【07】相違点と共通点


「……行方不明になった四日後に、第三の被害者の遺体が発見されたわ。友澤さんの遺体が見つかった防風林から、そう離れていない海水浴場の駐車場で」

 話をいったん区切り、茅野は紙コップに入った甘い珈琲を飲んだ。

 桜井はいつもの調子で「ふうん」と返事をし、タピオカミルクティーに刺したストローをくわえ、ずるずると音を立てる。

 そこは来津市と藤見市の境目に横たわる県道沿いにあるコンビニだった。

 二人は店舗前面の硝子張りに沿って置かれたカウンターのイートインに並んで座っていた。

 彼女たちは、いったん帰宅した後、このコンビニへと集まる事になっていた。因みに風見鶏の館までは、自転車で二十分ほどかかる。

 先に到着した桜井と茅野は、西木と羽田を待っている間、藤見少女連続誘拐殺人事件のおさらいをしていた。

 時刻の針は十八時を回ったところで、硝子張りの向こうの風景は冷え冷えとした暗闇に覆われている。

「何だか、思い出してきたよ……」

 と、桜井。

「……確か、第三の被害者の遺体にも、第二の被害者のヘアゴムがつけてあったんだっけ?」

「そうよ。そして第三の被害者の穿いていたタイツが持ち去られていた」

「うわっ。キモ……」

 桜井は渋い顔で己の両肩を抱いた。すると二人のスマホにメッセージが届く。西木からだった。

「今、羽田さんちを出たのか……」

「まだけっこう時間があるわね……」

 茅野が店内の時計を確認する。因みに帰宅に時間のかかる西木は家には帰らず、羽田の母から自転車を借りてこちらへ向かっているらしい。

「西木さん、面倒見がいいよね。そりゃ、あんな可愛い後輩になつかれる訳だ」

「何でも来期の写真部の部長は彼女らしいわよ」

「おお。それはおめでたいね。適任だ」

 と、桜井は茅野の言葉に得心した様子で頷き「ところでさあ……」と、話題を元に戻す。

「犯人は、何でわざわざ、一個前の被害者の物を新しい被害者の遺体につけたりしたんだろうね」

 茅野は駐車場を行き交うヘッドライトを眺めながら、桜井の問いに答える。

「犯罪学者の先生は、犯人の自己顕示欲のあらわれだと言っていたわね。芸術家のサインのような物だと……」

「その言い方だと、循は違うと思っていそうだね」

 桜井の指摘に茅野は頷く。

「そうね。私は違うと思うわ」

「じゃあ、何なのさ?」

「これは当時の報道でも、この事件の不可解な点として取りあげられていたけれど、第一の事件と、第二第三の事件には大きな相違点があるわ」

「なるほど、そういう事か……いや、嘘。わからん。何なの? その相違点って」

「それは、遺体の発見された状況よ」

「ん? どゆこと?」

 まだピンときていない様子の桜井が小首を傾げる。

「いいかしら。梨沙さん」

 茅野が解説を始める。

「第一の事件の時、大学生が目撃した犯人らしき男は、いったい何をしていたのかしら?」

「え……何って、死体を埋めようとしていたんでしょ?」

「そうね。ならば、第二の事件の被害者である寺川さんの遺体は、どういう状態で見つかったのかしら? それから、第三の事件の福島さんは?」

「第二の被害者は山道に放置されていた。それで、第三の被害者は海水浴場の駐車場に放置されていた……?」

 桜井はしばらく思案顔を浮かべ「あっ!」と声をあげる。どうやら気がついたようである。

第一の事件の時は・・・・・・・・死体を隠そうと・・・・・・・しているけど・・・・・・第二・・第三の事件は隠そう・・・・・・・・・としていない・・・・・・

「そうよ。梨沙さん。百点満点」

「うわーい!」

 桜井が両手をあげて喜んだ。

「私は、その防風林で死体を埋めていた人物と、第二第三の事件の犯人は別人だと思っているわ」

「確かに、言われてみれば、それがいちばん自然な解釈だよねえ」

「当時のマスコミや犯罪学者の先生は『第一の事件の時に、偶然にも死体を目撃されてしまった為、犯人は自己顕示欲に目覚めてしまった』なんて、随分とひねくれた解釈をしていたけれど……」

 茅野は苦笑して肩をすくめ、残っていた珈琲をすべて飲み干す。

「兎も角、犯人は第一の事件と第二の事件が同じ人物の犯行である事を強調しようとした……だから、前の被害者の遺留品を新しい被害者の遺体に身につけさせたのよ」

「えっ。じゃあ……」

 桜井の言葉に茅野が頷く。

つまり・・・第二・・第三の事件は・・・・・・第一の事件の時に・・・・・・・警察の捜査対象から・・・・・・・・・外れた人物の犯行・・・・・・・・である可能性が高い・・・・・・・・・

「なるほどー」と膝を打つ桜井。

 しかし、茅野は肩をすくめて自嘲気味に笑う。

「まあ、今のは当時のマスコミやネット情報などを材料に推察した根拠に乏しい私の妄想でしかないのだけれど」

「だけど、それなら、あの似顔絵の人は、循の言う犯人の条件に当てはまるよね」

「そこなのよね……」

 と、言って、茅野は椅子から腰を浮かせる。

「もう少し時間があるだろうし、二杯目の珈琲をもらってくるわ」

「んじゃ、あたしは雑誌を立ち読みしてよっと……」

 桜井が腰を浮かせる。

 その様子をレジの中から眺めていた店員がうっそりと溜め息を吐いた。


 ……それから、しばらくして羽田と西木がやってくる。

 四人はコンビニをあとにすると、夜の暗闇の中、自転車を駆り、白鈴地区にある風見鶏の館を目指した。




 ペダルとチェーンの音が闇夜に沈んだ農道を渡る。

 真冬なので、虫の音も蛙の鳴き声も聞こえない。しかし記録的な暖冬のお陰で、自転車のライトに浮かびあがる風景は秋の終わりであるかのようだった。

 ときおり、田んぼの向こうの遥か遠くから、車や電車の走行音が冷たい風に乗ってやってくる。

 そうして四人は、雑木林を割って延びる小道の入り口に辿り着く。

「一応、警ら中のパトカーにでも見つかると面倒だから、その辺の木の後ろ側にでも自転車を隠しておきましょう」

 その茅野の言葉に従い、自転車を目立たない場所へと隠す一同。

 撮影や照明などの準備を素早く整える桜井と茅野。

「では、行きましょうか」

 と、桜井と茅野が動き始めようとする。羽田は思わず声を張りあげた。

「ほっ、本当に行くんですか? 心霊スポットなんですよね? 真っ暗ですよ!? やっぱり、出直した方が……」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 桜井が呑気な微笑みを浮かべ、西木は羽田の右肩にそっと手を置く。

「諦めなさい……少なくとも、この二人に任せておけば、悪いようにはならないから」

「えっ、ちょっ、まっ、先輩……」

「それじゃあ、とっとと行くわよ!」

 茅野がテンション高めでそう言うと、闇夜のどこかで鴉が、かぁ……と、一声鳴いた。

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