【16】サイコパス


 ひとしきり、嘘泣きを終えた高原璃子は、ポツポツと九尾に語り始める。

 でっちあげのストーリーを、平然とした顔で……。

「斧を持ったあいつに追いつかれて……」

 高原はぐずぐすと目頭を擦った。

「それで……マネージャーの藤沢がアイツに……ううぅ……身をていして犠牲になって……私、彼を見捨てて……そのまま……」

 顔を手で覆いながら、高原璃子は考える。

 “身を挺して”というフレーズは不味かったかもしれない。あまりにもドラマか何かの脚本染みている。

 そもそも、高原には“挺する”という言葉の意味が解らなかった。

 しかし、九尾は気に止めた様子もなく「そう……」と、悲痛に満ちた表情で、高原を抱き締めた。

「取り合えず、彼らの供養は後回しにしましょう。まずは、あの斧男を何とかしないと」

「ええ……そうね」

 高原は神妙な顔で頷き、内心で舌を出す。

 彼女は基本的に自分の目で見た物しか信じないので、九尾の霊能力も眉唾だと考えていた。

 しかし万に一つ、その霊能力が本物だったとしたら。

 そして、藤沢の霊と対話する事ができたとしたら、自分の話が嘘である事が露見してしまう。

 だが、この彼女の懸念は杞憂きゆうであった。なぜなら死の直後に霊体とコンタクトを取れる事は、まれであるからだ。

 大抵の場合、死に際の恐怖や苦痛で霊体がバラバラに散ってしまう。

 散った霊体は時間が経てば元に戻るが、そのまま消えてしまう事も多い。

 ごく稀に死の直後からはっきりと意識を持つ霊体も存在するが、藤沢の霊体は苦痛と恐怖、そして親愛なる高原に裏切られたショックにより、ものの見事に散ってしまっていた。

 もちろん高原は、そんな事を知るよしもない。

 ともあれ、素知らぬ顔で九尾に問うた。

「でも、あの男を何とかするって……どうするの?」

「あいつは自らを“箜芒甕子”と名乗ったわ」

「それって……」

「この島に言い伝えられている伝説の悪霊の名前よ」

 そう言って九尾が夜鳥島に伝わる厄流しの儀式について語り出す。

「その悪霊が取り憑いているの……? あのクルーザーの運転手に」

 この問いに九尾は首を横に振った。

「あれは悪霊ではないのかもしれない」

「じゃあ何なの?」

 高原は首を傾げる。

「昭和二十四年の事件で死亡した有名な精神科医がいるんだけど。目羅鏡太郎博士。知らない?」

 聞いた事もなかった。高原は首を横に振る。

「彼の論文によると、この箜芒甕子憑きという現象は、“文化依存性単一人格症”だとされているわ」

「ぶんか……いぞん……?」

 高原にとって、またよく解らない単語が出てきた。

 馬鹿にされている気がして、高原はいらつくが、その感情を押さえ込んで九尾の話に耳を傾ける。

「つまり、あの斧男は、悪霊ではなく、この島の風土特有の精神疾患によって理性をなくしている可能性が高いわ」

「病気って事なのね……」

 どっちにしても同じ事だと高原は思った。

 そして、自分より魅力的で、大嫌いな、九尾の横顔を見ながら今後のプランを練る。

 まず、この九尾とかいう女霊能者を適当に動けなくして裸にむく。

 精神異常者だろうが性欲はあるだろうから、きっとクルーザーの運転手は釣られるだろう。

 あの男が九尾に気を取られている隙にぶっ殺す。その後で九尾も殺す。

 彼女の身体に体液でも残してくれれば多少状況が不自然でも警察は疑わないだろう。

 強姦殺人の一丁あがりである。後の偽装工作の手間が省ける。

 彼女も馬鹿ではないので、気がついていた。

 閉ざされた空間クローズドサークルで起こった殺人事件で生存者が一名ならば、その生存者が最有力容疑者になるであろう事を。

 それを回避する為の完璧な計画だ……高原は九尾に見えないところでほくそ笑む。

 彼女は昔から自分より目立っていたり、可愛かったりする同性が死ぬほど嫌いだった。

 アイドルグループにいた頃も、自分よりも人気のあるメンバーたちが大嫌いで大嫌いでたまらなかった。

 アイドルとして実力のない自分が、実力のある気にくわないメンバーと敵対してもリスクが大きいだけだという、損得勘定で我慢できていただけで、本当は全員殺してやりたくて仕方がなかった。 

 実際アイドルになる前は、取り巻きたちを使って巧みに気にくわない同級生の女子をおとしめていた。高原は虐めの加害者であったのだ。

 そして、彼女はそういった行為に罪悪感を感じないタイプの人間なのである。

 高原璃子はいわゆる“サイコパス”であった。

 そんな高原の本性など露知つゆしらず、九尾は語り続ける。

「さっきも言ったけど、文化依存性単一人格症は、この島の風習や風土に根差した病よ。つまり、夜鳥島に伝わる厄流しの儀式や箜芒甕子の伝承を読み解く事で、対抗する手段が見つかるかもしれない」

「それで、結局どうするの?」

 どうでもよかった。なぜなら全員殺すのだから……。

 高原の質問に九尾は答える。

「もう一度、箜芒邸に戻りましょう。そこに、事態を打開する鍵があるかもしれない」

 高原は得心する。

 彼女は九尾が箜芒邸の方からやってきたのを不思議に思っていた。しかし、あれは箜芒邸へと向かうところだったのだと彼女は気がついた。

「いいわ。行きましょう」

 高原が言葉を返す。

 そのとき、遠雷のいななきが、微かに二人の耳をついた。

 高原はふと空を見あげた。

 するとその瞬間、彼女の鼻の頭に生暖かい雨粒が一つ落ちてきた。

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