【06】事故物件に泊ります女子高生
二人はいったん部屋に戻ると、食材の買い出しにいく事にした。
財布を持って玄関へと向かう。
その途中、桜井がやや
「それにしても、癖の強い住人ばかりだね」
「小松さんも含めてね」
茅野が笑う。
「既にかつ丼と、とんこつラーメンを二食続けた気分だよ……」
桜井は
すると、そこで茅野が一つの疑問を提示した。
「小松さんといえば、彼女はなぜ、矢島直仁の友人の入鹿卓志が事故にあった事を私たちに話さなかったのかしら?」
「知らなかったんじゃないの? それか、猿夢の件と関係ないと思ったか」
桜井の見解に、茅野は右手の人差し指を立ててメトロノームのように振り乱しながら言う。
「その可能性は確かにあるわ。入鹿卓志は矢島さんの友人であり、事故のタイミングが彼の死んだ日付に近いというだけで、猿夢と関係なさそうだもの。あの稲毛という人の話が本当なら、矢島さんは、かなり気にしていたみたいだけど……」
猿夢の内容を知った者は猿夢を見てしまう。そして、夢の中で挽き肉にされて死んでしまった者は、現実世界でも眠ったまま心臓麻痺で死ぬ……などと言われている。
しかし猿夢の話を聞いただけで、現実に何らかの不幸にみまわれてしまうという訳ではない。
「……でも、それはいいとしても神経質な隣人の事を話さなかったのは、ちょっとおかしいわ。私たちが二〇一で暮らす上で必要な事だもの」
茅野の提示した疑問に桜井も頷く。
「そだね。梓さん、部屋でギターの練習とかもするだろうし、騒音が嫌いな人なら絶対にトラブルになってそうだし、言い忘れるって事はなさそう」
「とりあえず、本人に聞いてみた方が早いわ」
エントランスホールで茅野は立ち止まり、スマホをコートのポケットから取り出してメッセージを打つ。
忙しいのか、すぐに既読はつかなかった。
二人は
「……そういえば夕御飯のリクエストある?」
茅野は真剣な表情で、しばらく考え込んで、その質問に答える。
「
「ふうん……別に良いけど、何で蟹玉?」
「今回の相手が猿だからよ」
「ああ、猿蟹合戦ね……じゃあ、柿も買わなきゃ」
「いいわね」
などと、呑気な会話を交わしながら、二人は近所のスーパーへと向かった。
二人はスーパーで数日分の食料を買い込んだあと、程近い場所にある古い住宅街の一角を目指す。
目的地はグリーンハウスのオーナーの家である。
菓子折りを手に顔見せの挨拶……の
オーナーは
桑野は例の嘘の事情をすっかり信じており、ずいぶんと心配される。
結果、二人は若干の罪悪感に苛まされてしまう。
このとき、茅野は、それとなく前居住者について聞いてみた。
すると、桑野は「お祓いもしたし大丈夫だから」と笑っていた。
どうやら、あまり心霊などの超常的なものは、信じないタイプのようである。
因みに入鹿卓志の部屋は二〇三号室らしいのだが、既に新しい入居者が暮らしているらしい。
それ以外に新たな情報を得る事は出来なかった。
二人は適当なところで話を切りあげ、グリーンハウスへと戻った。
それから、いったん荷物を部屋に置くと、菓子折りを手に隣の二〇二号室を
しかし、杉橋亮悟は不在であった。
仕方がないので部屋に戻り、入浴を順番に済ませて晩ごはんとなった。
座卓を挟んで向かい合い、蟹玉と中華サラダ、なめこと豆腐の味噌汁、炊きたてのご飯に舌鼓を打つ。
そして、食後に
「……にしても、前居住者の死、その友人が事故に遭い、中庭で変な人が目撃される……微妙に繋がっていそうで、繋がっていなそうな……今回のスポットはモヤモヤさせるねえ」
と、言いつつも桜井は楽しげであった。爪楊枝で刺した醂し柿をモシャモシャと
「確かに全部関係ないといえば、関係ないわ。中庭の不審者にいたっては、近藤さんの嘘かもしれないし。もっとも、あんな訳の解らない嘘を吐く理由がないのだけれど」
「そうだよねえ。あたしたちを怖がらせたいだけなら、シンプルに幽霊が出た……みたいな話にするよね」
そこで桜井は、熱々のほうじ茶をずずず……と
「もっとも、そんな嘘は、あたしたちを喜ばせるだけだけどさあ」
「そうね」と、茅野が醂し柿をかじったところで、彼女のスマホからメッセージの通知を告げる電子音が聞こえた。
茅野はスマホを手に取って画面に指を走らせた。すると……。
「小松さんからだわ」
「昼間の質問の答え? 何て?」
まず入鹿の事故の件について、彼女は『住人が事故にあって大怪我をした』程度の情報しか持っていなかったらしい。
事故の被害者の身元や、事故の起こった日付に関しては知らなかったようだ。
その為、例の猿夢の件と繋げて考えようとはしなかったとの事。
これは、桜井の推測通りであった。
そして、二〇二号室の杉橋亮悟については……。
「けっこう
「うん? あのキモいおっさんが、嘘吐いたのかな?」
「さあ……」
と、二人は首を捻った。言うまでもなく“キモいおっさん”とは稲毛徹平の事である。
因みに小松によれば、稲毛は新しい女子の入居者があると、すぐに
しかし、ビビりでヘタレなので、強めにガツンと言えば寄ってこなくなるのだそうだ。
そして、近藤の方は基本的に悪い人間ではないが、非常に面倒臭い性格の持ち主らしい。
その通りだな……と、二人は納得した。
それから、二人で、あれやこれやと今回の一件について意見を出し合うも、段々と発想がふざけた方向に片寄り始めたので適当に切りあげる。
そして、二十一時三十分に就寝の準備をし始めた。
茅野がベッドを借り、桜井は持参した寝袋で床に寝る。そして就寝中の様子は、部屋の入り口付近に設置したデジタル一眼カメラで撮影する事になっていた。
すべての準備を終えて、それぞれ寝具に横たわる。
「やばい……わくわくして眠れそうにないかも……」
寝袋から顔を出した桜井がほくそ笑む。
茅野は蛍光灯から延びた長い紐を掴み、冷静な表情で言う。
「じゃあ、電気消すわよ……?」
「うん。おやすみ」
桜井が目を閉じる。茅野は明かりを常夜灯へと落とした。
桜井は三分で深い眠りへと落ちた。
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