【05】幻の男
「私が婚活パーティで出逢ったのは、生きている人間だったのか、それとも幽霊だったのか……真実をはっきりとさせたい。なぜ、私が選ばれたのか……」
「確かに訳が解りませんね……」
茅野の言葉に相田は頷く。
「ああ。訳が解らん。しかし、今回の事で明らかな事が、ただひとつだけある」
「それは、いったい?」
桜井の問いに、相田は真顔で言い切る。
「三次元は、やっぱりクソだという事だ」
「さ、流石ですね……」
桜井が引き
すると、そこで茅野が右手の人差し指を立てる。
「一つ質問があるのですが」
「何でも聞いてくれ」
「マンションの駐車場は? 彼の車はなかったのですか?」
「あ……そういえば、駐車場は見なかったな」
相田は悔しそうに歯噛みする。
「では、彼の車の車種は解ります?」
「うーん。車の名前は詳しくないからな……」
相田は思案顔をして、しばらく考え込む。
「何か、赤いスポーツカーで、ツンデレの蛙の顔みたいな感じの……」
その言葉を聞いた茅野がタブレットに指を走らせ……。
「これですか?」
「ああ、それだ。多分、間違いない」
「シボレーコルベット……凄い。いい車に乗ってたんですね」
茅野は驚きを露にする。
「いや、循も、今のヒントだけで、よく解ったよね……」
桜井が呆れた様子で苦笑した。
「他に聞きたい事はないか?」
相田の言葉に「では、もう一つだけ」と、声をあげたのは茅野だった。
「何だ?」
「結局、同人の原稿は間に合ったんですか? やっぱり、色々とショックで……」
「いや。それは大丈夫だった」
相田は事もなげにそう言った。
桜井と茅野は、流石だな……と、思った。
「如月涼……一九七七年四月一日生まれ。二〇一二年七月頃死亡。享年三十五歳。本名は宇佐美孝司。在宅プログラマ兼ウェブデザイナーを営む傍ら執筆した『桜のように散りゆく君へ』がローズティアー恋愛小説大賞を受賞し、一九九九年に小説家デビューを果たす。二〇一二年の七月二十九日に自宅マンションの玄関先で倒れているのをマンションの管理人らに発見された。死因は不明。心臓が弱く通院していた事から、何らかの心臓疾患だと思われる」
相田が立ち去ったあとの部室で、茅野はウィキぺディアに記された、その文章を読みあげた。
「顔出しはしていないみたいね」
「それじゃ、これだけが手がかりか……」
と、桜井が目線を向けたのは、テーブルの上の大学ノートの
そこには、鉛筆で宇佐美孝司を名乗った人物の似顔絵が描かれていた。もちろん、相田の絵である。
「滅茶苦茶上手いけど……何でセンセは美術教師にならなかったんだろうね」
桜井の疑問に茅野が肩をすくめる。
「それは解らないけれど。それにしても、先生の妄想なのでは……というくらいよい男ね。ただ作家というより、何かちょっとモデルとかホストとか……そんな感じがするわ」
「うん。チャラい」
「恋愛小説より官能小説を書いていそうね」
散々な言いようである。
「そういえば……その桜のように散りゆく君へっていうのはどんな話?」
「恋人が理不尽に死んだので前向きに生きていこうと決意する主人公の話よ」
「主人公はサイコパスなの?」
桜井は真面目な表情で首を傾げたが、その言葉にはあえて答えず、茅野は話を本題に戻した。
「それは兎も角、相田先生の出逢った宇佐美孝司が、別人の成り済ましだとしたら、完全な偽名ならまだしも、なぜ、検索すれば一発で解る有名な故人の本名なんて名乗ったのか」
「……というか、婚活パーティって偽名でも出れるものなの?」
「一応、本人確認や身分証明はやるでしょうけど、地方の商店街の主催ですもの。その辺りは、適当なのかもしれないわね。例えば本人確認の際に使われる運転免許証や保険証などの身分証が偽造されたものだったとしても、目視で確認するだけだろうし余程雑な作りじゃなければ誤魔化せそう。参加者の身辺調査だって、そんなに本格的にやらないでしょうし」
「本気で紛れ込もうと思えば、どうとでもなるっていう訳か……」
桜井が渋い表情で両腕を組み合わせる。
「そもそも、結婚詐欺や浮気目的じゃなかったとしたら、偽名でわざわざ婚活パーティに出席する目的が、ちょっと思い浮かばないわ」
茅野は顎に指を当てて思案顔をする。
「じゃあ、死んだ宇佐美さんの幽霊?」
と、桜井が小首を傾げた。
茅野は、やはり納得のいかない表情をする。
「それにしたって、なぜ、死んでまで婚活パーティに出たのか……」
「結婚できずに死んだのが心残りだったとか」
茅野は首を横に振る。
「このルックスで売れっ子作家ならば、相手には困らなそうだけれど」
「とりあえず、幽霊にしろ成り済ましにしろ本人に会ってみないと」
「そうね。その仮称宇佐美を探しだして、本人に直接訊くのが手っ取り早いわ」
と、茅野が壁にかかった時計を目にした。
「とりあえず、ソレイユ黒狛の現地調査に向かう前に……」
そう言って、スマホを取り出す。
「向かう前に……?」と桜井が
「九尾先生に、幽霊とコンタクトを取る方法を教えてもらいましょう。故人である宇佐美孝司さんに直接訊いてみれば、はっきりする事も多いわ。そんなに都合のよい方法があるとは思えないけど……」
「そだね。そんな方法があれば警察はいらないし、名探偵も廃業だよ。……でも聞いてみる価値はある。九尾センセ、電話に出てくれるかな?」
「今は忙しいだろうし、微妙なところではあるけれど」
茅野は九尾へと電話をかけた。
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