【11】贄


『つい最近、たまたまひまだったから郷土史を読みあさって県内の“忌み地”を調べていたの』

『循、そんなの調べてたんだ。……で、いみちって何?』

『不吉な云われのある古い土地の事よ』

『古いスポットの事だね?』

『まあ、そうね』

 その桜井と茅野のやり取りを耳にしながら、九尾は、またろくでもない事に興味を持ち始めたな……と、思ったが口を挟まずに黙って話の続きを聞く事にした。

『……それで、郷土のかなりマイナーな説話集にこんな話があったの』

 そこで茅野は共有画面に、あるテキストを表示させた。

 それは以下の通り。


 亨保六年頃。

 日照が続き松岡という村で田や井戸が干あがった。

 困り果てた村人は近くの山に住む祈祷師を頼り助言を求めた。

 すると祈祷師は云う。


 “この年に産まれた赤子をすべて村のいちばん高い場所に捧げよ”


 助言の通り村の外れの丘にある松の木に赤子をくくると南西より黒雲が訪れ雨が降った。

 村人は喜んだが後に松岡では不可解な人死にが相次いだ。

 村人が丘の上の松を切り倒すと人死には起こらなくなった。


 (越後えちご古今ここん奇談集きだんしゅうより)



「……これは、もしかして……」

 九尾の言葉に茅野はゆっくりと頷く。

『まだ詳しくは調べていないから、何ともいえないけれど、この“松岡”という村が今の一本松で間違いないでしょうね。そして、亨保六年は一七二一年。つまり雨乞いの為に松の樹に縊られた赤子はかのと生まれという事になる』

『でも首に縄をつけて木に縊るなんていうと、てるてる坊主みたいだよね。逆に晴れそうだけど』

 その桜井のもっともな指摘に答えたのは九尾であった。

「……十干は二つ一組、それぞれ木、火、土、金、水の五つに分けられるの。ちょっと、待って……」

 そう言って、共有画面のホワイトボード機能で書き込み始める――


 きのえ(木の陽)

 きのと(木の陰)

 ひのえ(火の陽)

 ひのと(火の陰)

 つちのえ(土の陽)

 つちのと(土の陰)

 かのえ(金の陽)

 かのと(金の陰)

 みずのえ(水の陽)

 みずのと(水の陰)


「……木が燃えて火が起こり灰が生まれ土になる。土が山となり、山から金が生まれ、金が水となる。水によって木が育つ。陽が生まれ陰が起こり、その陰から新たな属性の陽が生まれる……という風に、この五つの属性は循環しているの」

『でもセンセ』

 そこで桜井が口を挟む。

『金が水になるって、どゆこと? そこだけテキトーぽくない?』

「わ、わたしもよく知らないけれど、古代中国ではそういう事になっていたのよ!」

 焦る九尾に、茅野が助け船を入れる。

『金属の表面に凝結ぎょうけつした水滴が浮かぶ事があるでしょう? あれを見た昔の人は“金からは水が生まれる”と思ったらしいわ』

『ふうん……昔の人は想像力があるねえ』

 と、納得する桜井。そして九尾が話を再開する。

「兎も角、金の陰属性である辛からは水が生まれるという事。だから、この松岡という村で行われたのは、辛生まれの赤子を天に返して、その見返りに水を得る呪術だったのではないかしら?」

『先生の解釈で間違いないと思うわ』

 茅野は満足げな様子で首肯する。

 しかし、九尾はそんな呪術は耳にした事がなかった。

 恐らく今は失伝してしまった左道派の術、もしくは外法の一種である事は間違いないのだが……。

『いずれにせよ、凄く大がかりで邪悪な術法ね。これは……』

 そこで、画面の向こうの桜井が、腕組みをしながら言った。

『それにしても、この“不可解な人死に”ていうのが、気になるねえ。もしかして、辛生まれの村人が、この松の木で首を吊り始めたとか?』

『恐らく、そうでしょうね』

 と、茅野が同意する。

 ここで、黙って話を聞いていた畠野が声をあげる。

『……でも、そんな十八世紀の因縁が何で三百年近いあとの現代に甦ったのでしょう?』

『甦った訳ではないと思うわ』

 茅野の言葉に桜井は首を傾げる。

『どゆこと?』

『恐らく、呪いは当初“辛生まれの者が丘の上の松に近づくと首を吊ってしまう”というものだった。でも昔話の最後で松の木は切り倒され、首を吊る場所が・・・・・・・なくなってしまった・・・・・・・・・。しかし、それで呪いは消滅した訳ではなく、ずっとあの地に存在し続けていた』

「ああ……」

 九尾には、何となく解った気がした。

「そして現代になって、切り倒された・・・・・・松の代わり・・・・・となるものが・・・・・・あの土地・・・・に建てられた・・・・・・

 茅野はその端正な口元を微笑みに歪める。

『そうよ、先生。その松の代わり・・・・・・・となるものが・・・・・・あの一本松団地・・・・・・・のB棟だった・・・・・・

『あの団地は馬鹿でかい首吊り台だったんだねえ』

 桜井は極めて呑気な調子だったが、畠野はぞっとした様子で唇を戦慄わななかせていた。

『きっと、赤子を吊るした枝の位置や高さが、あのB222のベランダの手すりと同じところにあったのではないかしら?』

『そっ、それじゃあ、一九九九年まで犠牲者が出なかったのは……』

 その畠野の問い掛けに茅野は即答する。

『きっと偶然でしょうね。一九九九年に死んだ家族の前の住人はかなり長い間、あの部屋に住んでいたらしいし、それ以前も住民の入れ替わりは少なかったんじゃないのかしら? でも最初の自殺のあとに住民が途絶え、心霊スポットとなってしまった。それにより、逆に人を引き寄せてしまう事になった』

『あたしらのようなスポット目的の探索者をだね?』

『その通りよ、梨沙さん。そして、鎌田を名乗った人物は、この呪いの法則を、どういう訳か知っていた』

 ……と、ここで話は本筋に帰る。

 すると、畠野が脅えた表情で言った。

『でも、動機が解りませんよ。鎌田さんを名乗ったあの人とはどう考えても初対面でしたし……誰かに怨みを買った覚えなんか……』

『クレイジーサイコババアだったのかも』

 桜井が鹿爪らしい顔で言うと、畠野は『ひっ……』と悲鳴をあげた。

 そこで茅野が右手の人差し指を横に振り動かす。

『いいえ。話はもっと単純よ。あの鎌田という人は、畠野さんが・・・・・死んで得をする・・・・・・・人物とグルだった・・・・・・・・

『僕が死んで得をする人間……? そんな人って、本当にいるんですか?』

 畠野はまだ気がついていないようだ。

『なるほど……』

 桜井は、

『やっぱ、わからん』

 案の定だった。

 しかし、九尾は流石にもう気がついてしまった。

 畠野に訪ねて確認する。

「畠野さん」

『何でしょう……?』

「桃田さんから、生命保険に入るように勧められた事はありませんでしたか?」

『ええ。つき合い初めてすぐの頃に、マナちゃんの親戚が保険屋で、ノルマがきついので協力して欲しいと。資料と契約書を渡されて……』

 ここで『ああ……』と、桜井が頭を抱えた。今度は本当に気がついたようだ。

『掛け金も高額でしたし、もう解約しましたけど……』

 そこまで口にした畠野の表情が、ようやく凍りつく。

『まさか……』

 茅野が静かに頷いた。

『貴方が死んで得をする人物……それは、桃田愛美さんよ』

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