレベルの重篤じゅうとくな廃プレイはしていなかったわ。ちゃんと、一日に数時間はログアウトしていた。正確には、廃人一歩手前といったところね』

 西木はボトラーって何だろうと疑問に思ったが、質問を挟む前に速見が声をあげた。

『因みに、何ていうゲームっすか?』

 その問いに茅野は答える。

『AWOよ。アムネジアワールドオンライン……』

 あまりゲームに詳しくないのもあるが、西木の知らないタイトルだった。

「でも、茅野っちがドハマりするくらいなら、余程面白かったんだ? そのゲーム」

『いいえ。クソゲーだったわ』

 即答である。

『……兎も角、そのクソゲーにも飽きていた頃だったわね。私が梨沙さんと出会ったのは』

 そして、次に桜井が語り出す。

『あたしも、あの頃は退屈してたんだ。柔道にも、ちょっとだけ飽きてた時期で……』

『そうだったんですか!?』

 と、速見が意外そうに声をあげる。

 桜井は頷いて、更に言葉を続ける。

『……というか、新しい事を始めたくて色々と迷走をしてたねえ。何か通信講座で空手とか始めちゃって』

「な、なるほど。流石、桜井ちゃんだね」

 常人とは一線を画する桜井の迷走の仕方におののく西木であった。

 ともあれ、桜井は遠い眼差しで当時の記憶を振り返る。


『そんなときだったね。あの公園の噂話を耳にしたのは……』

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