【04】デジャブ
月夜見駅に到着して構内を抜けると、微かに温泉の香りがした。
街並みには古びた建物が
駅前から続く赤い石畳の遊歩道を歩きながら、二人は目的の場所に向かう。
沿道には土産物屋を中心としたレトロな雰囲気の店が軒を連ねていたが、閑散としており
よく見れば、もう昼になるというのにシャッターを閉ざした店舗がいくつもあった。
「案外、ひなびてるねえ……」
「まあ、温泉街としては、さして有名という訳でもないもの。こんなものじゃないかしら?」
「寒いしね……」
と、桜井は己の肩を抱き、ひょこ、ひょこ……と、びっこを引きながら背筋を震わせる。
「早く宿について、ひと風呂浴びたいよ、まったく……」
「もう少しよ。後二百メートルぐらい。あそこの路地を曲がって真っ直ぐ」
と、茅野が少し離れた沿道の右側を指差した。
すると、その直後だった。
茅野が差した路地から、カメラを首に掛けた観光客らしき二人組が姿を現す。
どちらも年配の外国人だった。
一人は
もう一人は
共に仲睦まじい様子で寄り添って、桜井たちの方へと歩いてくる。
「あら。外国からの観光客もちゃんといるのね」
茅野は肩をすくめて桜井の方を見た。すると隣を歩いていたはずの彼女の姿がない。
茅野が振り向くと桜井は少し後ろで立ち止まり、ぽかんとした表情をしていた。
「どうしたのかしら? 梨沙さん」
「いや……うん」
桜井は茅野の問いに生返事を返す。そして、そのまま擦れ違う外国人の二人組をまじまじと見つめていた。
二人はそのまま駅の方へと歩いてゆく。
「梨沙さん……?」
茅野が
すると桜井はようやく我に返った様子で茅野に目線を向ける。
「あのガイジンさんたち……
「見た事がある? 直接会った事があるっていう事かしら?」
茅野の言葉に桜井はぶんぶんと首を振る。
「たぶん、そういうのじゃなくって……うーん」
両腕を組み合わせ、難しい顔で考え込む桜井。
茅野はひとつ溜め息を吐いて、
「とりあえず、こんなところで立ち止まって考えていても仕方がないわ。宿に行きましょう」
「……うん。そだね」
二人は再び宿を目指した。
それは細い路地の一角にある大きな木造建築であった。
“座敷わらしの宿”の
そして風流な竹垣の間から続く石段の先……その立派な瓦屋根の
『白蝶旅館』
そんな彼女の横で茅野が怪訝そうに尋ねた。
「どうかしたの?」
「いや……何か、凄い知ってるような……こういうのって、何て言うんだっけ?」
「デジャヴかしら?」
茅野の言葉に桜井は、ぽんと手を叩き合わせる。
「そうそう。それそれ」
「デジャヴの正体に関しては“一瞬前の記憶を
「ふうん……」
「昔は予知能力などと一緒に超常現象扱いされていたのだけれど。……それから、かのジークムント・フロイト博士によれば……」
「フロイトって何でもかんでも、えっちなのが原因とか言ってる人だっけ?」
「まあ、
……などと、そんな会話をしながら、二人は玄関口を潜る。
エントランスホールはモダンな雰囲気で広々としていた。玄関から入って右側にある土産品物屋の軒先には、可愛らしい白い振袖姿の少女のパネルがあった。
二人は玄関正面の大階段脇にあるカウンターでチェックインを済ませる。
茅野が宿帳を記入し終わると、また桜井が怪訝な顔つきでエントランスホールの左側に目線を向けていた。
「今度は、どうしたのかしら?」
そう問いながら、桜井の視線を追う。
すると壁際の通路の入り口の前で、
「いや……何か、あの二人も見た事があるなあって」
「梨沙さん……もしかして、この旅館に小さい頃にきた事があるとか……?」
桜井は首を横に振る。
「何か……そういうんじゃなくって……つい最近……。うーん……」
すると、そこで「お部屋にご案内します」と年配の仲居が現れる。
「梨沙さん、行きましょう?」
「う、うーん……」
桜井は釈然としない顔のまま茅野と共に仲居に連れられ、大階段を登る。
すると踊り場の硝子張りの壁の向こうに見える中庭が目に映る。
苔むした庭石と石畳。
綺麗に
優雅な波紋を描く
「……やっぱり、見た事がある」
桜井はそう呟いて眉間にしわを寄せた。
部屋に着いた後、備えつけの急須で入れた一杯のお茶を飲み、座卓を挟んで落ち着く二人。
そして茅野は
“
どうやら、この辺りの
その饅頭を手に持ったまま茅野は語り出す。
「……この備えつけのお茶とお菓子は、入浴前に食べるのが正しい作法よ。なぜなら甘いお菓子は入浴による低血糖状態を防ぎ、そして、お茶に含まれるビタミンCは湯あたりを予防する。入浴というのは意外にカロリー消費が高く……」
と、そこまで話したところで、桜井が土から掘り出したばかりのカブトムシの幼虫でも見るような目で、しげしげと饅頭を見つめている事に気がついた。
「……まさか、そのお菓子も?」
桜井は神妙な顔つきで頷く。
「うん。割りと最近、どこかで食べたような……」
「味は?」
その茅野の問いに桜井は首を捻りながら答える。
「たぶん、あんまし覚えてないから、普通だったと思う」
茅野は手に持ったままだった白繭を一口かじる。
本当に普通の味だった。
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