【05】三年A組全員集合


 源邦一がハンドルを握るワンボックスカーは、国道をまっすぐ進むと山沿いの地域へと入る。

 そこは遠い昔、本来の“柿倉”だった場所であったが、その面影は残されていない。

 くぬぎ小楢こならの林や空き地、今はもう使われていない家畜小屋や工場跡、建築会社の資材置き場、寺や墓地などがあるばかりだった。

 そんな寂れた風景の中を進むと、山の斜面を背に建つその建物が見えてくる。

 二メートル以上あるフェンスに囲まれた広い敷地。

 その赤煉瓦あかれんがの門柱の表札には『柿倉東中学校』とある。

 しかし、その門柱の前には大きな看板があり、ニコニコと微笑む家族のイラストと共に『柿倉いきいきの里』と温かみのあるフォントで記されていた。

 源はいったん車を降りると、門を塞いでいた工事用のフェンスをどかしてから、敷地内へと乗り入れる。

 それから、かつては木造校舎の生徒玄関前だった場所に車を停めた。

 源は運転席を降りて懐かしそうに目を細める。

 そして、運転席のサイドボードからスタンガンを取り出すと後部座席の扉を開ける。

「ほら。早く降りるんだ!」

 そこにいたのは、足首と両手を手錠で拘束された滝川さくらであった。

 トレーニングウェアを着ており、頭には血の滲んだ包帯を巻いていた。

 滝川は、必死に両足をばたつかせて抵抗する。

 悲鳴をあげようとするが、口はギャグボールで塞がれており、「んーっ、んーっ!」といううめき声が漏れるのみであった。

「暴れるな……大人しくしろっ! そういうところだぞ! お前は昔から協調性に欠ける。いくつになっても子供だな!」

 源は滝川の左脇腹にスタンガンを押し当てる。バチリと弾けた音がして、彼女の身体が硬直して仰け反る。

 滝川の動きが止まったのを見計らい、源は背もたれに回した彼女の腰のロープをほどいた。

 それから左手で滝川の髪を鷲掴みにすると、乱暴に車中から引きずりおろす。

「今は、体罰だとか何だとか……いちいち五月蝿うるさく言われるが、これは思いやりなんだ。お前でも、それぐらいは解るよな? 滝川」

 源はジャンパーのポケットから、鍵を取り出し足首の手錠を外した。

「ほらっ。立つんだ! 滝川。みんながお前を待ってるんだぞ? 先生まで遅刻させるつもりか?」

 そう言って、滝川の右腕を掴んで無理矢理立たせた。

 そのまま歩き始める。

「今、校舎の方は・・・・・使えない・・・・らしいんだ・・・・・。今回の会場は体育館だ。ほら、行くぞ?」

 滝川は諦めた様子でうなだれて肩を落とす。

「うっ、う」とむせび泣き始めた。

 それを見た源は血走った目を大きく見開き、狂気染みた笑顔を浮かべた。

「そうか、そうか……お前もやっぱり嬉しいか。みんなと会えるのが……感動して泣いているんだよな?」

 滝川が長い髪をぶんぶんと振り乱しながら首を横に動かす。

 源は気に止めた様子もなく、滔々とうとうと語り続ける。

「都会の暮らしは疲れるだろう。お前、頑張ってるもんな、滝川。芸能界は色々とあって大変だろう? お前が頑張ってるの、先生はいつも見守っているんだぞ? でもな、今日ぐらいは羽根を伸ばそう。昔の仲間たちと、語り明かそう。あの頃みたいに、みんなで肩を組んで笑い合うんだよ滝川」

 源がゲラゲラと笑う。灰色の空を見あげながら笑い続ける。

 そして二人は、体育館の前までやってきた。

「ほらみろ。あのウェルカムボード。田仲たちが一生懸命作ったんだ! あははは……開催日が今日になったのも、お前の休みに合わせたんだんだぞ? みんな、お前に会いたがっている」

 源がそう言った直後だった。

 石段の短いステップを上がった先にある堅く閉ざされていた二枚の引き戸が、勢いよく開いた。

 すると、その瞬間、目映い明かりが扉口の向こうから射し込み、クラッカーの弾ける音が鳴り響く。

 そして……。


「お帰り、滝川さん!」


 開かれた扉の向こうには、たくさんの人影があった。

 みんな、少しだけあの頃より歳を取り、年齢相応に着飾ってはいるが、その面差しは変わらない。

 三年A組の面々だった。

 多島渥美が笑っていた。

 藤盛恭二が笑っていた。

 武元淳子が笑っていた。

 田仲麗佳が笑っていた。

 自分を除いた三十六名が笑っていた。

 その光景を見て、滝川は恐怖に満たされた双眸そうぼうを大きく見開いた。




 二〇二〇年二月九日の早朝だった。

 東京都某所のマンションの一室で、滝川さくらは目を覚ますと、トレーニングウェアに着替えストレッチを済ませる。

 髪をまとめ、キャップを目深に被るとサングラスをして部屋を後にする。

 エレベーターで一階まで降りるとエントランスホールを小走りで横切った。

 この後、滝川は近くの公園へジョギングをしに行くつもりだった。

 彼女は仕事の入りが遅いときや休日には、必ず一走りして汗をかくのが習慣となっていた。

 この日も、いつも通り、マンションの玄関から駆け出し、軽快なリズムで息を吐き出す。

 そして、マンションの敷地の門から外に出て、左側の路地を進む。すると前方の沿道に停車してあったワンボックスカーの運転席の扉が突然開いた。

 滝川はびっくりして立ち止まる。

 すると、中から降りてきた男が金属バットを振りあげて襲いかかってきた。

 滝川は悲鳴をあげる間もなく頭部を殴られて路上に倒れ込む。

「滝川……迎えにきてやったぞ」

 その自分を殴った男が、中学校の担任である源邦一であったと気がつく前に彼女は意識を失った。

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