【09】視える子ちゃん


 桜井と茅野はワンルームの洋室に通される。

 随所ずいしょにアニメのグッズなどが置かれ、本棚には漫画の背表紙などが目立っている。

 どうやら日本のオタクコンテンツにドハマりしているらしい。

「……視えるようになったのは、十歳くらいから。原因は知らないよ」

 流暢りゅうちょうな日本語でそう言って、趙はローテーブルに紅茶の入ったカップを並べる。そして、桜井と茅野の向かいに座った。

「でも、アタシは視えるだけ。他は何にもできない。だから多分、力になれない」

 その趙の言葉に、茅野は首を横に振る。

「大丈夫です。それは、こっちで何とかするので」

「いざとなったら、本格的な霊能者の知り合いがいるし」

 と、桜井。すぐに小声で「ぽんこつだけどね」とつけ加える。

 そして、茅野が話を切り出した。

「……私たちは、貴女が何を視たのか知りたいだけ」

「解った……」と渋々納得した様子の趙。

「それで、さっそく質問なのだけど、貴女の友だちの小松梓さんには、犀犬シーチュエン……犬が取り憑いているのね? そして、その犬は彼女の事を守っている。違うかしら?」

 趙は首肯する。

「そうよ。白くて尻尾がふさふさしてる大きな犬……初めてアズサに会ったとき、凄くびっくりしたよ」

「ねえ、循。けっきょく、その白いわんこって何なの? 味方?」

 その桜井の問いに茅野は即答する。

「恐らくは犬神ね」

 桜井が首を傾げる。

「いぬ……がみ……?」

「犬神は呪術によって使役された犬の霊の事よ。外敵を呪い殺したり、使役者を守護したり、富をもたらしたりすると言われているわ」

「ふうん」

 と、桜井はいつものようにぼんやりとした返事をする。

「犬神は、その使役者の血筋に代々憑いてまわると言われている。だから多分、小松さんの先祖がそういった術の使い手だったんじゃないかしら? そして本人の知らぬうちに、受け継がれた犬神によって守られていた。“小松”という姓は犬神の本場である高知に多いもの。きっと彼女の先祖が、その辺りの生まれなのだと思うわ」

 犬神を持つ家系は地域社会で、ときに畏怖され嫉妬の対象となる事も多かった。ゆえに、いわれのない差別を受けたとされる。

 そういった差別から逃れる為に、小松梓の先祖は、元々の姓から“小松”という高知で多数存在する姓を名乗るようになったのではないか……と、茅野は己の推論を述べた。

「アズサがいれば、きっと、雍和ヨンホーは何もできない。精々、驚かしてくるくらい……でも」

 と、趙は桜井と茅野の顔を見渡す。

「アナタたちは雍和に呪われてる。どうして? アズサは?」

「小松さん、関東の方へ遠征に行ってるよ」

 桜井が趙の疑問に答える。

「その間、私たちが小松さんの部屋で寝泊まりしてるの」

 茅野が事もなげに言う。しかし、趙は見る見る血相を変えて頭を抱える。

「何で……そんな恐ろしい事を……アナタたち、きっと死んじゃうよ……」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 と、桜井が気楽な調子で言う。

 すると、趙はかぶりを振ってなげきの声をあげた。

「アナタたちは、視えないから、そう言えるんだよ……」

 それから少し間を置き、趙が落ち着いたのを見計らって、茅野は問い質す。

「因みに、その雍和……猿の化け物は、今も私たちと一緒にいるのよね?」

 趙が首を横に振る。

「違う。アナタたちは呪われているだけ。雍和はあの家にまだいる」

 あの家とは、グリーンハウスの事だろう。

「雍和がいるのは梓さんの部屋……二〇一号室かしら?」

 茅野が聞き返すと、趙は首を捻る。

「アズサの部屋の場所知らないからよく解らない。でも、雍和は、あの家の・・・・真ん中にいる・・・・・・

「循……」

「間違いないわね」

 二人は顔を見合わせる。

 グリーンハウスの真ん中。

 それは、あのパティオ・・・・で間違いはないだろう。

 当然ながら桜井と茅野の脳裏に過ったのは、近藤が見たという謎の不審者の件である。

 あのパティオには何かがある……二人は強い確信を抱いた。

 そんな二人に向かって、趙は恐怖に満ちた声音で言った。


「雍和は、そこから北と東の間の方・・・・・・・をじっと睨んでいる」





 桜井と茅野は急いでグリーンハウスへと戻る事にした。

 二人は趙に着いてきて欲しいと頼むが拒否される。

 どうやら、彼女は相当、その雍和なる怪物が怖いらしい。当たり前である。

 そして、小松を避けていた事に関しては、引っ越しの手伝いのあの日、雍和があまりにも恐ろしく、取り乱してしまった事が恥ずかしくて彼女に合わせる顔がなかったのだという。

 どうせ正直に言っても信じてくれないだろうし、小松がいれば安全なので、見てみぬ振りをする事に決めたらしい。

「絶対にアズサに変な子だと思われたよ……」

 と、頬を赤らめる趙に対して、桜井と茅野は『もう、変な子だと思われているから大丈夫ですよ』と思ったが、口には出さなかった。

 ともあれ二人は趙の住む部屋をあとにして、駅へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る