【09】新たな惨劇の幕開け
【戦慄! 夜鳥島大量死事件】
・白昼の兇劇 島民同士が殺し合い三十五名が死傷
昭和二十四年九月十七日の未明、紀伊水道に浮かぶ和歌山県夜鳥島で住民同士が殺し合い、三十二名が死亡、三名が重傷を負うという兇事が起こった。
通報者は島に立ち寄った定期連絡船の船長で、その証言によればいつも通りの朝九時頃、島の入江の入り口にて船を停泊させ、
その漁船に乗った者達に船長は何事かと
島民の証言によれば、島では十六日の日没から悪霊祓いの祈祷が行われていたのだと云う。
その最中に島長の箜芒家の客人であった精神科医の目羅鏡太郎博士が突然九四式拳銃を手に現れて発砲。
まるで、それが開始の合図であったかのように
捜査当局の発表によると、一種の
・悪霊伝説の残る呪はれた島 発端は狂女による一家
逃げおおせた島民の証言を更に聞くと、血の気も凍るおぞましき事実が判明した。
何と騒動発生の前日である十五日、島長である箜芒家の娘が悪霊に取り憑かれ、家族と使用人を全て
娘は以前より箜芒邸敷地内の土蔵の二階に
その鏖殺の舞台となった箜芒邸には、
中でも奇っ怪なのは、箜芒の娘を閉じ込めていた牢であったと云われている。
格子には
実に
また、逃げた娘を捕らえて悪霊祓いの儀式を取り行おうとしたのが、あの最高の霊能者の呼び声高い川村千鶴であったとの証言もあった。
川村は十六日から日付変わって十七日の未明に、目羅博士の放った兇弾に倒れたとの証言があり、捜査当局は事実確認を急いでいる。
(昭和二十四年、近畿新聞より)
二〇一〇年七月五日。
都内某所にある株式会社ドリームクラフトの事務所二階の会議室だった。
パイプ椅子に腰をおろした汚らしい波打った長髪の男と若い女が、二つ合わせた長机越しに向き合っている。
女は色白でダークブロンドの髪。北欧系の血を引いた美しい顔立ちであった。
霊能者、九尾天全である。
対する男は
このドリームクラフトの社員で、現場ではディレクターを担当する。
このドリームクラフトは、テレビ局からの番組製作などを下請けする映像製作会社であった。
長尾は九尾と挨拶を交わし台本を渡す。その表紙にはこうある。
『実録! 怪奇列島ミステリー 謎の大量死があった島』
長尾の説明を受けながら、九尾は受け取った紙束に視線を落とす。
それは、季節の変わり目によくある二時間特番の台本だった。スタジオの芸能人が、ロケの映像や動画サイトから持ってきたVTRを観て騒ぎ立てるだけの、何の変哲もない……。
九尾は今回、仕事のパートナーと共に、この番組内で紹介されるロケVTRの一つに参加する予定であった。
説明が一区切りつくと、長尾が馬鹿にしたような半笑いで問うてきた。
「それにしても……九尾天全さんって、意外と若かったんですね。それに女だったなんて。ウチの社長と大学の同期って聞いてましたけど?」
九尾は受け取った台本のページをめくりながら答える。
「それ、父です。わたしじゃありません」
“九尾天全”は当然ながら本名ではない。霊能者だった彼女の父から受け継いだ名前だった。
長尾は鼻を鳴らし、アルミの灰皿を手繰り寄せて煙草をくわえる。
「芸名、なんすか? それ。九尾って」
「いえ……まあ、仕事用の名前だから、芸名といえばそうですね」
含みのある九尾の言葉に長尾が興味を示した。
「その名前を名乗っている、何か特別な理由でも?」
「そうですね。元来、名前というのは単にその存在を示す言葉というだけではなく、その存在のあり方を決めるまじないでもあるのです」
「まじない……ですか」
九尾は頷く。
「ゆえに名前を他人に知られるという事は、本当はとても危険な事なのです」
「ああ。昔の戦国武将みたいな、
「そうですね。わたしが九尾天全という名前を名乗っているのも、呪い避けです。悪霊が“九尾天全”を呪おうとしても、わたしとは別な名前の誰かを呪うような物なので、わたしに及ぶ害は少なくなります」
「つまり九尾天全という架空の誰かに呪いの肩代わりをさせる……みたいな?」
「そうですね」
九尾が頷いた。
……とは言っても、名前を隠しただけでは呪いを完全に防げない。霊に憑依され支配される事もある。
しかし“九尾天全”のように代々受け継がれてきた名前には力が宿る。それそのものが呪い避けの護符のような働きをするのだ。
「成る程。よく解りましたよ」
長尾は得心した様子で、自ら脱線させた話を軌道修正する。
「……では、この後、第二会議室の方で出演者の顔合わせがありますので、ご案内します」
「解りました」
二人は椅子から腰を浮かせ部屋を移動する――
この十日後だった。
紀伊水道を小型の舟で漂流中の女性を、
彼女は酷く衰弱しており、意識が
その女は後日、自らを九尾天全であると名乗った。
なお彼女と共に夜鳥島で撮影中だったロケ隊とクルーザーの運転手の計八名は、行方不明となったまま今も見つかっていない。
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