【24】三つの質問


 都内某所にある占いショップ『Hexenladenヘクセンラーデン』にて。

 今日も今日とて、誰もいない店内奥のカウンターで頬杖をついてぼんやりと過ごす九尾天全であった。

 すると、唐突に電子音が鳴り響く。

 エプロンのポケットに入れていたスマホを取り出して画面を確認すると、そこには茅野循の名前があった。

「まったく、もう……いきなりだなぁ」

 苦笑しながら電話ボタンをタップして受話口を耳に当てる。その直後に茅野の声が飛び込んできた。

『九尾先生ね? まだ、はっきりとした確証がある訳ではないけれど、箜芒甕子の正体が解ったわ』

「箜芒甕子の……正体……?」

 九尾は眉をひそめる。

「いったい、どういう事なの?」

 と、問いただすと、受話口の向こうで『ふっ……』と茅野が鼻を鳴らす音が聞こえた。

『きっと、貴女は箜芒甕子について、致命的な思い違い・・・・・・・・をしている・・・・・

「致命的な……思い違い……?」

 思い違いも何も、あの箜芒甕子について九尾は何も解っていないのだ。

 前代未聞の悪霊。

 悪霊ですらないかもしれない未知の存在。

 思い違う余地が・・・・・・・そもそもない・・・・・・

「どういう事なの? 循ちゃん」

 茅野はその質問には答えず、はっきりと言い切る。

『このままだと、貴女は・・・また箜芒甕子・・・・・・に勝てない・・・・・。あの“調伏法ちょうふくほう真髄しんずい”があってもね』

 息を飲む九尾。

 そして茅野は酷く優しい声で言った。

『……だから、お願い。私たちを連れていきなさい。九尾先生』

 九尾は茅野循の能力の高さを充分に知っている。彼女なら本当に渡した資料を読んだだけで箜芒甕子を倒す為の手掛かりを見出だしたのかもしれない。

 そして、単に夜鳥島に行きたいだけなら、こうして電話を入れる必要もないだろう。勝手に行けばよいのだ。

 彼女の言葉は少なくとも本気だ。

 九尾天全は悩んだ末に、茅野循の申し出を受ける事にした。




 ……それから、茅野は九尾に三つの質問をする。

 一つ目は……。

『死者の魂は、どれぐらいで霊となるのかしら?』

 この質問に九尾は、こう答える。

「通常ならば数日から数ヵ月、中には死後すぐに霊として存在する場合もあるけど極めてまれね」

『成る程』

 納得した様子の茅野。一方で九尾には、彼女の質問の意図が解らなかった。反対に聞き返そうとする前に、茅野は二つ目の質問に移る。

『誰かに取り憑いた霊は、その肉体が受けた苦痛や疲労を感じるのかしら?』

 この質問に対する答えは「感じない」であった。

 そして九尾は、自らの述べた言葉を補足する。

「ただ、汗をかいたり、涙を流したり、くしゃみをしたりといった生理反応は多くの場合起こる。例外は当然ながらあるけれど」

 そして、最後の三つ目の問いは……。

『前に九尾先生がこっちにきた時に、あのお札は、祓いたい対象の名前が解らないと効果を発揮しないって言っていたけれど』

 “調伏法の真髄”の事である。

「ああ。そうね……何て言うのかな。あの札の力を向ける矛先……つまり、名前が照準しょうじゅんみたいなものになるの。だから、名前を知らなければ、あの札があっても祓えない。あの札の力・・・・・が当たらないから・・・・・・・・

『それは“箜芒甕子”という名前じゃ駄目なのね?』

「ええ。試してみない事には解らないけど、恐らくは無理よ。あの箜芒甕子の真の名前を知らなければ、祓う事はできないわ。そして、もしも真の名前を知っても祓えないようなら……それは、もう悪霊ではないわね。本当に“普遍的無意識の中に住まう影の人格”という事なんじゃないかしら」

『ありがとう』

 茅野は短くそう言い残して、唐突に通話を終えた。

 九尾はスマホの画面を見ながら、

「本当に、いきなりだなぁ……」

 と、ぼやいた。



 再びオカ研部室にて。


「……やっとデレたわ」

 茅野はそう言って、疲れた様子で微笑み、通話を終えたばかりのスマホをしまう。

 桜井は腕を組み合わせて唇を尖らせる。

「まったく……九尾センセ、同じスポット仲間なんだからさあ、余計な気を使わなくていいのに……」

「まあ、九尾先生らしいといえば、らしいわ。島へ行く日取りは、また後日、打ち合わせる事になったから」

「りょうかーい。……ところで、循」

「何かしら?」

「肝心の箜芒甕子の正体って……」

「まだ、それは言えないわ。もったいぶっている訳じゃないのよ? ちゃんと言えない理由もあるから」

「ふうん……まあ、循がそう言うんなら、そうなんだろうね。もしも大丈夫になったら教えてよ」

「解ったわ」

 そう言って、部室の壁掛け時計に目線をやる。

「それじゃあ、そろそろ帰りましょう」

「うん」

 桜井と茅野は身支度みじたくを整えて部室を後にする。

「ねえ、循」

「何かしら」

「帰りはコンビニに寄って、おでんを食べていかない? 真冬のウエンディゴ対策にさあ」

「単におでんを食べたいだけでしょうけれど、小腹も空いたし異論はないわ。……ただ、問題は、どのコンビニのおでんにするのか……」

「どこのコンビニのおでんが一番、ビタミンが多いのかって話だね?」

「そうね」

 ……などと、コンビニおでんに関する様々な議論を重ねながら帰路に着く二人であった。




 ……それから時は過ぎ、二人はバイトや勉強、そして記録的な暖冬にかこつけて、いくつかの心霊スポットを探訪する。

 このときのエピソードについては後の機会に語られる事であろう――


 さておき、世界がコロナウィルスの驚異におののく最中、早々に学校が休みに入った三月一日だった。

 世の自粛ムードに反抗するかのように、桜井と茅野、そして九尾は和歌山県の加太を目指す。

 長きに渡り、あの魔境に君臨する最凶の悪霊、箜芒甕子と対決する為に――

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