【01】来る!


 二〇一九年十二月二十三日だった。

 都内某所にある占いショップ『Hexenladenヘクセンラーデン』にて。

 この日は珍しく、それなりの客入りで忙しい時間を過ごしていた九尾天全であった。

 毎年クリスマスシーズンには、リースや、オーナメント、ミニツリーなどの飾りを売り出す。

 それに加え、ハーブやお守り、キャンドル類などもいつもより売上げが伸びるのだ。

 それでも夜が近づくに連れて客足は減り、閉店時間の二十時が近づくと店内から客の姿は、ぱったりと消え失せた。

 九尾は背伸びをしてカウンター内の椅子から立ちあがる。閉店の準備に取りかかろうとした。

 その瞬間だった。

 凄まじく嫌な気配が店の外から近づいてくる。

 それは、凶悪で狂暴な亡者の気配。

 生者を惑わし、死に至らしめる悪霊の臭気。

 ハーブやお香の匂いに包まれていた店内が、堪え難い腐臭に満たされる。もちろん、それは能力のある物にしか感じ取れない彼岸の芳香なのであるが……。

 ともあれ、カウベルが鳴り響き店の入り口の扉が開いた。

 すると――。

「あっ、センセだ! おーい!」

 桜井梨沙である。

 綺麗にラッピングされたワインボトルのような包みを右手に掲げて上機嫌そうに笑っている。そして、怪我でもしているのか、ひょこ、ひょこと右足を引きずっており、右頬に絆創膏ばんそうこうを貼っていた。

 当然、その隣には、不気味にほくそ笑む茅野循がいる。彼女はケーキの箱が入っているらしい包みを右手に提げていた。

「二日早いけれど、きたわよ。サンタクロースが二人」

 いや、お前らサンタじゃなくて絶対に聖夜の鉤爪お化けクランプスの方だろう……と、心の中で突っ込み、九尾は店内を横切って、カウンターへと近づいてくる二人に問い質す。

「あなたたち、今度はいったいどこへ行って・・・・・・何を拾ってきた・・・・・・・のよ……?」

 カウンターの前までやってきた二人は顔を見合わせる。

「まだ何も言ってないのに流石ね」

「センセにはいつもお世話になっているから、お土産、持ってきたよ」

 そう言って二人はカウンターの上に、それぞれ持っていた包みを置いた。

「有難いけど……それは、まともなお土産だったら……の話」

 九尾は半眼で呆れつつも、木製のストゥールを二脚、カウンターの前に並べた。

 取り合えず、こんな悪い気の満ちた状態で客を店に入れる訳にはいかない。

「待ってて。今、表を閉めてくるから」

 九尾はいそいそと軒先のシャッターをおろして戻ってくる。

「……で、今回は何?」

「ちょっと、冬休みになったから県外遠征にね」

 桜井がいつもの調子で声をあげ、茅野は悪魔のように微笑む。


「今回、私たちが向かったのは奥多摩の“蒐集家の館”と呼ばれる場所よ」





 十二月二十二日十一時頃。

 迫るクリスマスを前に日本全国の女子が浮き足立つ最中さなか、桜井梨沙と茅野循は心霊スポット探索に向かっていた。

 左手に連なる白いガードレールと等間隔で建ち並ぶ電柱……その向こうのなだらかな降り斜面には、すっかり葉の落ちた広葉樹の群が亡者のように立ち並んでいる。

 そこは奥多摩の山間にある集落の外れだった。

 茅野循は今回の目的地である“蒐集家の館”について語る。

「……この先にある館に住んでいた小見山哲朗が死んだのは四年前……二〇一五年の事よ」

 彼はオカルト研究家として、有名だった。関連書籍を多数出版し、一時期はテレビ番組にも出演していた事があった。

「何で死んだの?」と桜井。

 ざり……ざり……と、二人分の足音が、冷えた空気をわずかに波打たせていた。

「書斎のベランダから転落したそうよ」

「不審な点は?」

「さあ」と肩をすくめる茅野。

「特になかったみたい。一応、事故という事になっているけど……でも、オカルトマニアの間では、これは呪いなのでは……と、言われている」

「なんで?」

 桜井は小首を傾げる。

「実は小見山氏は、オカルト関連の蒐集家コレクターとしても有名だったの」

「オカルト関連の?」

「そうよ。小学生の頃に、テレビ番組で紹介されていたのを観たのだけれど、これから向かう彼の暮らしていた館には、世界中から集められた“いわくつき”の品物が沢山あったらしいの。今もそれらは館に遺されているというわ」

「それは、楽しみだねえ……」

 桜井は、両手をもみ合わせて瞳を輝かせる。

「……で、本当は夏休み辺り……もっと早くにきたかったのだけれど……ここは中々、難しいスポットなのよ」

「ふうん……なんで?」

「ここに肝試しに訪れた若者が、雀蜂に襲われる被害にあっているわ。どうも蒐集家の館のどこかに巣があるらしいの」

「……世界最強の蜂……流石に数でこられたらやばい……」

 桜井がしょんぼりと肩を落とす。

「……この時期になると、雀蜂の女王は冬眠して、働き蜂は寒さで生きていられなくなる。ただ、あまり遅くなり過ぎても降雪があるかもしれないから、今ぐらいがこのスポットを探索するのにはベストなタイミングなのよ」

「ふうん……」

 と、桜井が相づちを打つと、前方数十メートルの場所で道が二股に別れているのが見えてくる。

 右はこれまでと変わらない平坦な道で、左は未舗装の登り坂になっていた。

 その分岐の中央には電柱があり、錆びた針金が巻かれている。

「あっちの左の方を登って二百メートルくらいかしら……」

「じゃあ、もう少しだね」

 茅野と桜井は左の坂道へと進路を取った。




 ……そして、それは分岐の真ん中に立つ電柱の根元だった。

 茶色く枯れた草むらの中には、かつて電柱に巻かれた針金に取りつけられていた一枚の看板が落ちていた。

 そこには、こう書かれている。


 『熊の出没注意!』

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