【05】友だちが欲しい


 友澤明乃は新年度が始まった四月の当初、クラスメイトたちの注目を集めていた。

 沖縄という風土の異なる土地からやってきた少女は、小学四年生になったばかりの羽田たちにとっては物珍しい存在だったからだ。

 友澤も、クラスメイトたちの「電車に乗った事あるの?」とか「雪って触った事がある?」などという、不躾ぶしつけな質問に、困惑した表情を浮かべながらも丁寧に答えていた。

 しかし、ちょうど桜が散り終わった頃には、彼女は独りになっていた。

 兎も角、友澤は自分から喋ったりしない。いつも大人しくて、遊びの誘いにも乗ってこない。

 段々とクラスメイトたちは、そんな彼女に遠慮するようになっていった。

 羽田も、彼女はきっと独りでいるのが好きなんだろうと決めつけ、あまり関わろうとはしなかった。

 そんなある日の事だった。

 それは六月の終わりのホームルームの時間。

 彼女たちの通う学校では、毎年七夕の時期になると、学年別の大きな竹を生徒玄関に飾りつけるのが恒例行事であった。この日は、その為の短冊を書いたり、装飾を製作する事になっていた。

 近くの席の者と楽しげに相談しながら折り紙を折ったり、短冊を書いたりするクラスメイトたち。

 羽田も短冊に何を書こうかと悩んでいると、ふと友澤の様子が横目に映った。

 彼女は背中を丸めて、シャープペンシルで短冊に下書きを書いたところだった。

 下書きもなしにいきなりマジックペンを入れる者も多いので、ずいぶんと几帳面きちょうめんなんだな……と、羽田は思った。

 そこで友澤がどんな願い事を書いたのか、ふと気になり、椅子からそっと腰を浮かせて彼女の短冊をのぞき込んだ。

 友澤は羽田の動きにまったく気がついていない。

 そして、短冊に書かれた願い事を目にした羽田は、はっとする。


 『友だちがほしい』


 薄黄色の短冊には、消え去りそうな文字でそう書いてあった。

 友澤は結局、その願いを消して『お金持ちになりたい』に書き換えてしまう。

 しかし、どう考えても書き換える前の願いの方が彼女の本音であろう事は、羽田にも想像できた――




「それから、何度か彼女に話しかけてみようとは思っていたんですけど……」

 羽田もどちらかというと内向的で、人見知りする性格だった。

「私なんかが余計なお節介を焼いてもいいのかなって……そうやって迷っているうちに……」

「友澤さんが例の事件で亡くなったのね?」

 茅野の言葉に、羽田は瞳をうるませながら頷く。

「最初、彼女の事を忘れていたつもりだったけど、ずっと心の中で引っかかっていたのかなって。だから、あんな夢を見たのかもって思って……でも」

 そこで羽田は言葉を区切り、息を飲んだ。

「でも、こんな風に毎日同じ夢ばかり見るっていう事は、きっと死んだ彼女からのメッセージなんじゃないかって……何で私なのかは解らないけど、もしもそうなら、友澤さんの気持ちを、もう無視したくないんです」

 そこで羽田は深々と頭をさげる。

「だから、お願いします。力を貸してください。この夢が何なのか、私は知りたいんです……」

 桜井と茅野は顔を見合わせて頷き合う。

「顔をあげて頂戴ちょうだい。羽田さん」

「……あたしたちに任せなよ」

「はい。ありがとうございます」

 ほっとした様子の笑みを浮かべる羽田。その直後、何かを思い出した様子で「あっ」と声をあげる。

 いそいそと財布を取り出した。

「あ、報酬……確か一万円……でしたよね?」

 そこで桜井が、財布の中から一万円札を取り出そうとした羽田に向かって右手をかざす。

「いや、いいよ。今回は」

「でも……」

「退屈で死にそうだったから、逆にこっちがお金を払いたいくらいだしさあ」

「そうね。外れなしの西木さんの紹介だし、お友だち価格で十割引きよ。それで、よいわよね? 梨沙さん」

「うん」

 と、桜井が元気よく頷くと、羽田は慌てる。

「でも……そんなの、申し訳ないです。お金ならあるので払います」

 強い意思の籠った瞳だった。羽田の律儀な性格がよく表れていた。

 そこで茅野は、ほんの少しだけ思案をする振りをして、

「なら、全部終わったら、ここにいる四人で牛丼でも食べに行きましょう。その時に私と梨沙さんの分を奢って頂戴」

 その言葉を聞いて羽田は潤んだ目頭を擦り、はにかむ。

「ありがとうございます……」

 桜井が右拳で、どん、と胸元を叩く。

「あたしたちに任せてよ。大和型三番艦くらいの大船に乗ったつもりで」

「梨沙さん、それは逆に不安だわ……」

 茅野は苦笑しながら突っ込み、話を軌道修正する。

「冗談は兎も角、そうと決まれば善は急げよ。風見鶏の館に行きましょう。羽田さんの夢に出てきた場所が、現実に存在する場所なのか、確かめてみましょう」

「今から行くの?」

 と、西木が問うと、茅野は頷く。

「善は急げよ!」

「……でも」

 壁掛け時計に目線を移す羽田。

 今から風見鶏の館に向かうと、確実に日が暮れてしまう。暗くなってから、心霊スポットと呼ばれる廃墟などに行きたくはなかった。

 この人たち、怖くはないのだろうか……西木の方へと助け船を求める視線を送る羽田だった。

 しかし、西木は諦めたような遠い眼差しをしていた。羽田は戸惑う。

「え? えっ。あの……本当に今から行くんですか?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 桜井が極めて呑気な声で言うが、羽田には大丈夫だとはまったく思えなかった。




 日が落ち始める。もうすぐ夜がくる――。


 ちょうど、桜井と茅野たちが風見鶏の館へと向かった頃だった。

 県庁所在地の郊外。

 田んぼと、まばらに建ち並ぶ民家。四角いフェンスに囲まれた携帯電話会社の電波塔。

 そして、薄暗闇に煌々こうこうと輝くパチンコ『ユニバース』の看板。

 その裏手に建つ古びたアパート『コーポアイリス』の一階の角部屋『一〇五号室』の玄関扉が開かれた。

 直後に敷居をまたぎ、三和土たたきで薄汚れたスニーカーを脱ぎ始めたのは、右手に買い物袋を提げた武嶋夏彦であった。

 彼は玄関から右隣の台所へと向かい、ダイニングテーブルに買い物袋を置いた。

 やかんを手に取り、お湯を沸かし始める。

 次に買い物袋の中からカップラーメンを取り出し、かやくの袋などを開ける。

 お湯の沸くまでの間、開きっぱなしの引き戸の向こうにある居間へと向かう。ポケットからスマホを取りだし、コートを脱いでハンガーにかける。

 例の事件のアリバイが成立してしばらく経ったあと、武嶋は当時勤めていた居酒屋の調理担当を辞めた。

 容疑は晴れたが、一度広まった悪評のお陰で居づらくなってしまったのだ。

 それを切っ掛けに藤見市から、現在の住居に移り住んだ。

 このとき、彼の境遇に同情的だった数少ない友人のつてで介護関連の職を得た。

 仕事はきつく、給料は最低限だが身体を最大限に酷使しなければならない。

 その連日の重労働で疲弊ひへいした腰に両手を添えて伸ばし、風呂場に湯を張る。

 そうして居間の畳に腰をおろし、テレビのニュースを適当に見ていると、お湯が沸いた。

 すぐにコンロを止めてカップラーメンの容器に湯をそそぎ、蓋を閉じる。その後、ダイニングの椅子に腰をかける。

 武嶋は画面を指でなぞると画像管理アプリを選択し、鍵つきのフォルダを開く。ずらりと並んだサムネイルから、そのうちの一枚をタップする。

 すると、スマホの画面に大きく表示されたのは、風呂場の床に寝そべった少女の写真であった。

 それは藤見少女誘拐殺人事件の三人目の被害者、福島みどりの遺体だった。

 武嶋は恍惚こうこつとした表情で、そのおぞましい写真を見つめながら、殺人の記憶を反芻はんすうし始めた――

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