【08】白い影
ときおり、人の気配に反応した鴉の鳴き声と羽ばたきの音が、遥か頭上の闇から聞こえてくる。
羽田継美はその度に顔をしかめて、背筋を震わせた。
「……そういえばさあ」
桜井がおもむろに話を切りだした。
「友澤さんが餌付けしていた仔猫ちゃんは、どうなったんだろうね。結局……」
「大きさにもよりますけど、鴉が野良の仔猫ちゃんを襲ったりするのはよくありますからね……」
と、羽田が答えたところで、前方の明かりの中に鉄格子の門が浮かびあがる。
茅野がその門に近づき、デジタル一眼カメラのLEDライトで門扉を照らした。
「前にきた時は
両開きの扉は
それを見た羽田が安堵の溜め息を漏らす。
「ほっ、ほら。鍵が閉まってる。帰りましょうよ! ねっ、ね!?」
しかし……。
「開いたわ」
あっさりと開錠を終えた茅野が淡々と言った。
「西木先輩、何なんですか、これ!?」
羽田が唇を
「これが藤女子オカ研よ」
西木はそう言って、再び後輩の肩に手を置いた。
「それじゃあ、いくよ?」
桜井が門扉を押し開く――。
四人は門から建物の裏手に回った。
そこにあった裏口の扉も、あっさりと開錠する茅野。
桜井が扉を開いて先行する。逆手に握ったペンライトの光を真っ直ぐ延びた廊下の先に向けながら、慎重な足取りで進む。
その動きはあまりにもスムーズで、羽田の目には手慣れて思えた。
きっと、この二人はこれまでに何度も、こういった事を繰り返してきたのだろう……その事実を悟った羽田は、盛大に呆れながらも、西木のあとに続いて館の中に足を踏み入れる。
ようやく慣れてきたのか、少しだけ恐怖は薄れていた。
内部の様子はというと、外観から想像する以上に荒れ果てていた。
壁や天井は不気味な染みと
脚が取れて傾いだテーブルや、破れてスプリングが飛び出したソファーなどが、いくつか放置されているばかりだ。
そして特に何事もなく、四人は玄関ホールの隣にある大きな部屋に辿り着く。
その部屋は、かつて広々とした居間だったらしい。天井の中央には大きな穴が空いており、水が滴り落ち、床に大きな水溜まりができている。
その大穴を見あげながら桜井が言う。
「そういえば、髪の長い女の幽霊が出るんだよね? ここ」
「そういう噂ね……」
茅野が室内をカメラのレンズで舐め回しながら答える。
「それって、本当なのかなあ……?」
「……というと?」
「だって、鍵が閉まっていたら、館の中に入れないじゃん。それとも幽霊を見た人は、循みたいに鍵開けスキルでも持っていたのかな?」
「昔は鍵が掛かっていなかったんじゃないかしら? それで不審者が入り込んだりする事が多かったから、施錠するようになった。この荒れ具合だと、警備会社に頼んでまで防犯に気を使おうとも思えず、また取り壊すのも、お金が掛かって面倒臭かった」
「なるほど。臭いものには蓋をしろって訳だね?」
「そうね。だから、幽霊の目撃談は、この館が施錠される前のものなのではないのかしら」
そんな二人の会話に耳を傾けながら羽田は何気なく、玄関ホールへと続く開かれたままの扉口の方を見ようとした。
すると……。
「ひっ!」
思わずかすれた悲鳴をあげてしまう。
視界の隅に白い影が過ったような気がしたからだ。遠退きかけていた恐怖心が
「羽田ちゃん、どうしたの?」
西木の問いに、羽田は震える人差し指で扉口の向こうを差す。
「な、何か……今、あっちで何かが動いたような……白い影のようなものが」
四人のいる居間から見て、ホールの右側に玄関があり、その反対側に横向きの階段が見える。羽田の見た白い影は横向きの階段の裏側へと、すっと姿を消した。
羽田がそう説明すると……。
「いいね。盛りあがってきたね!」
桜井が、しゅっ、しゅっ、と薄暗がりの虚空へと向かってキレのよいワンツーを繰り出す。
「早速、行ってみましょう」
「らじゃー」
桜井は元気よく返事をすると、
デジタル一眼カメラを構えた茅野が後に続く。
羽田は当然ながら戸惑う。
「えっ、えっ。嘘じゃないですよ? 本当に、白い影が、すうっと……本当なんですよ?」
二人の様子があまりにも平然としていた為に、自分が嘘を吐いていると勘違いされているのでは……と思ったのだ。
羽田は真剣な調子で、真実である事を強調する。
「私、見ました。見間違いじゃないと思います。絶対に!」
「いや。別に疑ってないけど」
桜井が羽田の方を振り向いて、そっけなく言った。
羽田はますます困惑の色を深める。
「いやいや、だったら、何でそっちに行こうとするんですか? 本当に何かが、そこにいたんですよぉ」
「けっこうな事じゃない」
茅野が楽しそうに笑う。
「怖くないんですか? 何で!? もう帰りましょうよ……」
半泣きの彼女を見て、西木は苦笑する。
「
四人は玄関ホールへと足を踏み入れた。
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