【06】妖怪案件

 

 二〇二〇年二月一日であった。

 桜井梨沙と茅野循の二人は電車に乗って赤牟市あかむしを目指していた。

 心霊スポット探訪である。

 閑散とした一両編成のワンマンカーの中ほどにある四人掛けの席に座り、取りとめもない話題に興じる二人。

 そして、流れゆく車窓が、田園風景から山間部に生い茂った木立の帯へと、移り変わった頃だった。桜井が話を切り出す。

「そういえば、今回はどんなスポットなの?」

 すると茅野が嬉しそうな顔で語り始める。

「今回は赤牟北東の山間にある団地の廃墟よ。一本松団地跡。通称“自殺団地”」

「むむ……あたしの推理によると、そこではかつて自殺があった!」

「まあ、そうなんだけど」

 鹿爪らしい顔で解りきった事を宣う桜井に苦笑を返して、茅野は話を続ける。

「その団地で最初に自殺があったのが一九九九年ね」

「最初に? 自殺は一回だけじゃなかったの?」

「そうね。最初は当時二十八歳の夫婦と、八歳の子供。次が二〇〇六年。当時十五歳だった高校一年生の男子」

「うへえ……まだ若いのに」

 桜井は顔をしかめる。

「……そして、次が翌年。二十六歳の社会人と高校一年生のカップル。その次が七年後の二〇一四年よ。この年は二件。七月に三十三歳の元暴力団組員、九月に四十三歳の飲食店店長。いちばん最近は二〇一七年、三十六歳の実業家ね。十八年間で六件。計九人の死者がその団地では出ている」

 と、茅野がネットで調べた情報を披露ひろうすると、桜井は「ふうん」とぼんやりした調子の声をあげた。

「因みに団地が廃墟と化したのは二〇〇〇年付近らしいわ。最初に自殺した家族三人が、B棟の222号室のベランダの手すりに紐をかけて首を吊ったんだけど、このとき、その死体を団地の住人のほとんどが目撃してしまったみたい。そのお陰か退去者が相次ぎ、間もなく住民が途絶えたそうよ」

「SAN値チェックに失敗しちゃったんだねえ」

 桜井は覚えたてのゲーム用語を使って、納得した様子で頷く。

「ここからが、この場所の面白いところなんだけれど……」

 少しもったいつけた茅野の前振りに桜井は身を乗り出す。

「お、何?」

「以降の五件も全てが、B棟222で発生している。しかも全員同じ死に方よ。ベランダの手すりに紐を掛けて飛び降り、首を吊っている」

「うわお……その一九九九年に自殺した家族の怨霊の仕業なのかな?」

「どうかしらね。そもそも、その家族の自殺もちょっとおかしいもの」

「というと?」

 桜井が首を傾げる。

「だって、自殺したのが、そのB棟222号室に入居した直後だったそうよ。部屋に諸々の荷物を運びいれて、その日の夜だったらしいんだけど」

「ああ。確かに、これから引越しして新しいとこで暮らそうとしているのに、いきなり一家心中はおかしいよね」

 桜井の言葉に茅野は首肯する。

「更に次の二〇〇六年の一件も、死んだのは近くの河原にクラスメイトと一緒に遊びにきていた高校生だったらしいの。彼は一緒に肝試しに来ていた友人たちの目の前で首を吊ったそうよ」

「うわっ。見せられた方は、たまったものじゃないよねえ」

「まったくね。結局は動機もよく解らず、その男子生徒が自殺の真似をしようとふざけたところ、首に紐をかけたまま、誤ってベランダから転落してしまった事故という事になったらしいわ」

「まあ、クラスメイトと河原で『うぇーい!』しにきたタイミングでは自殺しないか」

 桜井がよくチャラい感じの人がやるポーズをしながら言った。対する茅野は淡々と突っ込む。

「『うぇーい!』してたかどうかは解らないけれど……」

「でも全員、同じ死に方というのも引っ掛かるねえ」

「そうね」

「その最初に自殺した家族の前は、どんな人が住んでいたの?」

「かなり長い間、老夫婦が住んでいたらしいわ。詳しくは調べていないから何とも言えないけど、この二人が自殺したという話は特にないわね。……オカルトサイトの情報だけれど二人とも病死みたい。赤牟市内の病院で亡くなっているという話よ」

「じゃあ、関係ないのか。どういう事なんだろうね。何が原因なのかな? この連続変死事件は……」

 桜井が両腕を組み合わせて唸る。

 茅野は思案顔を浮かべたあとで、その質問に答えた。

「まだはっきりしない部分も多いけれど、一つ思い当たるのは縊鬼くびれおにの伝承よ」

「くびれ……おに……?」

「生者を首吊り自殺に誘う妖怪よ。その正体は首吊り自殺で死んだ者の霊だと言われているのだけれど」

「今回は妖怪案件か。首をガードしないとだね……」

 桜井がしっかりと顎を引き、頭を抱えるようなポーズを取る。それを見た茅野はくすりと笑った。

「ただ、幕末の鈴木桃野すずきとうのの随筆“反古のうらがき”によれば、さっき言った通り、縊鬼は生者を首吊りに誘う妖怪であるとされているのだけれど、昭和、平成以降の妖怪関連の文献は、この縊鬼を水死者の霊だとしているの。憑かれると川に飛び込んで自殺したくなるらしいわ」

「水死者? 全然違うじゃん」

 桜井が目を丸くする。すると茅野は右手の人差し指を立てて振り動かした。

「それがそうでもないのよ。“反古うらがき”の縊鬼と、昭和、平成の縊鬼には“生者を特定の方法で自殺に誘う”という共通点があるわ」

「ああ……なるほど」

 桜井は得心した様子で手を打ち合わせる。

「じゃあ、縊鬼は“己の死に方と同じ死に方で生者を自殺させる自殺者の霊”っていう事なのかな」

「そうよ。その解釈で間違ってないわ。梨沙さん」

「確かに、自殺が多い名所ってあるもんねえ……富士の樹海とか。あと東尋坊とうじんぼうだっけ?」

「そうね。アメリカなんかだとサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジが有名よ」

「そういうところで起こる自殺も、縊鬼の仕業なのかな?」

「自殺の名所については、縊鬼の存在を持ち出さなくても“ウェルテル効果”で解釈可能ね」

「うぇるてる……こうか……?」

 聞きなれない言葉の登場に、桜井は首を捻る。すると茅野が得意気な顔で解説を始めた。

「ウェルテル効果は、マスメディアの行った自殺報道の後に自殺件数が増加する社会現象の事よ。人気のある芸能人が自殺したあとに後追い自殺する人が増えたりするでしょう?」

「ああ。うん それがウェルテル効果?」

「そうよ。そしてウェルテル効果の特徴としてあげられるのは、後追い自殺をする人たちは、元となった自殺を模倣もほうしようとするの」

「模倣……なるほど。同じ場所で自殺が相次ぐのは、その場所で発生した最初の自殺を真似してるからなんだね?」

「そうよ。梨沙さん。有名な事例だと一九〇三年に華厳滝けごんのたきに飛び降りた無名の一高生。そして一九三三年の三原山で火口に身を投げた女学生……どちらも当時の新聞で大きく取りあげられたあと、その場所で命を絶つ人があとを断たなかった。そして、華厳滝も三原山も後に自殺の名所として有名になった」

「ふうん」

「有名な高島平団地なんか、最初にあった自殺報道から三年間のうちに百三十三人もの人間が飛び降り自殺をするという事態にまで発展したの」

「ウェルテル効果って怖いねー」

 と、桜井はぜんぜん怖くなさそうに言った。

「でも、何で自殺の報道で死にたくなっちゃうのかな? あたしは芸能人が自殺したニュースを見ても死にたくはならないけど」

 桜井が、まったく訳が解らないといった様子で眉間にしわを寄せた。

 茅野も苦笑してかぶりを振る。

「私にも、さっぱり解らないのだけれど……例えば潜在的な自殺願望や悩みを抱えた人が、センセーショナルに報道された自殺のニュースを見たとして『自分が死んだら、こんなふうに騒いでくれるかもしれない』と少しだけ思えてしまうものなのかもしれないわ。報道では誰も故人を悪く言ったりしない。その生前の人柄を惜しみ、悲しんでくれる。有名人の訃報ならば尚更だわ……それなら『じゃあ、私も』なんて考えてしまうのかもしれない。報道によって自ら死を選ぶ行為が、社会に肯定されているように感じられるのではないかしら?」

「うーん」

 と、桜井はしばらく思案顔を浮かべきっぱりとした口調で言う。

「やっぱり、わからん」

「そうね。それでいいと思うわ」

 茅野は静かに微笑んで車窓に目線を移した。

 すると車内アナウンスが鳴り響き、電車は減速を始めた。

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