【08】アラーム
エビフライ、玉子焼き、唐揚げ、タコさんウィンナーにナポリタン、ミートボール、焼き鮭、アジフライ、キャベツとコーンのコールスロー、ポテトサラダに海藻類のおひたし。
おにぎりの具は、梅干し、おかか、ツナマヨ、明太子……。
重箱の中にところ狭しとならぶそれらは、まるで一つの絵画を織り成しているかのようだった。
「心霊スポットの屋根裏で食べるお弁当というのもオツだねえ……」
桜井がツナマヨのおにぎりをパクつきながら、頭上の梁を見あげた。
現在の時刻は十五時三分。
彼女が無事に屋根裏へと帰還を果たすと、かなり遅めの昼食となった。
茅野はポテトサラダをもぐもぐとやりながら、思案顔を浮かべ……。
「このポテトサラダ……隠し味はバルサミコ酢かしら?」
「当たりだよ、循。流石は名探偵だね」
「ふふっ。こっちの唐揚げも美味しいわよ?」
……などと、呑気な食事は続く。
横には白骨死体、下には凶暴な熊がいるとは思えない和やかムードである。
「それにしても、コルクはどこに行ったんだろうね」
「そこが問題ね……悪霊は自ら瓶やコルクを処分できない。それは恐らく使役した動物にやらせる事も不可能であるはず」
「まあそうだね。こんな瓶、あの熊さんに頼めば簡単に壊せる」
桜井が寝室から持ち帰った瓶を持ちあげて言った。
茅野が梅干しのおにぎりに手を伸ばす。
「……つまり悪霊が瓶とコルクを処分するには、言葉巧みに人間を誘導するしかない」
「小見山さんに瓶を開けさせたみたいに……?」
「そうね」
茅野はそう答えて梅干しのおにぎりにかぶりつく。
「もう、誰か他の人にコルクを処分させた後だとか……」
茅野は桜井の言葉に口の中のおにぎりを持参した水筒に入れてきた甘い珈琲で押し流してから答える。
「それは考えたくない可能性だけれど……もしそうなら、どうにか悪霊の名前だけでも知る事ができれば……瓶の栓は他の物で代用しましょう」
「それで、何とかなればいいけど……でもさ」
「何かしら?」
「コルクと瓶は、何かそういう不思議な力で悪霊が手を出せないのは解るけどさあ。あのレコーダーは何で、このままになっていたんだろうね」
「確かに、それもそうね。……梨沙さん、中々、よい指摘よ」
「わーい!」
真名こそ入っていないが、悪霊の正体や弱点、封印方法に祈りの言葉まで録音されたレコーダーをそのままにしておく理由がない。
「このレコーダーにも不思議な力がこもっているのかな?」
「もしかすると、祈りの言葉が録音された事で聖なる力が宿ったとか……」
……などと、二人で色々と推測を巡らせるが、だんだんと思考がふざけた方向に片寄ってきたので、この謎解きに関してはいったん保留となった。
そうして二人は、弁当をぺろりと平らげ、エネルギー供給を終える。
「取り合えず、明日までに悪霊の真名を知る事ができなかった場合は、どうにかこの館から脱出する方向に作戦をシフトしましょう」
茅野の言葉に、桜井はもがもがと口を動かして返事をし、水筒のキャップにつがれたほうじ茶をぐいと飲み干した。
「取り合えず、あまり、長期戦は避けたいね。二十四の夜から二十六まではバイトだから」
「そうね。そこまで長引かせたくはないわ……」
と、茅野は顎に指先を当てて考え込んだ後に、
「それじゃ、本当に申し訳ないけれど、梨沙さんにはもう一仕事お願いしたいわ」
「りょうかーい。……で、お姫様は何をご所望なの?」
桜井は空になった弁当箱を片付けながら問うた。
「今度は書斎を探索してきて欲しいわ」
「今度は書斎ね」と、桜井はウェットティッシュで手をぬぐいながら返事をする。
「もしもコルクが見つからなかったら、書斎机の中のUSBメモリーとノート類を、全部持ってきて一度こっちに帰ってきて欲しいわ」
そう言ってスマホ用の変換アダプターを取り出す。
「……このアダプターに対応していないメモリーもありそうだけど、見れる物は全部、見ておきたいから」
「書斎を探索し終わったら一回戻ってくればよいんだね?」
「ええ。お願い」
「まかして」
桜井は再び館の裏手に面した小窓から、屋根にぶらさがる。
「気をつけてね。梨沙さん」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
そう言い残して桜井は、するすると屋根の上へと姿を消した。
ぎし……ぎし……と足音を立てながら屋根を渡って、書斎のベランダの上でぶらさがり、手すりに着地する。その瞬間――
「うわっ。うわっ……」
少しバランスを崩しかけて、真下にある
「今のは危なかった……」
ふう……と、ひとつ溜め息を吐いて、桜井はベランダに飛び降りる。
そして、熊によって扉を壊された入り口を潜り抜け、書斎に足を踏み入れた。
流石の桜井も緊張気味である。
それもそのはずで、書斎の扉は既に熊によって壊されている。もしも熊がやってきたら時間を稼げない。時速五十キロメートル。ほんの数秒で書斎に辿り着く。
桜井は茅野のアラームを聞いて、そのわずかな時間のうちにベランダに出てから屋根の上に退避しなくてはならない。
そして熊は聴覚に優れている。
きっと、こちらの動きには気がついている……桜井はほくそ笑んだ。
すると、彼女の表情から緊張の色が跡形もなく消え失せる。
「いいねえ……久々に
それは柔道選手として名を馳せていた時代の桜井梨沙だった。
神経をぴんと張りつめさせたままで、
そのまま彼女は書斎を探索し始めた。
しかし、家具の裏側や引き出し、床に散らばった本の下、
「おかしい……」
桜井は額に滲んだ汗を右手の甲でぬぐう。
何か見落としはないか……部屋を見渡して確認する。
「うーん。……帰ろっかな」
桜井はそう独り言ちると、書斎机の上にリュックを置いて引き出しの中のノートやUSBメモリーを詰め込もうとした。
するとその瞬間、部屋の外からアラームの音が鳴った。
死の足音が瞬く間に近づいてくる。
「わっ……わわ……」
桜井は急いでベランダに出る。
すると、もう弾丸のような速さで書斎の壊れた扉口の向こうに月輪熊が現れた。
「はやっ。瞬間移動!?」
桜井は急いでベランダの手すりに飛び乗る。
熊は一声吠えて一気に床を蹴り書斎へと飛び込む。一直線にベランダへと突っ込んでくる。
桜井は
桜井は冷静に考える。
屋根の縁をつかんで、よじ登る……そんな時間はない。
熊が手すりの上の桜井に飛びかかる。
桜井は手すりから足を外し落下する。熊の巨体がすぐ頭上を通り過ぎてゆく。
あと数秒の判断の遅れがあれば、腹に熊の頭突きを喰らっていただろう。
すぐさま桜井は手すりの支柱を掴んでぶらさがろうとした。
しかし……。
「嘘でしょ!?」
手すりの支柱が、ばきっ……という音と共に折れてしまった。
桜井はベランダから落下した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます