【26】作戦会議


 作戦会議は更に続く。

「何にしろ“調伏法ちょうふくほう真髄しんずい”を使うなら、箜芒甕子の真の名前を知らなければ話にならない。だから、まずは北門口へと向かおうと思うんだけど」

「異論はないわ」と茅野。桜井も頷く。

「北門口へは、海から近づく事はできない。夜鳥島の北側は、岩礁がんしょうが多く船を近づける事が難しいの。更に北門口の入り口付近は天井の低い上り坂が続いていて、小型のボートを使うのも駄目」 

「別なルートがあるのかしら?」

 茅野の言葉に九尾は頷く。

「まずは南の湾にある港から上陸して島の北側を目指す。そこに清竜寺っていうお寺があるんだけど、その地下に北門口の内部と繋がっている洞窟があるらしいの」 

 島で見つかった文献ぶんけんによると、厄流しのかめも、その清竜寺の地下から北門口へ運び入れていたらしいと、九尾は述べる。

「おお……本格的なダンジョン探索だね」

 桜井の瞳がまるで獲物を前にした猫のように輝く。

「……で、その後は? 名前を調べた後はどうするの?」

「交霊術で箜芒甕子を呼び出す……任意の霊を高い精度で呼び出す方法があるから、それを使う」

「もしも、それで呼び出せなかったら?」

 茅野の質問に九尾が答える。

「そのときは、箜芒甕子は本当に悪霊なんかじゃなくて“普遍的無意識に住まう影の人格”っていう事になるわね」

 その言葉を聞いて、桜井は九尾に向かって無邪気に言った。

「あ! あの昨日、買った日本酒はその儀式で使うんだね!」

「えっ」

「えっ」

「いや……」

「違うの?」

「ええ……そうよ。そう。その通り!」

 嘘である。

 そもそも、もう一滴も残っていない。

 九尾が気まずそうな笑みをもらしていると、

「まあ、冗談は兎も角……」

 ……と、そこで、茅野が自身のリュックから封筒を取り出した。そして封筒の中から“調伏法の真髄”を摘まみ出して見せ、再び中に入れる。

「これは九尾先生が持っていて」

「解ったわ」

 ……と、九尾が“調伏法の真髄”の入った封筒を受け取る。

「先生より力の劣る妹さんでも“九尾天全”という名前のお陰で、箜芒甕子に支配されるまで時間が掛かったのよね?」

「そうね」

「その“九尾天全”の名前をついだ先生に札を持たせておけば安心よ。そうでなくとも・・・・・・・箜芒甕子は先生に・・・・・・・・取り憑かない・・・・・・だろうけれど・・・・・・

「何で、そう思うの?」

 桜井が当然の疑問を口にする。しかし、茅野は意味深な微笑みを浮かべる。

「その理由は、まだ言えないわ」

 桜井が苦笑する。

「今回は随分ともったいぶるねえ」

「わざわざ、こうしてもったいぶる理由は後で解るわ。でも……」

 と、茅野は人差し指を立てる。

「一つだけ、これは言っておこうかしら」

「え、何?」

「何なの?」

 桜井と九尾が首を傾げる。

「箜芒甕子は、人のなれの果て……悪霊・・よ。自らを“普遍的無意識に住まう影の人格”なんてわざわざ名乗りをあげている理由は一つ。自らの真の・・・・・名前を知られたく・・・・・・・・ないから・・・・

「そう思うに到った根拠は……」

 と、九尾が言いかけたところで、茅野は悪魔のように笑い、その言葉をさえぎる。

「これも後で解るわ。でも端的に言うなら」

 茅野は少しの間、言葉を選んでから口を開く。

「悪霊ではないと思われていた方が、向こうにとって・・・・・・・都合がよいからよ・・・・・・・・

 九尾は桜井と顔を見合わせる。

 訳が解らなかった。

 箜芒甕子が悪霊であるというなら、それはやはり明治二十二年に島へと戻ってきた生け贄が、その正体ではないのだろうか。

 茅野循が気がついたらしい“箜芒甕子の正体”とは、いったい何を指すのだろうか。

 やはり、何かに気がついた振りをしているだけなのでは……と、今更、疑念がもたげてくる。

 まったく彼女の意図が読めない九尾は、狐に摘ままれたような思いで首を捻る。すると……。

「あれっ!?」

 桜井が自分のリュックの中を覗きながら、すっとんきょうな声をあげる。

「どうしたのかしら? 梨沙さん」

 茅野が尋ねると桜井は気まずそうに笑う。

「眼鏡、部屋に忘れてきたみたい」

 桜井は視力がよくない。普段はコンタクトだが、自宅ではだいたい眼鏡である。

 茅野がわざとらしく眉を釣りあげ、人差し指を立てる。

「もう。事前の準備はしっかりしないと駄目よ? 九尾先生じゃないんだから」

「そこで、わたしの名前を出さないでよ!」

 九尾がすかさず突っ込む。

「ごめん。取ってくるね」

 桜井が気まずそうに笑って立ちあがった。


 このあと三人は、チェックアウトを済ませてホテルを後にした。




 九尾が借りたレンタカーで加太港へと向かう。

 そこで穂村が手配してくれた和歌山県警の警備艇に乗せてもらい夜鳥島へと渡る。

 その途中だった。


「おええええ……」


 と、酷いうめき声をあげながら波間に吐瀉物としゃぶつを撒き散らすのは、九尾天全だった。

「まったく。ちゃんと酔い止めは飲んできたのかしら?」

 茅野が呆れ果てた様子で彼女の背中をさすっている。

 酔い止めは飲んではきたはずだった。

 しかし、二日酔いと乗り物酔いのダブルパンチである。まったく効いていない。

 ……一応は酔い止めを飲んできたと、答えようとした瞬間だった。

「うっ。うぉおええええ……」

 再び波間に向けて吐瀉物を垂れ流す。

 どうにか出すものを出して船室に戻ると……。

「もう……九尾センセは、世話が焼けるなあ」

 桜井がお茶のつがれた水筒のキャップを九尾に差し出す。

「はい。ペパーミントティだよ。吐き気と胸焼けに効くはず」

 そういえば、前にもこんな風にして彼女のいれたお茶をもらった事を思い出し、九尾は微笑む。

 暖かいペパーミントティを飲むと、食道と胃袋が心地よい温かさに包まれる。随分と気分がましになったような気がした。

 すると、茅野が声をあげる。

「あれを見て!」

 それは船室の窓の向こう側だった。

 波間の遥か彼方だった。

 鉛色の暗雲漂う空、黒々とうねる海の向こう。

 水平線から顔を出す赤松と杉に覆われた小高い丘。

 夜鳥島である。

「あれが、夜鳥島ね……いい感じじゃん」

 桜井が獰猛な笑みを浮かべ、かの島を真っ直ぐに見据えた。

 三人を乗せた船は間もなく夜鳥島へと到着する――。

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