【06】相性


 ――ところ変わって、幽玄荘の山茶花の間だった。

「うへへ……お布団……」 

 ぐったりとしながら眠る寸前の九尾。

 穂村が手配した腕利きの霊能者たちとの、特大禍つ箱の封印作業は昼夜ぶっ続けの交代制で行われていた。

 早朝から隠首村で作業を行っていた九尾は、ようやく次の当番と交代して宿に帰ってきたところだった。

 シャワーを浴びて、飯を食い、もう疲れたので少し寝ようとしたそのときだった。

 スマホが電子音を奏でる。何となく頭がぼーっとしており、反射的に電話に出てしまう。

「あい……」

『先生? やはりずいぶんお疲れのようね……』

 茅野循である。

「どうしたの? 循ちゃん。わたし、今、凄い疲れてて……」

『ならば、単刀直入に聞くけれど、幽霊とコンタクトを取る方法はないかしら? どうしても故人で話したい人がいるのだけれど』

「今度はいったい何をやって……いや、言わなくていい」

 ただでさえ忙しいのに、事情を訊いてあまり深入りしたくなかった。

『……で、どうなのかしら?』

「それが、簡単にできたら苦労はないって……」

『まあ、そうでしょうね。じゃあ、そういう事ができる人に心当たりはないかしら? 例えば本物のイタコみたいな』

「あー、いる事はいるけれど、そういう人たちの能力があっても確実とは言えない……かな」

『どういう事なのかしら?』

「イタコは知ってると思うけど、霊を自分の肉体に降ろす……つまり憑依させて、生者とコンタクトを取らせる訳だけど」

『ええ。そうね』

「何て言ったらよいのかな? うーん……この世の万物には“相性”……みたいな物があって、それが合わない存在には霊は干渉できないの。だから霊は基本的に相性の合わない人間に憑依したりできないし、その存在を感知される事もない」

『その“相性”の幅が広い人が、貴女のような霊能者だったり、イタコだという訳ね』

「そう。そして、わたしたちは、その“相性”の幅をある程度、意識的に調整出来るの」

『つまり、その“相性”さえ合えば、霊とコンタクトは可能だと』

「そうよ。……ただ、“視る”くらいなら、大雑把に“相性”を合わせたりすれば行けるんだけど“降ろす”となると、本当に相性をぴったりに重ねなければならない……これが、すっごく難しいの。だから力のある本物のイタコでも、降ろせない霊と降ろせる霊があったりするわ」

『成る程。じゃあ専門家に頼むのは無しね。……ならば弧狗狸こっくりさんやウィジャボードはどうなのかしら? 誰にでもできる、お手軽な降霊術というイメージだけど』

 九尾は寝転んでスマホを耳に当てたまま、眉間にしわを寄せる。

「それも、あまりお奨めは出来ないかな。その場に、確実に話したい人の霊がいる……という確信があるならやってみてもよいけど、それにしても、全然別の霊を他所から呼び寄せてしまう事が多いから」

『確実性に欠けると』

「そう。……それで、あくまでも比較的に……ていう話だけど生者より、死者側……つまり霊の方がこの“相性”幅を合わせ易いの。だから、霊の方から何らかのコンタクトがあるまで根気よく待つしかないかなあ……。例えば霊能力がなくても、あなたたちのように、霊にえんのある場所へ立ち入ったりとか……何かの遺物に触れたりとか……霊に関する情報を耳にしたりとか……霊に関わる特定の行動を取ったりとか……そうする事で“相性”はより近い物にはなるけれど、それでも、全然合わない事の方が珍しくないわね。結局は霊次第って訳」

『成る程……』

 少し受話口の向こうで考え込んでいるような間があり、

『ありがとう。大変、参考になったわ。お仕事、頑張って頂戴ちょうだい

 その言葉の後で、桜井の声が響き渡る。

『日本の為に頑張れー』

 そうして、電話が唐突に切れた。

 通話が終わったばかりのスマホを眺め、九尾は……。

「あの二人、今度は何をやっているの……?」

 と、少し不安になる。やはり気になるようだった。




 結局、死者と確実にコンタクトを取るなどという楽な方法はない……という結論に達して、桜井と茅野は学校を後にした。

 二人は一旦、家へ帰ると着替えてから駅で落ち合った。

 改札前で茅野の姿を見た桜井は噴き出す。

「循、凄いね。それ……」

 茅野の格好は、グレーのパンツスーツに黒のパンプス。

 その姿は仕事のできる女といった具合だ。メイクもいつもより濃く、大人びていて、二十半ばくらいといっても充分通用しそうであった。

「それはそうと、頼んでいた物は準備してくれたかしら?」

「うん。家に、もらってそのままになってるやつがあったから持ってきたよ」

 と、桜井は言って、右手を後ろに回し、ぱん、とリュックを叩いた。その拍子にライオンのストラップが揺れる。

「準備万端ね。行きましょう」

「りょうかーい」

 改札を潜る二人の後ろ姿は、まるで大人と子供のようであった。桜井と茅野は身長差があるので、肩を並べると、尚更そう見える。

 そうして電車に乗り、黒狛まで向かった。




 藤見市から在来線で三十分程。

 桜井と茅野が黒狛駅のホームに降り立ったのは十七時頃であった。

 更に駅の南口を出て歩く事二十分。二人がソレイユ黒狛の玄関前に到着した時には、既に辺りは真っ暗だった。

「最近は日が落ちるのが早くなってきたねえ……」

 桜井がしみじみと言った。

「そうね。とっとと終わらせて、夕御飯はどこかで食べて帰りましょう」

「うん」

 茅野が動き出す。桜井も後に続いた。

 まず一枚目の扉を開けて風除室ふうじょしつへと入る。

 茅野が暗証番号の入力盤に“八六二”と入力した。

 あっさりと二枚目の扉が開く。

 二人は堂々と中に入る。

 するとフロントカウンターの小窓の向こうにいた年配の男が、茅野に目線を向けてきた。

 何食わぬ顔で会釈えしゃくをして通りすぎる。そのままロビー奥のエレベーターの扉の前へ。

 すると、ちょうど真ん中のエレベーターの扉が開き、中から作業着姿の男が出てきた。

 軽く頭をさげられたので、にこやかに返礼する二人。

 入れ違いでエレベーターに乗り込み、四階を目指す。

 エレベーターの扉がしまった後に桜井がニヤリと笑う。

「ここまで、誰にも怪しまれてないね」

「解らないわよ。案外『今の女、何おかしなコスプレしてるんだ』と、すれ違った人は思っているかもしれないわ」

「ハロウィンは一月ひとつき以上前だしね」

 と、そんな会話を交わすうちに、四階へと到着する。

 エレベーターから降りると桜井は、リュックの中からテッシュボックスより一回り小さな箱を取り出した。“北野”と記されたのし紙が巻かれている。

「中身は何かしら?」

「たぶん、ジップロックか何かだよ。裏手の家に北野さんが引っ越してきた時、うちに持ってきたんだ」

「ありがたく使わせてもらいましょう」

 二人は四〇四号室の前に立つ。

 桜井が扉口から死角になるような位置に立ち、茅野がインターフォンを押した。

 反応がない。

 しばらく間をおいて、もう一度、押す。やはり反応がなかった。

 三度目……やはり反応はない。

 桜井が声をひそめて「どうする?」と問うた。

 茅野は思案顔をする。

 すると、その直後に扉の向こうから微かに音が聞こえた。

 それから数秒後にスピーカーが入り「はい。どちら様でしょう?」と、女の声が聞こえた。

「ええっと、この度、上の部屋に引っ越してきた北野と申します。ご挨拶にうかがいました」

 その茅野の言葉から数秒後に玄関の扉が、がちゃりと音を立てて開いた。

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