【25】決戦の地へ


 桜井と茅野は三月一日の朝から高速バスに乗り大阪へと向かった。

 そして、日が暮れた後に大阪駅桜橋口前の高架下にある高速バスターミナルに到着する。

 この後、駅型商業施設のエキマルシェ大阪店内にあるスターバックスで、九尾天全と待ち合わせる事になっていた。

 バスを降りて、高架下の雑踏ざっとうを掻き分け、JR桜橋口へと辿り着く。そこで桜井がネックストラップに吊るしたスマホで時刻を確認した。

「まだ、ちょっと時間あるねえ……」

「それなら、ダンジョン探索と洒落こまないかしら?」

 茅野が悪戯っぽい笑みを見せる。

「ダンジョン探索……?」

「この梅田周辺には、ダンジョンと呼ばれる入りくんだ地下街があると言うわ」

「おお……楽しそうだね」

「そのダンジョン内には、通称“セーブポイント”と呼ばれる泉の広場という、かつては噴水のあった場所があったのだけれど」

「かつて? 今はもうないの?」

「ええ。去年、泉の広場の象徴だった噴水は撤去されたみたい」

「ふうん……」

「そこには“赤い女”と呼ばれる幽霊が出現するらしいの」

「おっ。こんな町中にもスポットはあるんだねえ。夜鳥島メインディッシュの前の前菜には丁度いいかもね。行ってみよう」

 こうして、二人は泉の広場を目指した。




 待ち合わせ場所のスターバックスに到着した九尾天全は頭を抱えた。

 テーブルを挟んで向かい合って座る桜井梨沙と茅野循の背後から髪の長い女が見おろしている。

「どうしたのさ、センセ?」

 桜井が怪訝な表情で小首を傾げる。

「言いたい事があるなら、はっきりと言って頂戴ちょうだい

 茅野は何食わぬ顔で、たっぷりと甘くしたトールサイズのドリップコーヒーをすすった。

 髪の長い女はニタニタと凄絶せいぜつな笑みを浮かべている。その双眸そうぼうに白眼はなく、真っ黒である。そして、着衣は血染めのような赤だった。

 梅田地下の泉の広場に出現する“赤い女”である。

 九尾は申し訳なさそうな顔で、並んで座る桜井と茅野の背後の空間に向けて右手を払うような仕草をした。

 すると“赤い女”が「にっ」と口角を大きく釣りあげ、ふっ……と、消える。

 どうやら九尾天全に強い力がある事を悟って退いてくれたらしい。二人のリアクションがまったくない事も幸いしたようだ。

「……ふう。帰ってくれた」

 溜め息を吐く九尾に、桜井と茅野は……。

「ごめん、センセ。つい我慢できなくて……」

「もしかして、手間取らせたのかしら? ごめんなさい」

 と、ばつの悪そうな顔で謝罪する。

「もう……心霊スポットに凸する前に別の心霊スポットに寄り道するって、どういう事なのよ……」

「変な人がついてくるなあ……と思ったら、やっぱり幽霊だったんだね」

「あれが有名な赤い女のようね」

「気がついてたの!?」

 九尾は盛大に呆れつつも、やはり、この二人の恐怖耐性は、ずば抜けていると改めて実感する。

 一方の桜井と茅野も……。

「それにしても、赤い女を簡単に追い払うだなんて、センセも中々やるじゃん」

「見直したわよ。九尾先生。まるで本物の霊能者みたいだわ」

「本物だから!」

 彼女の霊能力の強さを再確認したようだった。

 ともあれ、三人は店を出て電車で和歌山市を目指したのだった。




 それから和歌山市内のビジネスホテルで一泊する一行。

 流石の桜井と茅野も、明日の本番の為に、早々に就寝した。

 しかし、九尾はというと、緊張のあまり……。

「ちょっと、ぐらいはいいよね? 寝酒に……」

 そう言って、儀式に使うと言い張って、駅の土産物屋で買った純米酒“黒牛”の一升瓶をベットの上で開けた。

 ちびりちびりと酒を飲むうちに潰れて、そのまま朝を迎える事となる――。


 そして、まだ日が登りきっていない翌日の早朝だった。

 三人は早々に身支度みじたくを済ませ朝食を取る。まだホテルの食堂が開いていないので、あらかじめコンビニで購入していた物をホテルのロビーで食べる。

 その最中であった。

「……大丈夫なの? あまり食べていないみたいだけど」

 と、九尾に問うたのは、茅野であった。

「う……あ……」

 ゾンビのような呻き声をあげながら梅干しのおにぎりをモソモソと食べる九尾。

 窓硝子に映る自分の顔を見て驚愕きょうがくする。まるで亡霊のようだ。とても酷い。完全な二日酔いである。

「しっかり食べないともたないよ?」

 そう言って、桜井はカルビ丼をもしゃもしゃと元気に食べている。

 そんな彼女の目の前には、他にも様々な総菜類がずらりと並んでいた。

「その小さな身体のどこに……」

 桜井の驚愕の健啖振けんたんぶりにおののく九尾であった。

 一方の茅野はツナサンドとバナナ、ヨーグルト……健全な量であったが、こちらもしっかりと朝食は取る様子である。

「まったく、今日が本番なのだから、体調管理はしっかりしないと。こういうのは、事前の準備がものを言うのよ?」

「そういうところだぞ! 九尾センセ」

 正論である。

 だが、この二人が異常に落ち着き過ぎているのだ。

 そして昨日、心霊スポットへと寄り道した二人には言われたくないと思ったが、ついつい前夜に飲み過ぎてしまった自分も悪いのでぐうの根も出なかった。

 とりあえず二つ買ったおにぎりのうち一つを食べて、どうにか最低限の栄養補給を済ませる。

 食後ホテル内の自販機で買った眠気覚ましの珈琲を飲みながら、作戦会議に移行した。

「……それで、循ちゃん。結局、箜芒甕子の正体って何なの? わたしがしている思い違いって……」

 ようやく気分が持ち直してきた九尾が、茅野に問うた。

「その答えは、まだ言えないわ」

「どうして?」

「その理由については、後でちゃんと解るから。ただ、私が箜芒甕子の・・・・・・・正体を知っている・・・・・・・・事だけを知って・・・・・・・いて欲しいの・・・・・・

 九尾は桜井の表情をうかがう。いつも通りの話を聞いているのかいないのかよく解らない顔をしていた。茅野の言葉に何ら疑問を抱いていないらしい。

 彼女の事を信用しきっているのか、それとも……。

 九尾は少し迷った末に、茅野の言葉に従う事にした。

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