【04】報せる者
桜井と茅野は、人喰い忌田の場所と、物乞いの霊が目撃されたという地滑りの現場を教えてもらい九段宅をあとにする。
九段は帰り際に「いつでも遊びにきなさい」と、にこやかな顔をしていた。
九段宅を離れ、再び農家がまばらに建ち並ぶ路地を歩く二人。
人喰い忌田は、この住宅街を抜けた先にある県道を、海沿いの峠の方へまっすぐ進んだ先にあるのだという。
「それにしても、その変な杖を持った物乞いは、いったい何なんだろうね。そもそも、何で田んぼを耕すのを邪魔しようとしたのかな?」
桜井の投げかけた問いに、茅野は指を顎に当てて、しばし思案する。
「……もしかすると、物乞いの祟りで凶事が起こっているのではなく凶事が起こるから、物乞いが現れるのかもしれないわね」
「どゆこと……?」
「物乞いは知っていたって事よ。田んぼが底無し沼になる事を」
「えっ。じゃあ田んぼが底無し沼になったのは、物乞いの祟りじゃないって事?」
「そうね」と、茅野は首肯する。
桜井が、よりいっそう困惑した様子で眉間にしわを寄せた。
「じゃあ、何で田んぼは底無し沼になっちゃったの?」
桜井の問いに茅野は即答する。
「恐らく“シンクホール”ね」
「しんく……ほーる?」
「地下で空洞が発達して、地面が崩落して出来る大きな穴の事よ。地下にある岩石や空間なんかが地下水によって浸食されたり、化学反応で溶けたりして、ある日突然大きな穴となって地表に現れる。日本語では
「ふうん」と、桜井はいつもの気の抜けた相づちを打った。
二人の足は集落の路地を抜けて国道に差しかかる。
白いガードレールに挟まれた道が、広大な田園地帯を割って延びて、遥か遠くの山の
この道をゆくと、左手に人喰い忌田が見えてくるのだという。
「……あの男、おかしな杖を持っていたでしょう?」
「ああ、うん。あの振り子のついた……」
「あの振り子は、ダウジングのペンデュラムなのかもしれないわ」
「ダウジング……」
桜井が視線を斜め上に向けて記憶を探る。
「あのいんちき臭いやつ?」
「九尾先生に怒られるわよ」
茅野は桜井のあんまりな言い種に苦笑する。
「原理は解明されていないのだけれど、ダウジングは地下水や金属の鉱脈を探すのに昔から使われてた由緒あるテクニックよ。ベトナム戦争時にアメリカ軍が地雷探知に使い、一定の効果をあげた事は有名ね。日本でも空海がダウジングらしき技術で水脈を探り当て、井戸を掘ったという伝説が残っているわ」
「それは、なかなか大したものだね」
桜井が感心した様子で、何だか偉そうに頷く。
「その物乞いが何者かは知りようがないけれど、高い精度のダウジング技術を持っていたのではないかしら? 恐らく地下鉱脈を探り当てる
「それで、田んぼの下に大きな穴がある事に気がついたんだね?」
桜井の言葉に頷く茅野。
「そうよ。それで物乞いは、恩のある百姓夫婦にその事を知らせようとしたけれど、
「だから、百姓夫婦を助けようと思って、田んぼに居座り農作業を邪魔しようとしたんだね」
「そうよ。梨沙さん。百点満点よ」
「わーい!」
と、両手をあげて喜ぶ桜井。
そんな彼女たちの頭上を鴨の群れが通り過ぎる。
「……でも、もしそうなら悲しい話だね。“人喰い忌田”って」
桜井が眉を八の字にして言った。
「もちろん、私の推測が本当に当たっているのかどうかは確かめようがないのだけれど。でも、真実ならば、その物乞いの霊は、忌み嫌われ怖れられながらも、未だに柿倉一帯の人々に災害の発生を警告し続けている事になるわ」
「
「……そもそも、この“柿倉”という地名なんだけれど」
「それにも、何か意味があるの?」
「ええ。実は、土地によっては、その場所で多い災害の名前が地名の由来になっている事があるの。昔の人々は、後世への警告の意味を込めたのね」
「ふうん……じゃあ“柿倉”はどんな災害が由来なの?」
「“柿”は
「ああ。言ってたねえ……」
桜井は九段の言葉を思い出して両手を打ち合わせた。
茅野の解説は更に続く。
「……そして、倉や鞍、暗などの漢字が当てられた地名は、そのものずばり崖崩れが多かった事を意味しているわ」
「なるほど。それで柿倉か」
「つまり、元々、この柿倉の山沿いでは崖崩れや地滑りなんかの災害が多かったのではないかしら?」
「もしかして、だから湿地を干拓して、柿倉の中心を山沿いの東側から西側に移したとか」
「いつにも増して、冴えているわね。梨沙さん」
「わーい!」
無邪気に喜ぶ桜井。そして、茅野は右手の人差し指を振り動かしながら話を結ぶ。
「人喰い忌田の物乞いの霊は、死を予兆するイギリスのバンシーや凶事の前触れであるバーゲスト……かつて、アメリカのウェストバージニア州プレザンポイントにて、シルバー橋の
そうして、遠くに見えていた山の麓が、ずいぶん近くになってきた頃だった。道路の左手に何かが見えてくる。
「あれじゃない?」
桜井が指を指す。
二人は人喰い忌田へと辿り着いた。
人喰い忌田は、道の左手……ガードレールのすぐ向こう側にあった。
横長の長方形で、体育館一面分の大きさはありそうな沼地だった。
周囲はいたって普通の田園地帯が広がっており、明らかにミスマッチである。ゆえに、そこが特別な場所である事が一目で見て取れた。
その沼地の左側に石造りの祠がある。風化して苔むしており、沼地を背にしていた。
「あれが、物乞いの霊を鎮めようとして意味のなかった地蔵堂か」
「いってみましょう」
二人は近くにあったガードレールの切れ目から、人喰い忌田の
地蔵堂の中を
茅野は肩にかけたデシタル一眼カメラで、地蔵堂を撮影し始める。
桜井はネックストラップで吊るしたスマホで、太陽光に煌めく沼の水面を撮影しながら溜め息を一つ。
「案外、普通だねえ……」
そのとき、ガードレール向こう側の車道をスモーク硝子のワンボックスカーが通り抜けた。
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