【08】もう一つの心霊スポット


「うーん、風情を感じるねえ……」

 桜井は観光名所を散策するときの調子で、のんびりと辺りを見渡す。

 しかし、周囲にあるのは、建設会社の資材置き場や空き地、小さな森といったものだけで、世間一般的な“風情”とはかけ離れていた。

 そんな中、茅野がスマホを見ながら道の奥を指差す。

「ここを真っ直ぐにいって、左みたいね」

 二人は人喰い忌田の探索を終えると、例の物乞いの霊が目撃された地滑りの現場へといってみる事にした。

 二人が目指すのは、かつて本来の柿倉だった地域の奥だ。

「それにしてもさあ……」

 と、桜井が切り出す。

「その地滑りがあった場所って、今はどうなっているの?」

施設・・は一部を残して全壊。なぜか解体工事は進んでおらず、そのまま放置してあるそうよ」

 スマホに指を走らせる茅野。

「……それから、地域情報系の掲示板に面白いレスがいくつかあるわ」

「どんな?」

「“今も亡くなった被害者の声が聞こえる”とか、そんな話ね」

「つまり、そこもスポットっていう訳だね?」

 俄然がぜん、わくわくした様子で瞳を輝かせる桜井。

「まだこれだけじゃ、心霊スポットと呼べるかどうかは微妙ね。噂の数が少なすぎるし、その一つ一つも具体性に欠けるものばかりよ」

「でも、たくさん、人が死んだんだよね?」

「ええ」

 と、茅野は再びスマホに指を走らせて、当時のネットニュース記事を読みあげる。

「……大規模な地滑りで裏山の崖が崩壊。その際に発生した土砂崩れにより、当時施設内にいた人々が生き埋めになった。懸命の救助活動も実らず施設の利用客や職員の総勢四十二名が死亡した」

 そこで、桜井がようやく思い出したらしく、ぽん、と手を打ちつけた。

「そうそう。何か思い出してきた。うちらが小学三年くらいのとき?」

二〇一〇年だから・・・・・・・・、小学二年生よ」

「それで確か、あの、ほら……ちょっと前にサスペンス物の連ドラで、頭のおかしいベビーシッター役をやってた……何て名前だっけ?」

 茅野がニヤリと笑った。

「私はホラー映画の呪われて狂死する霊感アイドル役が印象深いわね」

 そこで桜井は、その名前を思い出す。

女優のSAKU・・・・・・・RAだ・・・!」

 茅野が首肯する。

「そうね。その地滑りによる土砂崩れで、彼女の中学校・・・・・・の同級生が全員・・・・・・・死んだ・・・

「うん。確か当時、ワイドショーとかに出てたよね。SAKURAさん」

「ええ。犠牲者が彼女の中学の同級生で、同窓会の・・・・最中だった・・・・・彼女は仕事・・・・・の都合で・・・・その同窓会には・・・・・・・出席していなかった・・・・・・・・・

 元柿倉中学一九九八年度卒業生たちを襲った突然の災禍。唯一の生き残りの人気女優。

 これをマスコミ各社は“奇跡”だとか“急死に一生を得た”などと大々的に取りあげた。 

 しかし、数日後に世間の関心は宮崎県の口蹄疫の話題にとって変わられ、六月頭には当時の内閣総理大臣と与党幹事長が辞意を表明するという衝撃的なニュースによって、人々の記憶から完全に押し流されてしまった。

 茅野がスマホを見ながら言う。

「……例の物乞いの霊の目撃情報は、中学校が廃校になる前からあったみたいね。地滑りは物乞いの霊の祟りとするレスがいくつかあるわ」

「中学校が廃校って、二十年以上前? ……そんなに昔から?」

 驚いた様子の桜井の言葉に、茅野は答える。

「地滑りは状況によっては、年に数センチくらいの速度でゆっくりと進行する事も珍しくないわ。もしかしたら、その頃から地滑りは始まっていたのかも。そして二〇一〇年のあの日、緩やかに進行していた地滑りが、何らかの要因で一気に大規模な土砂崩れへと発展した」

「ふうん……」と、桜井は何時もの話を聞いていない風の相づちを打つ。

 そこで茅野はスマホをいったんミリタリーコートのポケットにしまい込んだ。

「まあ、私の推測どおり物乞いの霊が、災害を予兆する存在だったとしたら、もう現れないのかもしれないけれど……」

「一応は見ておきたいよねえ……」

 などと、会話を交わすうちに、二人は辿り着く。

 かつての中学校の敷地をぐるりと囲んだ金網のフェンス。

 そして学校名の刻まれた赤煉瓦あかれんがの門柱。

「ここだね」

 そう言って、桜井は『柿倉いきいきの里』と記された看板を見あげた。




 二〇一〇年五月中旬だった。

 それは、ある映画の舞台挨拶後のインタビューでの事。

 他の俳優たちと一緒に映画のパネルの前に並んだSAKURAこと滝川さくらは、あるリポーターにマイクを向けられ、こんな事を質問された。

「……今、天国の同級生たちに伝えたい言葉はありますでしょうか?」

 滝川は、これまで培ってきた演技力で、なるべく悲しそうな表情をしながらコメントした。

「これからも、見守っていてください……でしょうか。でも、できればみんなに生きてこの作品を観て欲しかったです」

 真っ赤な嘘だった。

 あの『柿倉いきいきの里』を襲った惨事。

 その一報をニュースで目にしたとき、滝川が感じたのは言い様のない罪悪感であった。

 まるで彼らを殺したのが自分であるような気分……理性では馬鹿げた考えであるというのは理解していた。

 しかし、地獄の底から彼らがあのときのように、恨みがましい目で自分の事を睨んでいるような気がして不安になった。

 この頃のSAKURAの精神は不安定で、それが表情や言動に如実に現れてしまっていた。

 周りの人間は『やはり同級生を亡くして気落ちしているのだろう』と思い、誰も不審に感じる事はなかった。

 やがて、滝川は『もう彼らと金輪際こんりんざい関わり合いになる事はないのだから、悩んでも仕方がない』と切り替える事にした。

 この切り替えは上手くいき、滝川の心に平穏が訪れるはずだった。

 しかし、翌年の二〇一一年の新春の事。

 事務所に再びあの同窓会案内の葉書が送られてきた。

 開催日は前回と同じ五月六日だった。

 また田仲麗佳名義の直筆メッセージが記されてあった。

 文面は以下の通りである。


 お久し振り~。

 去年はみんなですっごい盛りあがったよ!

 だけど、みんな「SAKURAちゃんに会いたいよね」って残念がっていました(笑)

 是非、今年は滝川さんもきて欲しいな!

 お仕事忙しいとは思いますが、よろしくお願いします♪


 田仲麗佳


 滝川は心底、ぞっとした。

 けっきょく、質の悪い悪戯だろうという事になり、葉書は破棄された。

 しかし、次の年も、次の年も……同窓会案内の葉書が事務所に送られてきた。

 二〇一四年の案内葉書から、開催日は五月六日ではなく、滝川のスケジュールが空いている日付が当てられるようになった。

 つまり、常識的に考えれば葉書の送り主は、滝川のスケジュールをある程度、把握している関係者である可能性が高いという事になる。

 ともあれ、事態を重く見た事務所は、極秘裏に内部調査をおこなったが、かんばしい成果を得る事はできなかった。

 滝川本人には葉書が送られてきた事すら伝わらなくなった。

 やがて彼女は葉書の事など、すっかりと忘れてしまった。

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