【12】残った謎


 雨はあがっていた。

 明滅するパトカーのランプが夜闇を赤く照らす。駐車場の付近には野次馬が集まって、事の成行きを見守っていた。

 事件は無事解決して一件落着とはならず、桜井と茅野はうんざりとするはめにおちいっていた。

 警察への説明が面倒だったのだ。


 『黒ヤッケの男の凶行を止めようとした』


 そこに嘘はない。

 その証拠となる猟銃やポリタンクは彼の車のトランクに詰まれている。それは事実なので、そこも問題ではない。

 しかし桜井と茅野は、なぜそれを知る事ができたのか。

 猟銃は革のケースに入っており、トランクを開けて中を確認しなければ外からは解らない。

 更に言ってしまえば、こんな雨降りの夜に、車で旅館を訪れた訳でもない二人が駐車場にいる理由すらないのだ。

 何故、白いセダンのトランクに猟銃とポリタンクが積まれている事が解ったのか……男がなぜ、凶行に及ぼうとした事を察知できたのか……夢の事を話さなければ、どうにも話の筋が通らない。

 しかし、警察に“座敷わらしの夢のお告げ”などと言っても信じてくれるはずがない。

 これには流石の茅野も上手い言い訳を思いつく事ができなかった。

 そんな訳で、桜井が「もう全部、正直に言おう」と提案し、茅野も渋々それに乗っかる。

 二人は警察に『夢に出た座敷わらしのお告げで、あの男が旅館に火を放ち、猟銃を乱射しようとしていた事を知った』とぶちまけた。なお、流石に『トランクの鍵は開いていた』という事にする。

 そして、当たり前の話であるが警察は二人の言い分を信じない。

 そんなこんなで押し問答をしていると、野次馬を割って作務衣姿さむえすがたの老人がやってきた。

 近くの寺の住職である静啓である。

 その静啓が警官と何やら言葉をかわした後で、桜井と茅野はあっさり解放された。

 帰り際、警官に「明日の昼に一度、月夜見署の方にきてください」と言われる。

 桜井と茅野はげんなりと顔をしかめた。




 旅館の玄関を潜り抜けると、おかめのような顔の仲居がやってきてこんな事を言う。

「女将が、お客様とお話したいそうです」

 桜井と茅野は疲労困憊ひろうこんぱいといった表情で顔を見合わせる。

「どうする……?」

「まずはお風呂に入りたいわ。身体が冷えちゃって……」

「そだね……」

 と、茅野の言葉に桜井が頷く。すると中居は受付内の壁掛け時計に目線を走らせる。

「では一時間後でどうでしょう? 準備が終わりましたら受付カウンター内にいる者にお声をおかけください」

 二人は仲居の提案を了承する。

 それから部屋に戻ると浴場へ向かって充分に温まる。その足で一階の受付へと向かった。

 受付内にいたのは、桜井の夢の中で三番目に殺された仲居であった。

 彼女に連れられて従業員スペースにある応接間に通される。宿泊客以外の客を通す部屋である。

 古めかしい和の調度品と振り袖姿の日本人形。

 柱時計の文字盤の針は二十二時三十分を指していた。

 その部屋の中央に五十代くらいの和装の女性と作務衣姿の老人が並んで座っている。

 和装の女性が川田悦子。

 作務衣の老人が静啓である。

 桜井と茅野は二人と自己紹介をかわし合い向かいに座る。

 それから仲居がちょうどよいぬるさのお茶を人数分運んでくる。その仲居が退室すると、女将の川田が話を切り出した。

「……まずは、我が旅館を救っていただき、ありがとうございます。お客さま」

 深々と礼をする。

 そこで茅野がすかさず問うた。

救っていただき・・・・・・・という事は、私たちの話を信じてくれているのですね? この……梨沙さんが座敷わらしの夢を見たという……」

「ええ。そうね」

 川田は頷く。そして目線で静啓に話を促した。

 すると静啓は「そちらの娘さん……」と桜井に視線を向けた。

「あたし?」

「そう。あんたからほんの少しだけ御姫様・・・の気配がするからの」

 どうやら、この旅館では座敷わらしを“御姫様”と呼んでいるらしい。

 彼の言葉を川田が補足する。

「この静啓さんは、そういったものを視る力があるんですよ」

 桜井が「九尾センセと同じだ」とささやき、茅野は納得した様子で頷く。

 川田が更に話を続ける。

「あの男……酒本岳は、この月夜見温泉郷の『桑屋』という宿を営んでいた一家の長男でした」

 そうして、川田は『桑屋』の隆盛と没落の経緯をかい摘まんで二人に聞かせた。

「……この静啓さんによれば、御姫様はかつて桑屋で産まれ・・・・・・、桑屋から去った座敷わらしであるらしいのです」

 それが判明したのが二〇一二年の例の脚本家の一件だったらしい。

「成る程。そういう訳でしたか」

 茅野は茶をすすり、得心した様子で頷く。

 そして思い出す。あの男が座敷わらしを“疫病神”と言っていた事を……。

 彼はどうも座敷わらしそのものに強い憎悪を抱いているように感じられた。

「一つ聞きたいのですが……」

「どうぞ。何なりと」

「あの男は、この宿の座敷わらしが、かつて桑屋に住んでいた座敷わらしであるという事を知っていたのですか?」

「その事は、ここにいる静啓さんと私以外知りません。だから知らないはずなのですが……」

「そうですか……」

 あの男はこの旅館の座敷わらしがかつて自分の家から去った座敷わらしであるかどうか、そんな事はどうでもよかったのかもしれない……そう茅野は結論づけた。

 そこで桜井が無邪気に言い放つ。

「何はともあれ、ピラコちゃんがこの旅館のピンチをあたしに知らせてくれて一件落着と」

 おもむろに川田と静啓は何とも言えない表情で顔を見合わせる。

「どうしたのですか……?」

 茅野が二人の態度に眉をひそめ尋ねると、川田は「これは他言無用でお願いしたいのですが」と話を切り出す。

 桜井と茅野は了承する。

 すると、川田はたっぷりと逡巡しゅんじゅんした後にとんでもない事を言った。


「実は、この旅館に御姫様……座敷わらしはもういない・・・・・のです」


 桜井と茅野は目を丸くして驚いた。

 川田は更に続ける。

「今年の夏頃……御姫様が、旅館の門から外に出て遠ざかって行く夢を見まして……それで……静啓さんに相談したら」

 座敷わらしがいなくなっている事が判明したのだという。

 そこで何か言いたそうな桜井と茅野を制するように静啓が声をあげる。

「……“座敷わらしのいる宿”という名声は、この旅館が御姫様から授かった大切な富だ。それを大切にするのは悪い事ではない」

 だから、座敷わらしが去ってしまった事を口外せず、これまで通りにしているのだという。

 桜井は『屁理屈っぽいなあ……』と思ったが、そこは突っ込まなかった。

 茅野の方は納得した様子で頷き、

「確かに他所へ去った後も、この宿の事を気にかけてくれているみたいですしね。そう考えると結局、座敷わらしが去った家は不幸が訪れるというのは迷信に過ぎなかった」

「そういう事。あの男は何か勘違いをしていたのだろうな」

 静啓は肩を落として嘆息たんそくする。

 すると川田が改まった口調で桜井に問うた。

「……そこで、あなたにお聞きしたいのですが、最近……お盆以降にどこか出掛けた先で不思議な体験をしたり……と、いったような事はありませんでしたか?」

「不思議な体験……そりゃまあ……」

 桜井は苦笑して茅野と顔を見合わせる。

 不思議な体験などといえば、もう今年に入って山ほどしていた。

 返答にきゅうしていると静啓が、川田の質問を補足する。

「……お主が御姫様の夢を見たのはきっと何か縁があったからに他ならない。座敷わらしは旅人に憑いて、他所の地へと渡る。お主がこの旅館にくるのは初めてなのだよな?」

 桜井は首肯する。

「……ならば、恐らくお主が今年のお盆以降に訪れた場所のどこかに御姫様の新しい住処すみかがあったのではないかとわしはにらんでいる。そこでお主は御姫様に気に入られ、この旅館に使わされた」

「あー……」と頷いて桜井は考え込む。

 それこそ心霊スポットには数多く行った。しかし、それらは廃墟とかそんな場所ばかりだ。

 そこに座敷わらしがいたとは思えない。

 強いていうならば、隠首村の時に泊まった幽玄荘であろう。しかし、もしもあそこに座敷わらしがいたとするならば霊能者である九尾天全が気がついたはずである。心当たりは浮かばない。

 茅野も思いつかないようだった。お手あげといった様子で肩をすくめる。

「解らなければ、仕方がありません。御姫様にも一言、お礼を言いたかったのですが。『未だに古い住処であるこの宿を気にかけていただきありがとうございます』と……」

 川田は寂しげにそう言った。

 それから間もなく桜井と茅野は応接間を後にして、部屋へと戻り眠りについた。

 二人は夢を見る事なく朝を迎えた。

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