【06】吐き気をもよおす邪悪
武嶋夏彦は、自分の事を
同年代の大人の女性が、自分の事を相手にしてくれないから悪い。だから、力が弱く支配しやすい女児に興味を抱かざるを得ない。よって、悪いのは自分を忌み嫌う女共であると真剣に考えていた。
彼は容姿が優れないばかりか、
その結果、劣等感を盛大に
問題は、彼がそういった歪みを自覚しながら、他者に責任を求めるだけで、己を抑えようとしなかった事だった。
だから武嶋は友澤明乃に抱きついて、彼女が暴れて逃げ出そうとしたときに激怒した。
友澤ならば自分を嫌がったり、馬鹿にしたりしない……真剣にそう信じ込んでいたのだ。
彼は下校途中の小学生をつぶさに観察し、彼女の事を見いだした。群れからはぐれた孤独な少女。大人しくて簡単に支配できそうな可愛い仔猫。
それが友澤明乃だった。
彼女を尾行して家を突き止め、お社で猫に餌付けしていた事も知った。
武嶋は周到なリサーチを終えて、友澤を連れ去る為の計画を練る。
当時、彼は経済的な理由から車を持っていなかった。その為に、友澤をどこか人気のない場所へと誘い込む必要があった。
幸いにも、お社からそう遠くはない場所におあつらえ向きの廃屋――風見鶏の館があった。武嶋はそこで犯行に及ぶ事に決める。
友澤に話しかける口実は猫を使う事にした。
彼女が学校終わりにやってくる前に、猫を殺して用水路の
猫に逃げられたのは誤算であったが、予定通り友澤を上手く風見鶏の館の中へと誘い込む事に成功する。
結果として武嶋の身勝手な期待は裏切られ、あの惨劇が起こってしまう。
しかし、武嶋はそこで知ってしまった。
自分を嫌がり拒絶した少女の身体を切り付ける禁断の喜びを……。
カッターナイフを振りおろすごとに、尾てい骨から脳天まで甘い
気がつくと武嶋は達しており、友澤は血塗れになって倒れていた。
友澤明乃殺害の容疑が晴れて以降の彼は、込みあげる衝動にあらがい、欲望を抑えつけていた。
しかし、それは罪悪感や道徳心からではなく、己の罪が露見するかもしれないという恐怖からだった。
捕まってしまえば、これまで自分を馬鹿にしてきた女共は、こう思うだろう。
……やっぱり、そうだった。
……いつかはやると思った。
それは、彼にとっての最上の恐怖であり屈辱だった。
だから、武嶋は記念品に持ち帰った友澤の名札で、犯行時の記憶を
それは彼にとっての麻酔薬のようなもので、
そうして、ついに彼は堪えきれなくなり、第二の殺人を犯した。最初の犯行からおよそ一年後の二〇一四年七月四日の事だった。
彼が二番目の被害者である
このとき彼は古い軽自動車を友人から、二束三文で譲ってもらったばかりだった。
自動車があれば、移動や連れ去り、犯行現場からの逃亡や遺体の運搬は、容易なものとなる。
前回に比べて格段に犯行へのハードルが下がった事が、彼の心の
犯行に藤見市を選んだのは、友澤殺害の容疑から上手く免れる事ができたからだった。もう自分の住んでいる場所の周囲で犯行に及ぶリスクは負いたくはなかった。
ちょうど、友澤明乃の事件が起こって一年以上が経過していた事もあり、藤見市住民の警戒心が薄れていた事も大きかった。
その日、武嶋は藤見市内を巡回し、獲物を探した。
そして、時刻は十八時に差しかかった頃。
偶然にも人通りのない農道で自転車に乗り、友人宅から帰宅途中だった寺川翔子と遭遇する。
武嶋は
寺川はそのときに頭部を強打して意識を失った。武嶋は自動車のトランクに彼女を押し込んで、自宅へと連れ帰った。
彼の自宅は一階の角部屋だったので、駐車場と隣接しており、人目をぬって寺川を部屋に運び入れるのはさほど難しくはなかった。
更にその日の深夜から明け方にかけて県内全域に激しい雨が降り続いた事も、彼に味方した。
寺川の拉致現場に残った痕跡を洗い流してくれたからだ。
それから四日後の深夜。
武嶋は藤見市黒谷地区の山道に寺川の遺体を放置する。
その際に寺川の遺体の胸に、友澤から奪った名札をつけた。代わりに彼女のヘアゴムを持ち去る。
第三の犯行は、第二の犯行からわずか三ヶ月足らずの十月二日に起こった。
その犯行はあまりにも短絡的であり、衝動的であった。
それは、武嶋が自宅から十数キロの距離にある郊外のホームセンターへ買い物に行った帰り道だった。
田園地帯を横切る路上を走行する彼の車は、歩道を歩く黄色いカッパ姿の少女の脇を通り抜ける。
この少女が三人目の犠牲者となる福島みどりであった。
そして彼女の姿を視界の端でとらえた瞬間、武嶋の中で殺人への欲求が急激に
彼女を追い越して、しばらく経ってから、路肩へと車を寄せてサイドブレーキを引く。
武嶋の軽自動車の横を後続の車が通り過ぎてゆく。
大型のトラックがガタガタと音を立てながら武嶋の車の右脇を追い抜いていった。その少しあと、左側の歩道を福島が通過する。
雨水滴るフードから
雨足は激しく、ワイパーが……きゅっ……きゅっ……と振り子のように揺れる。
その
武嶋はゆっくりと瞳を閉じて、深々と深呼吸をする。
再び目を開くと、少し前方の歩道を進んでいた福島は、田園を割って横たわる農道へと進路を取った。
そっちの方が近道だったのかもしれない。弾むような足取りで雨の田園風景の向こうへ消えてゆく。
その田園地帯は広く、
突発的で無計画な犯行であったが、天はまたしても武嶋の味方をした。
彼はサイドブレーキを倒し、車を走らせる。
こうして第三の被害者である福島みどりは、おぞましい怪物の餌食となったのであった。
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