【14】後日譚


 二〇二〇年五月二十四日。 

 テレビの画面に映し出されているのは、十九時のニュースだった。どこかの薄暗いマンションのエントランスから、女が警官に連れられて姿を現す。

 ふくよかな体型で、目が泳いでいるように見える。うっすらと何もかもを諦めたかのような微笑みを浮かべていた。

 遠野瑞江である。

 その画面にリモコンを向けると、九尾天全は電源スイッチを切った。

 そして目の前にある胡桃ウォルナットの座卓の上に置かれたノートパソコンへと目線を移して語りかける。

「畠野さんに確認したのだけれど、彼女が鎌田絵美を名乗っていた女性らしいわ」

 パソコンの画面には桜井と茅野の姿が映し出されている。

 この日は三人で例の一件を振り返りながら、リモート食事会をする事になっていた。

 それぞれ、三人の目の前には食べ物と飲み物が並んでいる。

 もちろん女子高生の二人はソフトドリンクである。

 桜井はペットボトルのほうじ茶。

 茅野はお馴染みのドクターペッパー。

 そして今日の九尾は純米大吟醸“鳴門鯛”のアマビエラベルであった。

『まあ、取り合えず、乾杯しようよ。お腹空いちゃってさあ』

 桜井がペットボトルのキャップを捻った。

『そうね』と、ドクターペッパーのリングプルに指をかける茅野。

 そして九尾が切り子のグラスに日本酒をそそぐ。各々、飲み物をウェブカメラに向かって掲げた。

「それじゃ、病禍の終息を祈って……乾杯」

 九尾が音頭を取り、宴が始まった。




 あの畠野のリモート心霊相談のあとだった。

 九尾は桃田の所在を詳しく占うと、奥多摩の山中を指していた。

 タロットの結果から、彼女がろくでもない事態におちいっている事は明白だったので、急いで穂村一樹に連絡を取り、事の次第を詳しく報告した。

 穂村も事態を重く見て、九尾と共に占いが指し示した場所へと向かう。

 すると山林に広がる草むらの地中五十センチ程度の場所から、発泡スチロールの箱を発見する。

 中には腐乱した女性の頭部が入っていた。

 桃田愛美のものである。

 更に付近から、ビニール袋や段ボール箱に梱包された彼女の身体の一部が次々と発見された。

 その後、被害者の交遊関係及び目撃証言などから、あっさりと遠野瑞江の存在が浮かびあがった。

「どうも彼女は、畠野さんがあの団地へ行った翌日の深夜に桃田のアパートへ向かい彼女を殺害。そのまま遺体を切断したのちに、車で奥多摩へと向かったみたいね」

『でも、何で仲間割れしちゃったんだろうね?』

 そう言って、カルビ弁当を、もしゃもしゃと食べ始める桜井。茅野の方はレバニラ弁当に箸をつけ始めていた。

 因みに、どちらも“焼肉はやみ”のテイクアウトメニューである。

「その辺りはまだ何とも」

 一方の九尾は、宅配で頼んだ塩の鶏皮串を頬張る。咀嚼そしゃくして、切り子のグラスを唇につけて傾けた。爽やかな吟醸香ぎんじょうこうが鶏肉の油を喉の奥へと押し流す。同時に酒気が鼻から抜けた。

「ただ、遠野瑞江は、桃田愛美を人でなしの悪魔だと……それから、殺さなければ自分がられていたとか何とか……」

 穂村の話では、ずいぶんと錯乱しており取り調べは難航しているらしかった。

『まあ、今となってはどうでもいいわ。屑共の仲間割れの理由なんて、程度が知れてるもの』

『それも、そだね。それより、あたしたちのスポット探索が善良な市民の命を救った……この事実の方が大切だよ』

 二人の言葉に九尾は頷く。

「そうね。本当に畠野さんは幸運だったと思うわ」

 彼はあの団地で桜井と茅野に出会う事がなければ確実に死んでいたのだ。

 そして、もしも犯人の二人が仲間割れを起こしていなければ、別な方法で殺されていたかもしれない。

 彼の首には生命保険という賞金が掛かっていたのだから……。

 すぐに解約したと彼は言っていたが、タイミング次第では最悪の事態も有り得ただろう。

『人間って、怖いねえ』

 桜井はまったく怖くなさそうにそう言ったあと、ごくごくとペットボトルのほうじ茶を飲んだ。

「それはそうと……」

 ここで九尾は話題の転換をはかる。

『何かしら?』

『何? センセ』

 きょとんとした表情で首を傾げる二人。

 九尾は真面目な顔で問い質す。

「あなたたち、学校が休みなのをいい事に、心霊スポットに行ったりしてないでしょうね?」

 二人は同時に首を振る。

『流石の私たちだって分別はあるわ』

『ディスタンスは守っているよ』

「そう。それならいいんだけど……でも、あなたたちの事だから、退屈で我慢できなくなってるんじゃないかなって」

『おうち時間も楽しいものだよ、センセ』

『最近は、TRPGで“バーチャル心霊スポット探訪”が流行ってるわ』

『循のシナリオは油断しているとすぐに死ぬんだ』

「そう……」

 九尾は画面を見ながら目を細める。

 この二人はきっと例え世界が滅びたとしても、笑っていられる事だろう。

 それは、とてもうらやましくて、そんな彼女たちと言葉を交わしていると、出口の見えない鬱々とした毎日に、ほんの少しだけ明るい光が射したような気がした。




『でも自粛期間が開けたら、スポットに行きまくってやるけどね』

『ええ。実はいくつか候補地をあげてあるわ。けっこう、調べてみるとまだ近くにもいわくつきの土地ってあるみたいなのよ……』

『いいねえ』

 楽しげに笑う二人に、九尾は眉を釣りあげる。

「あのね、あなたたちねえ……」


 こうして、かしましい三人の宴は夜更けまで続くのだった。






(了)

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