【09】楽しい同窓会


 かつての木造校舎は、瓦礫がれきと土砂の山と化していた。

 そこから少し離れたグラウンド脇に蒲鉾型かまぼこがたの屋根の体育館があった。

 桜井が「あっ」と声をあげ、門前から敷地内を指差す。

「車があるね……誰かいるみたい」

 スモーク硝子のワンボックスカーが停めてある。

「どうする? 循」

 桜井が残念そうに眉尻を下げて、隣に立つ相棒の横顔を見あげた。

 茅野は肩を竦める。

「今回のメインは人喰い忌田だし、諦めましょう」

「そだね」

 桜井が渋々といった顔つきで同意する。

「帰りましょう」

「うん」

 二人はきびすを返して、校門に背を向けて歩き始める。

「お腹も空いたし、どこかで食べていきたいわ」

 茅野がそう言ってお腹を擦ると、桜井が悪戯っぽく微笑む。

「今日はいつになく、食欲旺盛だねえ」

 ……と、その直後だった。

 二人は同時に強い悪寒を感じた。

 ぴたりと足を停める。

「循」

「梨沙さん」

 桜井と茅野は顔を見合わせて、一斉に振り返る。

 すると、いつの間にか校門の前に人影が佇んでいた。

 襤褸布ぼろきれのような着物を着ており、奇妙な杖を持っている。

 あの九段宅で見た絵のままの男だった。

 桜井はネックストラップに吊るしたスマホを……茅野は肩からかけたデシタル一眼カメラを、急いで構える。

 男は校門の向こうの体育館を奇妙な杖の先で指し示し、煙のように消え失せた。

 しばし、唖然あぜんとする二人……。

 そして、それぞれスマホとカメラを確認する。

「撮れてないねえ」

 しょんぼり顔の桜井。しかし茅野の方は即座に切り替える。

「そうね。でもこれで、帰る訳にはいかなくなったわ」

「そだね」

 二人は再び校門の方へ向かって歩き出した。




「ほら、こい! くるんだ……駄々をこねるな! 今日はみんなで語り明かそう……な?」

 源に無理やり体育館の入り口の方へ引っ張られる滝川。

 その入り口の脇には、源の言葉にあったようなウェルカムボードなど見当たらない。

 滝川は抵抗虚しく体育館の中に連れ込まれてしまう。

 すると扉口の向こうから射し込んでいた目映い明かりが消え失せる。

 薄暗くほこりっぽい体育館がそこにあるだけだった。

 しかし、そこかしこから話し声が聞こえてくる。

 お前は変わった変わってないだの……太った、もう歳だ……結婚した、しない……嫁がどうこう、旦那が子供がどうしたこうした……あの頃はこうだった、ああだった……。

 そして、楽しそうな三年A組の笑い声……。

 滝川は恐怖のあまり膝を震わせる。

 悪夢やフィクションなどではない。

 この空間には、死んだはずの三年A組の面々がいるのだと確信した。

 源が滝川の背後に周り、口元のギャグボールを外して彼女の背中を、とん、と押した。

「ほうら……ここに並んでいる料理はすべてが地場産の食材を使った逸品だ。故郷ふるさとの味だぞ? 滝川……」

 何もない薄汚れた空間を見渡しながらゲタゲタと笑う源。

 その狂人のような彼を見て滝川は思い出す。

 彼はいつもそうだった。

 口を吐いて出るのは『団結』や『仲間』といった、見せかけだけの中身のない言葉ばかり。

 生徒の事など、ろくに見ようとしないし、知ろうともしない。

 三年生のとき、グラウンドで不気味な人影を見たときも、そうだった。

 頭ごなしに嘘と決めつけ、彼は信じようとしなかった。

 でも、落胆らくたんはしなかった。

 なぜなら滝川は、源がそういう人間である事を理解していたからだ。

 あの一件で田仲らの制裁が最も苛烈だった頃だった。

 学校を休みがちになっていた滝川は、ある日の放課後に職員室へ呼び出された。

 事情を聞かれたら何と答えようか。正直に言うべきか。それとも何もない振りをするべきか。

 いずれにせよ、養父母には迷惑をかけたくない。彼らへ話がいかないようにしなくてはならない……。

 しかし、源の応対は、そんな事に悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えるほどに酷いものだった。

 まず源は開口一番に『最近だらけている』と滝川を叱責しっせきし『何か悩み事があるならクラスの仲間に相談すればいい』などとのたまい始めた。

 何と言ったらよいのか解らずに閉口していると、なぜか協調性のなさを責められ『もっと他人に心を開け』と言い出した。

 更に源は『お前の家庭の事情が色々と複雑なのは解るが……』などと前置きして何かよく解らない事を言い始めた。

 滝川は、こいつには何を言っても無駄なのだと早々に諦めた。

 念仏を聞き流す馬のように、その不愉快な時間をじっと耐えた。

 そのときから源邦一は何一つ変わっていない。

「……ほら、どうした? そんな顔をして」

 真顔で首を傾げる源。

「滝川……お前と、田仲が色々とあったのは知っている。でもな? いつまでもそんな事・・・・にこだわっていてどうする?」

 源は再び薄暗いだけの体育館を見渡して両手を広げる。

「なあ、滝川……田仲も仲直り・・・したがっている。クラスの仲間たちも、お前の事を誇りに思っている……」

 何もない空間から、滝川を呼ぶ声が次々と聞こえてくる。

 それを耳にしているうちに、どういう訳か恐怖が収まってゆくのを感じた。

 なぜなら滝川は理解できたからだ。

 三年A組の面々は本当に後悔しているのだ。未だに、あのときの行いを……。

 しかし、それは幼稚だった中学生の頃の自分の行いを悔いているのではない。

 人気女優である・・・・・・・SAKURAに・・・・・・酷い仕打ちをして・・・・・・・・しまった事を・・・・・・後悔している・・・・・・だけなのだ・・・・・

 腹の底から激しい怒りが沸きあがる。

「いい加減、心を開くんだ、滝川。俺たちは三年A組の仲間・・だろう?」

 その言葉を源が言い終わる前だった。

 滝川は力の限り叫んだ。


「黙れ!!」


 辺りが静まり返る。

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