【10】恐るべき計画


『このUSB自体は、まったく無意味なものよ』

 茅野の言葉に戸惑いを見せたのは畠野であった。

『えっ……それなら、鎌田さん……を名乗った人物の目的はいったい……』

『貴方を一本松団地のあの部屋へと行かせる。それ自体・・・・が目的だった・・・・・・としたら・・・・?』

 そこでキリッとした顔で声をあげたのは桜井であった。

『なるほどね……』

 しかし、二秒ぐらいでしょんぼりと肩を落とす。

『嘘。やっぱ、わからん。どゆことなの? 循』

 画面の向こうの茅野が人差し指を立てる。

『鎌田なる人物の本来の目的は、畠野さんをB222のベランダに向かわせる事だった。そして彼女は、あのベランダに足を踏み入れた畠野さんが、霊障によって自らの意思とは無関係に首を吊るであろう事を知っていた』

『えっ、え……ちょっと、待ってください』

 畠野が慌て出す。

『じゃあ、あの偽物の鎌田さんは、僕を殺すつもりだったという事ですか!?』

『間違いないわ』

 茅野が断言すると、畠野は呆然とした表情で『どうして、そんな……』と呟く。

 すると、そこで桜井が『はい!』と元気よく挙手した。

『何かしら? 梨沙さん』

『でも、あたしと循も、あのあと部屋に入ったけど何ともなかったよね?』

『B222をくまなく調査したけれど、私たちには特に何も起きなかった。少なくとも、あれから今にいたるまで首を吊りたいだなんて、欠片も思った事はないわ』

『そうそう。あのスポットは、割りと期待外れだったんだよね。何でおじさんは首を吊ろうとして、あたしたちは平気だったの?』

 その二人のやり取りを見ながら、九尾は得心した様子で頷く。

「何かの条件があるのね……」

 自殺者や事故死者の霊は、死に場所にとどまり、自分と同じ死因で生者を殺そうとする。

 そういった傾向がある事は、霊能者である九尾にとって、よく知ったものであった。

 そして標的として選ばれるのは基本的に、その死に場所へと足を踏み入れた者になるのだが、ここに更なる条件がつく場合がある。

 例えば特定の性別や、何か特定の言動をなした者など……。

「その条件は、いったい何なの……? 循ちゃん」

 そこで茅野が盛大な溜め息を吐いた。

 桜井もなぜか呆れ顔であった。

「えっ……何? どうしたの?」

 真顔で首を傾げる九尾。

 すると、画面に映る茅野の目つきが、残念な何かを見るときのものになる。

『先生……』

「だ、から何よ?」

『本職なのだから素人の私を頼ってばかりいないで、もう少し自分で考えてみてはどうかしら?』

『そういうところだぞ! 九尾センセ』

 桜井も眉を釣りあげる。

「あはは……いや、その……」

 もっともな指摘に言葉に詰まらせながら、九尾は畠野の様子をうかがう。すると、彼もいぶかしげな表情をしていた。


 ……これは不味い。


 本職としての沽券こけんに関わる。そう感じた九

尾のこめかみから冷たい汗がしたたる。

「いや、その……ほら、現地に行った二人に聞いた方がてっとり早いし……効率的でしょ? ね? じ、時短よ、時短!」

 はあ……と、桜井が馬鹿でかい溜め息を吐いて、畠野に向かって言う。

『おじさん、この人、これでも、けっこう有能だから……』

『……わ、解りました』

 などと、苦笑しながら頷く畠野。

 そこで九尾は、強引に話を元に戻す。

「そっ、それで、けっきょく、被害者の条件は何なのよ?」

『仕方がないわね……』

 茅野が本当にどうしようもなさそうに語り始める。

『まず、あの一本松団地では過去に六件の自殺が発生していて、九人が亡くなっているわ』

 そこで茅野はホワイトボード機能を使って、共有画面に過去の自殺者の簡単な略歴を書き込んでゆく。

 それは以下の通り。


 1・1999年……当時、共に28歳の夫婦とその8歳の子供。


 2・2006年……当時15歳の高校生男子。


 3・2007年……26歳の会社員と十六歳のカップル。


 4・2014年……33歳元暴力団組員の男性。


 5・2014年……43歳の飲食店経営者。


 6・2017年……36歳の実業家。


『そして、この九名の自殺者と畠野さんには共通点があるわ』

『共通点……僕と、自殺者に……』

 ピンときていない様子の畠野に茅野がたずねる。

『畠野さんは今年で三十九歳、生年月日は一九八一年七月二十五日。間違いないわよね?』

『ええ。そうです。でも……あれ? 生年月日は言いましたっけ、……そもそも、最初、名乗る前に僕の事を畠野さんって……』

 免許を見られていた事を知らない畠野を無視して、茅野は続ける。

『畠野さんと自殺者全員の共通点……それは、かのと生まれであるという事よ』

 そこで桜井が首を傾げた。

『かの……と……?』

『辛は十干じゅっかんの一つね。十干というのは古代中国で考えられ、日本に伝えられた十個の属性の事よ。暦の表記や占いなどに用いられるわ』

 桜井はいつも通りの調子で『ふうん』と返事をした。

 更に茅野の解説は続く。

『……生まれた年がどの十干に当たるかは、西暦の下一桁によって変わる。八人と畠野さんの生年の下一桁は全て一。つまり全員が辛生まれなの』

『あたしの十干は何なの?』

 と、桜井がワクワクした顔で話を脱線させる。

『梨沙さんは二〇〇二年生まれだから、水の陽属性ようぞくせいにあたるみずのえ。私はその次の水の陰属性いんぞくせいみずのとよ。因みに辛は金の陰属性ね』

『水属性なんだ……』

 なぜか不満そうな顔をする桜井だった。

 そこで九尾が逸れた話を軌道修正する。

「兎も角、呪いの発動条件は解ったわ。辛生まれの人が、B222に立ち入る事……」

『ええ。もっと細かく言えば、辛生まれの者がベランダに立ち入る事じゃないかしら? その導線が、このUSBだったのよ』

『だから、鎌田さんは、僕にあんな事を……』

 “USBを必ずベランダから落とす”

 自らに向けられた指示の一つ一つが、すべて死へと至る道筋であった……畠野は怖気おぞけのあまり、表情を曇らせる。

『あたしたちがスポット探索にいかなければ、完全犯罪か……』

 ぞっとしない表情で呟く桜井。そして茅野が淡々と話を続ける。

『絶対に罪に問われる事がない。そして、この呪いは条件を満たした者を確実に死に至らしめる事ができる。そうでなかったら、わざわざこんな回りくどい方法で人を殺そうだなんてするはずがないもの』

「でも何で、そんな強力な呪いが、あの団地に……」

 九尾は首を傾げる。

 範囲や条件はかなり限定的だ。しかし、触れた者は確実に死に至る……茅野の見立て通り、相当強力な呪いである。しかし、そんな強力な呪いが生まれるには、当然ながら相応の元凶がなければならない。

『それに関しては、あの一本松団地の建っている土地の因縁が関係しているようよ』

「土地の因縁……?」

 九尾は眉をひそめて茅野の言葉を待った。

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